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第15回 あなたも“褒め上手”に変われます

1 自称“褒め下手(べた)”というみなさんへ

 社長の思いや会社の理念を共有した後に、継続発展させていくためには、何が問題で、どのように対処していけばいいのか。

 前回は、一旦回り始めても何もしないで放っておくとDoのエンジン(「実践する仕組み」)は、“手応えの無さ”や“マンネリ”から減速停滞しがちであること。そこから抜け出し、アクセルを踏み込むためには「褒める(Admire)仕組み」が必要であることに言及しました。

 問題はどうやって“褒める”かです。

 「褒める仕組み」の基本は「褒める文化」にあると前回申し上げました。そう言われても、創業以来「褒める文化」がない会社、特に昔ながらの日本的な会社でどうやって「褒める文化」を育てていけばいいのか。

 また個人でいえば、「とりわけ自分は褒め下手については自信がある。何しろこれまで社会に出て○年になるが、部下や同僚を褒めたことがないのだから」というご仁もいらっしゃるのではないでしょうか。

 今回は「褒める」をテーマに、まず一人ひとりが「どうすれば自然に相手を褒められるようになるのか」についてお話ししていきたいと思います。 

 かくいう私もかつては極端な“褒め下手”でした。

 「自分が心からすごいと思っていないのに褒めることなんてできない。意に反するお世辞を言うことなどできない性分だからしょうがない」と考えていたのです。

 時を経て現在、理念研修のトレーナーを務めていると、見学していたクライアントから、「武田さんは参加者を褒めるのが実に上手ですね」との言葉をいただくようになりました。「実は昔はものすごい“褒め下手”だったのです」と告げると、意外な顔をされます。

 お世辞がうまくなったわけではありません。お世辞が上手に言えないのは今も変わりませんが、ちょっとした発想の転換と“褒め上手”になれるコツを覚えて実践しました。

 そして自分が“褒め上手”になれれば、相手も自分も幸せな気持ちになれて、組織も元気になるということを知ったのです。


2 無理して褒めず、相手を基準に認めることから始めよう

 そもそも「褒める」とは、“自分が相手の行いを高く評価したことを知らせてあげる”ことです。

 これが素直にできない“褒め下手”な人の本音はいくつかあるようです。1つ目は、「相手ができたことは認めるが、自分から見ればまだ大したレベルではないから」というもの。

 例えば上司から見れば「今回のAさんの行いはいいことだとは思うが、自分からすればできて当然というレベル。わざわざ褒めるのもどうかと思う」といったケースです。

 そんな上司のあなたには次の言葉を贈りましょう。「この一歩は一人の人間にとってはただの一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」。人類として初めて月面に降り立った米国の宇宙飛行士アームストロング船長の有名な言葉ですが、「一人の人間」を「上司(あなた)」に、そして「人類」を「部下」に変えてみてください。

 例えは大げさですが、お伝えしたいことは立場や見方を変えれば一歩の意味が全く異なるということです。あなた自身が新人だった頃を思い出してみてください。自分より断然仕事のできる上司や先輩から見れば大した一歩でなくとも、本人にとっては頑張ってようやく踏み越えられた一歩。

 全体から見れば大したことではないと分かってはいても、無視されたり、「もっと頑張れ」で片付けられたらどう思ったでしょうか。「上司や先輩からすれば大した一歩じゃないことは分かっていますが、せめてその一歩を認めてくださいよ」という気持ちになったはずです。

 「新人ならまだ分かるが、○年目にもなるAさんにとってこの一歩は小さすぎる」と思うかもしれません。でも人によって成長のカーブは違います。いつか“化ける”かもしれないし、目の前の一歩がない限り次の一歩へは進めません。

 そして次の一歩がない限り、“化ける”こともないのです。採用した以上はAさんを育てていく責任が上司にはあります。まずは次の一歩に早く進めるように背中を押してやるのが上司の仕事ではないでしょうか。

 「褒める」基準は自分ではなく相手に合わせる。相手の立場や状況を知り、Aさんにとって価値ある一歩だと分かれば、自然と「褒める」ことができるはずです。

 それでもなかなか褒められない人には、私は次のように話します。「無理やり褒めようとしなくてもいいですよ。相手にも本心で褒めているかどうかはすぐに伝わりますし。褒めなくていいから、認めてあげてください」と。「認める」は「褒める」の一歩手前の行為であると私は考えます。

