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論文紹介 中国の軍事技術はまだまだ米国には及ばないとの研究報告

研究者は基本的に軍事技術の取得で先進国が新興国よりも不利な立場にあると想定することが一般的です。これは新興国が過去の研究開発の成果を利用することで、最小限の投資だけで必要な科学技術を取得できるようになると考えているためです。

最近、中国では研究開発が急速に進み、米国の軍事技術に追いつきつつあるのではないかとの見方も、この想定に依拠しています。しかし、これは必ずしも十分に検証された前提ではありません。その前提の妥当性に疑問を投げかけた上で、中国はまだ米国の軍事技術に追随できていないのではないかという見方を出しているのが以下の論文です。

Andrea Gilli, Mauro Gilli; Why China Has Not Caught Up Yet: Military-Technological Superiority and the Limits of Imitation, Reverse Engineering, and Cyber Espionage. International Security 2019; 43 (3): 141–189. doi: https://doi.org/10.1162/isec_a_00337

現代の軍事技術の複雑性

著者らは国際政治学における軍事技術の問題を考えるためには、現代の軍事技術がかつてなく複雑になっていることを認識すべきだと主張しています。最新鋭の装備品を構成する部品点数は増える傾向にあり、またある装備品を上位のシステムの要素とする場合もあるため、単体では本来の性能を発揮できないという場合も少なくなくなっています。

著者らは1930年代に戦闘機は数百点の部品で構成されていたことを例として挙げています。1950年代の戦闘機を構成する部品は数万点になり、2010年代には30万点に増加しています。1910年代の航空エンジンは個人であっても分解、組立が可能でしたが、現代の航空エンジンは技術者でないければ分解も組立も不可能とされています。例えば、ターボファン・エンジンの組立では、0.1ミリメートルの誤差がシステムの互換性に影響を及ぼす恐れがあります。それだけの精度で作業が行えるようになるためには、相応の訓練が必要になります。

現代の軍事技術の進歩の程度を知れば、技術移転に必要な時間、労力、費用も以前より増加していることが分かります。19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて発達した火砲の技術は短期間で世界中に普及しましたが、技術的な複雑性の違いを考慮に入れれば、それに匹敵する速さで技術移転が起こるとは考えられません。もし中国が米国の装備品を手に入れて、その設計や構造を詳細に分析したとしても、あるいは産業スパイによって米国の軍事技術に関する機密情報を入手したとしても、それらを使って同水準の装備品を開発するためには大きな困難が伴うはずです。

さらに、現代の軍事技術はかなりの部分で暗黙知、つまり形式的な知識に置き換えることが不可能な知識で成り立っていると著者らは論じています。例えば、米軍は1980年代に完成させたものの、生産を中止してしまった核兵器を再び生産できる体制に移行するため、1990年代から追加で10年にわたる研究開発を実施し、9000万ドルの経費を計上しなければなりませんでした。これは過去の研究開発の記録が不十分であったこと、また当時の関係者が退職し、多くの暗黙知が失われていたことなどが関係しています。自国の装備品の再開発でさえこのような事態に陥ることがあることを考慮すれば、国境を越えた技術の移転が困難であることも理解できます。

中国の軍事技術は米国に及んでいない

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著者らは議論をさらに進め、中国の戦闘機J-20の例を取り上げています。中国は米国の軍事技術を積極的に取り入れようと試みており、リバースエンジニアリング、産業スパイ、サイバー活動などの手段で技術情報の収集を進めてきました。J-20は中国軍が開発し、2011年に最初の飛行試験が確認された双発のステルス戦闘機であり、米軍のステルス戦闘機F-22と設計がよく似ていたことが軍事専門家に注目されてきました。

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