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民主主義、選挙、政党に失望した人々が行き着くのは暴力かもしれない

政治制度の重要な機能の一つは、政権を維持したい勢力と、政権を奪取した勢力との間で生じる政治的対立の規模と頻度を制御することです。少なくとも社会の安定と経済の成長を考えるのであれば、暴力的な対立が起こり、多くの犠牲者が出るような事態は避けなければなりません。

権威主義国の政治制度の特徴は、体制派に圧倒的な優位を与え、反体制派の政治的活動を抑圧し、仮に現体制に挑戦しても世の中が変わることはないと思い込ませることで、政治的暴力を抑止していることです、しかし、民主主義国の政治制度は逆の発想で設計されています。選挙制度を通じて反体制派に挑戦のチャンスを与え、平和的に政権を獲得し、世の中を変えることができるのではないかと期待させることで、政治的暴力に参加することを思いとどまらせます。

ニューヨーク大学のアダム・プシェヴォスキ教授は、このような民主主義の政治制度が適切に機能し、政治的暴力を回避するためには、ある程度の経済的な豊かさと平等が実現していなければならないと指摘しています。なぜなら、経済的に追い詰められた人々にとって、長期的に期待できる利益など、もはや関心の対象外だからです。彼らは短期的に獲得が期待できる利益に関心があり、直ちに目に見える成果や結果を求め、リスクの高い暴力に走る傾向を強めると考えられます。もし暴力で自分の命を落とすことになったとしても、もともと失うものがないのであれば、彼らに実行を思いとどまらせることは難しくなります。

プシェヴォスキは経済的な豊かさを測定するため、国民一人あたりの所得という指標に注目することが大事だと主張しています。「経済的に貧しい国では約70の国で民主主義が崩壊したが、豊かな国では、戦争、暴動、スキャンダル、経済、政府の危機など、何が起こっても民主主義は生きながらえてきた」と彼は述べています(邦訳、159頁)。

1948年にコスタリカで大統領選挙が行われ、その結果がほとんど拮抗していたとき、不正行為の疑惑が蔓延し、どちらが実際に当選したのかを判定することが不可能になったことがありました。議会が若干得票数が少なかった候補を勝者として宣言したために、コスタリカは内戦に突入し、3000人を超える犠牲者を出しました(同上)。当時のコスタリカの国民一人当たりの所得はおよそ1500ドルにすぎません。経済のあり方と政治の仕組みが密接な関係を持っているというのがプシェヴォスキの主張であり、これは経済発展が進むほど民主化が実現しやすくなるという政治経済学の従来の理解とも合致します。

最近、多くの民主主義国でポピュリズムが高まっていることを危険視する研究者もいますが、著者はこの論点に関しては慎重な判断が必要だと述べています。ベニート・ムッソリーニが政権を掌握した1922年時点でイタリア国民の一人当たりの所得は2631ドルでしたが、2008年時点では1万9909ドルになっています(同上、171頁)。アドルフ・ヒトラーが政権を掌握した1933年時点のドイツ国民一人当たりの所得は3362ドルでしたが、2008年には2万801ドルになっています(同上)。アメリカでは選挙が停止されたことがなく、現職が独裁化し、あるいは野党に当選の機会を与えない疑似的な選挙が行われるようになる確率は180万分の1だとプシェヴォスキは見積っています(同上、172頁)。

これは民主主義国の安定性に対して前向きな見通しを与えてくれる議論ですが、しかしプシェヴォスキはまったく楽観視できる状態ではないとも考えています。なぜなら、「政党が対立構造を整理し、政治的行動を選挙で表出することに成功しているときのみ、民主的な選挙は紛争を平和裏に処理できる」ためであり、もし政党が有権者の要求を処理できなければ、いずれ彼らは既存の政党を見限り、直ちに自分たちが求める成果を出すため、政治的暴力に参加する危険が出てきます(同上、174頁)。

政治制度に縛られない一部の国民が政治的暴力に次々と参加するようになると、社会と経済が被る人的、物的な損害は急速に拡大するかもしれません。政府が採れる対策は、強制力を用いた抑圧か、あるいは政策変更を交渉材料とした懐柔です。どちらも長期的な政治的安定を損なうことが避けられない選択肢であるとプシェヴォスキは述べています。ポピュリズムの広がりが、たとえ民主主義の崩壊に至らないとしても、そのような損害が発生するリスクを確実に取り除くことが必要でしょう。

参考文献

Przeworski, A. (2018). Why bother with elections?. John Wiley & Sons.(邦訳『それでも選挙に行く理由』粕谷祐子・山田安珠訳、白水社、2021年

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