 相手が頑張ったことを認める。「すごいね」「よくやった」ではなく、「頑張ったな」「一歩進んだな」と努力や結果を認めてあげるだけでも、相手には十分に届くものです。

 人をあまり(あるいは全く)褒めたことがない人が褒めようとトライするときは、必ず肩に力が入ります。何事も初めての経験はそういうものだと思いますが、ここはちょっと肩の力を抜いてみましょう。

 大切なことは相手をよく観察することです。ただし、あくまで相手基準で。そこで感じた自然な“ひと言”から始めてみてはどうでしょうか。

 認められた相手はきっと反応するはずです。「大変でした」「見ていてくれたんですね」「ありがとうございます」、あるいは「いえ、大したことないですよ」と。

 それを見たあなたはちょっとうれしくなって、「いや、頑張ったと思うよ。よくやったね」と次のひと言で自然と褒めているかもしれません。


3 「褒めると相手が慢心してしまう」は本当か

 “褒め下手”な人の本音の2つ目は、「褒めると慢心させてしまって相手のためにならない」という主張です。そうなってはせっかく頑張っている相手の努力や成長を止めてしまうことになる。それは本人にとっても組織にとっても良くないと。

 恐らくその方はあまり部下を褒めたことがないのではないでしょうか。試しにひと通り褒めてみてください。ほとんどの部下は「いえ、大したことないですよ」と謙虚に答えるはずです。

 中には「どうです、すごいでしょう」と反応する人がいるかもしれませんが、自分の立ち位置や、上司や先輩にとっては大した一歩でないことくらいよく分かっているはずです。つまり「褒めても相手は慢心しない」ということです。

 褒めると慢心がどうしても心配という部下には、目指してほしい頂(いただき)を示してやればいいでしょう。そして「一歩進んだな。その調子でここを目指してくれ、期待しているぞ」と声を掛ければいいのです。

 中には高い目標を掲げていて、一歩進んだだけでは何ら満足しないストイックな人もいるでしょう。そういう場合は一歩ではなく、見守りながらよく観察し、三歩、四歩進んだ時に声を掛けてやればよいだけです。

 “褒め下手”な人の本音の3つ目は、「相手を褒めると自分の地位が下がってしまうようで素直に褒められない」、または「相手を褒めたところで損をすることはあっても、何も得をしないじゃないか」というものです。

 あなたがAさんの上司なら、これは完全に思い違いです。“褒め上手”といわれる欧米の上司はとかく自分の部下を褒めます。「彼(彼女)の○○の力は私がこれまで見てきた中で最高だ」「○○においては彼(彼女)以外に思いつかない」などなど。

 それで上司の株ははたして下がっているでしょうか。むしろ逆です。彼(彼女)の能力を見いだし、生かすべくベストな環境を用意し、信じて任せているのは他ならぬ上司であると周りは見るからです。

 上司が何も言わないでいると、あの上司は彼(彼女)のことを認めているのだろうか、あの上司の下にいなくても彼(彼女)は活躍するのではないかと見られることでしょう。

 上司と部下ではなく、同僚やライバルであればどうでしょうか。わざわざ褒めなくてもいいかもしれませんが、「彼(彼女)はすごいんだ」と褒めたところで、周りはだからといってあなたを下には見ないでしょう。

 むしろ同僚やライバルをリスペクトするフェアでいい人だと見るのではないでしょうか。人としての心の余裕さえ感じてもらえるかもしれません。

 冷静に考えてみれば、相手を褒めることで自分の地位が上がることはあっても、下がることはほぼ無いといっていいでしょう。相手を褒められない“褒め下手”な人の本音を3つあげて改めて見直してみましたが、結論としては“褒める”ことで相手は慢心もしないし、自分の地位も下がらない。

 難しく考えず、相手の基準に立ってその一歩を認めてあげることから始めれば、“褒める”というハードルは高くないということです。


4 褒め方をTPOで使い分ける

 さてここからは“褒め上手”になるためのやや上級コースです。褒め方をTPO(Time:時間/Place:場所/Occasion:機会)で使い分けるのです。

 相手が前に進んだなと気づいたたびに「すごいね」「よくやった」という言葉は、言わないよりはずっといいのですが、同じパターンで同じような言葉ばかりだと、相手も“褒められ慣れ”してきます。“褒める”効果がどんどん落ちていくのです。

 せっかく“褒める”のであれば、相手も自分もより幸せな気持ちになれて、組織もより元気になれるほうがいいに決まっています。そこで、相手に慣れさせない、飽きさせないようにTPOで褒め方を変えるのです。

 “褒め上手”の基本は気づいたらすぐに褒めること。

 例えば相手が何かの本番中であったり、距離が離れていてすぐに褒められない場合も、終わり次第褒める。手段はメールでも電話でも何でもいいからすぐに褒めてあげるのがいいでしょう。できれば人より早いほうがベターです。

