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小説「僕が運命を嫌うわけ」②

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2回目はその1週間後。


正志の家から電車で1時間ほどのところにある繁華街だった。休日ともなると正志の同級生の多くが訪れる場所ではあるが、なにしろエリアが広いので、ここでもまた、そうそう会うこともない。


そこで明日香に出会った。しかも、また互いに一人のときに。



正志が趣味として始めようとギターを見に楽器店に来たら、明日香がいたのだ。

「前野さん?」
「寺田くん?」

前回と同じ会話ではじまり、

「また会ったね」
「そうだね」
ふたりして笑い、


「何しに来たの?」
と聞き、


「ぼくはギターを見に」
「わたしはピアノの楽譜を買いに」

意外な趣味に驚き、


こないだ会った時より少しばかり長く会話をして、すぐに別れた。


後日、学校で顔を合わせると正志は楽器店でのことを思い出した。

(いい楽譜はあったのかな? どんな曲を弾くんだろう?)

と気になったが、ふたりきりになる機会もなく、声をかけるには少し恥ずかしさもあり遠慮しているうちにタイミングを逃してしまった。ぼんやりと明日香のことを気にしている自分に気づいた正志は、モヤモヤしてきたので意識して忘れることにした。



3回目は1か月後。


車で2時間ほどの場所にある広い敷地の自然公園だった。


当時の正志の家族は、毎年夏に親の友人家族らでバーベキューをするのが恒例行事で、今年の夏も良い天気に恵まれて、いつも通りの時期に決行した。



バーベキューも中盤を過ぎ、お腹も満たされて大人たちの酔いも回って盛り上がっている頃、飽きてきた正志は一人で散策に出かけた。



5分も歩くと空気の澄んだ森に出た。雑音のない世界は本当に気持ちがよくて、日常生活では聞こえない音が聞こえてくる。もう少し行くと芝生の広場があったので寝転がった。10分に1回くらいは近くを誰かが通っていくが、誰も気にすることもない。心のざわめきも静かになる──

とうつらうつらとしていたとき、

「寺田くん!?」
聞きなれた声が飛び込んだ。

「ん……」


夢と現実のはざまで明日香の顔を見た気がした。


「前野さん?」


「ごめん、起こしちゃったみたい」

明日香の台詞で、夢ではないことを知った。


無防備な姿を見られたことが恥ずかしくて、1秒でも早く普段の自分に戻ろうと頭をブンブン振る正志。


「ま、また会えたね」


冗談ぽくいうつもりが、頭がハッキリしないせいでことばに詰まってしまった。また恥ずかしくなったので、ゴホゴホと咳でごまかす。

明日香は正志の冗談に便乗して

「ほんと、また会えたね。これって運命?」

と笑った。

正志も「運命だね」と笑い返した。


おうむ返しをしただけだったが、〈運命〉という言葉はほんのり甘く響いた。この再開以降、ふとした瞬間に明日香の笑顔を思い出すようになり、それをかき消すこともしなくなった。


ある日、正志は明日香を学校で見かけた。


以前であれば偶然ふたりきりになるシチュエーションでもなければ、声を掛けようとも思わなかったのに、今は少し話したい気持ちがあった。しかし、正志にそうさせなかったのは、明日香が女子グループの中にいたからだった。

気にしないフリをして通り過ぎようとしたとき、

「寺田に偶然、何回も会ったの?」

女子の中でもリーダー的存在である村井恵の声が聞こえてきた。


ピクリと立ち止まると、反射的に柱の陰に隠れた。姿は見えないが声だけははっきりと聞こえてくる。



「うん。この1か月ちょっとで3回」

この声の主は明日香だ。

「すごーい」

「それって運命じゃん」

「憧れるー」


口々に周囲がはやし立てる。


「でも寺田でしょ?」

「だよね」

「運命、うらやましい」

「でもさあ、寺田じゃん?」

「松葉くんならいいけど」


松葉というのは、学年一のイケメンとでファンも多い生徒だった。



女子たちはそれぞれに思いついた言葉を、聞いているのかいないのか、ポンポンと自由に飛び跳ねるポップコーンのように発している。


正志は(女子の会話はよく分からないな)など思いながら、そろそろ行こうかと振り返ろうとしたとき、

「寺田、待ち伏せしてたんだったりして」

「それストーカーじゃん」

「ほんとだ!」

「ヤバっ」

「やだー! ストーカーだったら怖いよね」

最後の台詞は明日香だった。


正志の心は一瞬で打ち砕かれ、その場を走り去った。


まさか、明日香が自分のことをストーカーだと思っていたなんて。あんなに楽しく会話していたのに、裏でそんなことを思っていたなんて。


以来、正志は女性不信になった。


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