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今でも世界が軍事力を必要とする2つの理由:政治学者ウォルツの説明を紹介する

グローバル化が進み、情報通信技術が進歩し、人道に対する意識が高まった現代の世界では、軍事力が国家の政策手段として有用ではなくなったと論じられることがあります。

ほとんどの場合、このような議論は心から平和を願って行われています。しかし、現代の国際社会においても、軍事力が不要であると考えることは危険であると言わなければなりません。これは多くの人にとって理解に苦しむ逆説ではないかと思います。

この記事では、国際政治を専門とするアメリカの政治学者ケネス・ウォルツ(1924~2013)の『国際政治の理論』(1979)の議論を取り上げ、現代の国際政治でも軍事力は有用だと言える理由を2つ紹介したいと思います。

1 軍事力は「使用」しなくても有用である

ウォルツは政府の関係者や大学の研究者が軍事力の有用性は失われたと誤解していることが問題だと考えていました。

確かに、当時は冷戦の真っただ中であり、アメリカとソ連が核兵器を保有しているため、うかつに軍事力を使用すれば、核戦争にエスカレートすると考えられていました。アメリカとソ連は互いに相手に軍事力を使用することを避け、少なくとも直接的な全面戦争は回避されたのです。

つまり、軍事力の使用頻度が低下しているように見えたので、人々の間で軍事力の価値も下がったという誤解が生じたのです。ウォルツはそれが大きな誤解であるとして、軍事力の有用性はそれが使用できないからといって低下する性質のものではないと指摘しています。

「大量の核兵器を持つ国家が実際にはそれらを「使用」しないため、軍事力の価値が低いと考えられているが、その論理が間違っている。パワーの保持は軍事力の使用と同じに考えられるべきではないし、軍事力の有効性はその使用可能性と混同されるべきではない。そのような混同をパワーの分析に持ち込むとすれば、暴力をめったに行使しない警官は弱いとか、警察が強いのは警察官が銃を発砲している時であると述べるに等しい」(ウォルツ、244頁)

もし既存の国際システムを守ろうとする国が最も優越した軍事力を保有しているのであれば、戦争が起こらず、軍事力が使用されないことは、抑止の効果をもたらしており、有用だと考えられます。つまり、その軍事力は使用されていないものの、有用であるということが言えます。

それを使用しないことによって有用であることが示される機会は、一般的にあまり見られない現象かもしれませんが、国際政治ではそうではありません。「軍事力が日常的に存在し、それに繰り返し依存していることが国家間関係の特徴である」とウォルツは説明しています(246頁)。

2 軍事力が限定的に使用される可能性がある

ウォルツは、核兵器が存在する現代の国際政治であっても、軍事力の使用が絶対に不可能になったと考えるべきではないとも論じています。軍事力はさまざまな方法で限定的に使用されたことがあるためです。

「大国はかつてと同様、今日においても軍事力を使用する道を見出す。ただし、大国はお互いに対してそうするのではない。核による均衡かどうかにかかわらず、勢力が均衡してみえる場合は、対立する勢力の合力はゼロに見えるかもしれない。しかし、これは誤解である。国家のパワーが単一のベクトルに還元されないという理由だけをとってみてもわかるように、国家の力のベクトルはある一点で出会うわけではない。軍事力は、とりわけそれを多く保有する国家にとっては分割可能である」(247頁)

つまり、自国の兵力を全面的に使用しないとしても、それを限定的に使用することが可能な場合は、その国は軍事力の使用に躊躇しない可能性があるのです。冷戦期にアメリカが軍事力を使用した例に限ってみても、「ベルリン駐留、ベルリン封鎖の際の空輸、ヨーロッパにおける軍の駐留、日本その他における基地の設立、韓国及びヴェトナムでの戦争、キューバ「封鎖」」などを挙げることができます(248頁)。いずれもアメリカの軍事力の一部を用いて遂行された作戦行動でした。

ウォルツが注目しているのは、第二次世界大戦以降に軍事力の限定的な使用の方法が著しい発達を遂げたことです。「軍事力がこれほど多様に、持続的に、幅広く適用されたことはかつてなく、また、国家政策の道具としてこれほど意識的に用いられたこともなかった」とも彼は述べています(248頁)。核兵器の時代であっても、軍事力は政策手段として引き続き使用されているのです。

まとめ

(1)現代世界で軍事力が使用される場面が減っていることは、軍事力の有用性が減少したことを意味しません。なぜなら、軍事力は戦争を遂行する手段であると同時に、平和を維持する手段でもあるためです。(2)今日の世界においても軍事力が限定的に使用される可能性は残されているため、国家はそれに備える必要があります。

「平和を望むならば、戦争に備えよ」という古いローマの格言が教えている通り、国際政治において平和と安定を維持しようとするならば、むしろ軍事力の有用性を積極的に認め、これをどのように平和に役立てるべきなのかを考える必要があります。

参考文献

ケネス・ウォルツ著、河野勝・岡垣知子訳『国際政治の理論』勁草書房、2010年
見出し画像:U.S. Department of Defense, Awaiting Sunrise


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