 一番先に褒めてくれた人のことは、「この人はいつも自分を見てくれているんだ」と大切に思うはずです。とりわけあなたの部下の成功であれば、誰よりも一番に褒めてあげられるといいでしょう。他の誰でもない、あなたの部下なのですから。

 ただいつもそれができるとは限りませんし、上司であれば節目となるような大きな成功時は外してはいけませんが、相手が“褒められ慣れ”しないようにTPOを使い分けるといいでしょう。

 小さな一歩は意外と周囲の人も気が付かないものです。そこで直後に褒めるのではなく、あえて翌日や少し時間がたってから褒める。

 ふと2人きりになったときや、何かの話のついでに思い出したように言うのです。「そういえば、昨日のあれすごくいいなと僕は思ったよ」。どうでしょう。毎回直後に言われるよりもうれしくないでしょうか。

 「やっぱりこの人は自分のことをどこかで見てくれているんだ」と思うでしょう。うまく他人を介するというのも、当たれば効果の高い方法です。

 会社であればかなり上の役職の人が何度も若手を直接“褒める”というのは不自然でしょう。それは直属の上司や同僚がやればいいことです。

 例えばあなたが上の役職であれば、本人ではなく部下である上司に「Aさんの先日のあの行動は良かったね。本人にも伝えておいて」と声を掛ける。お分かりのようにこの方法には複数の効果があります。部下を褒められれば上司は自分も褒められたと思います(「Aさんの行動は上司であるあなたの指導のたまものだね」とひと言添えてもいいでしょう)。

 またAさん自身にとっても、自分が上の人から褒められたことを上司に報告しなくともすでに知ってくれています。上司も喜んでくれているわけで1対1の2人だけの関係ではなく、一度に3人がハッピーになれるのです。

 「褒めるときはみんなの前で、叱るときは個別に」という指導のセオリーを聞いたことがある人は多いかと思います。「褒める」でいえば1対1で褒めた後に、さらに多くの人がいるところで褒めてはどうでしょう。

 1人の人、しかも自分が大切に思っている人から褒められるのはうれしいことですが、より多くの人から褒められると、照れくさいけれどさらにうれしいものです。

 “褒める”言葉の伝え方にしても、直接もあれば、先ほど書いたようにメールや電話、手紙もあるでしょう。

 大きなイベントの際は職場の仲間と密かに相談して手書きのメッセージを贈ったり、サプライズの手作り表彰式を行ったり。また社内報などの記事に書く、また記事に取り上げてもらえるように関連部署に働き掛けるといった方法も考えられるでしょう。

 “褒め方”をいろいろと試すことで、“褒め方”のバリエーションが増えてくる頃には、あなたは以前とは見違えるような“褒め上手”になっているはずです。


5 それでもって、“褒める”のはタダですよ

 私は社長の思いや理念を共有浸透させるための研修や、「褒める文化」の作り方について講演する際に必ずお伝えしていることがあります。

 それは「褒めるのはタダですよ」ということです。

 嫌らしく聞こえるかもしれませんが、これは現実の問題でもあります。企業の業績が右肩上がりで成長していた時代は、その分給料をどんどん上げることも可能でした。しかし低成長となるとそうもいきません。

 給料を上げられないからごまかすという意味ではありません。頑張ったのに何も無いより、せめて褒めてあげようではありませんか。

 “褒める”のはタダです。その気になればいくらだってできるのです。

 働く側の姿勢も少し変わりつつあります。頑張ったらバンバン給料が上がるに越したことはありませんが、そうもいかないことも分かっています。一方で頑張ったことの報酬は給料だけではなく、自身の成長感であったり、お客様や仕事に関わった周りの人への影響力の大きさにも求めるようになってきました。

 褒められて嫌な気持ちになる人はいません。前回ご紹介したウエートレスや夫婦の例がそうであるように、お客様や相手から「ありがとう」「おいしかったよ」といった感謝であり“褒める”ひと言があれば、人は十分幸せになれるものです。「よーし、明日も頑張ろう!」と思えるのです。

 お金持ちやお金持ちの会社でなくても誰にでもできること……それが“褒める”ことなのです。

 最初に書いたように、“褒め上手”になれれば、相手も自分も幸せな気持ちになれて、組織も元気になっていきます。これはもう褒めない手はないですよ。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回は、個人が「褒め上手」になる方法から一歩進んで、「『褒める文化』がこれまでなかった会社にどうやってその文化を育てていけばいいのか」についてお話ししたいと思います。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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