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論文紹介 研究者は戦役分析をどのような手順で進めているのか?

戦争の研究で使う手法の一つに戦役分析(campagin analysis)と呼ばれるものがあります。冷戦期のヨーロッパで北大西洋条約機構がワルシャワ条約機構の侵攻を防ぐことができたのか、イランが軍事行動をとれば、サウジアラビアのエネルギー貿易にどのような影響が発生するのか、湾岸戦争でイラクが敗北を喫した理由はなぜか、といったタイプの問いに答えるために使われます。

近年、軍事、安全保障の分野では戦役分析の方法を再評価する動きがあります。Rachel Tecott氏とAndrew Halterman氏が2021年に発表した論文も、戦役分析の方法論を再検討した成果として位置づけることができるでしょう。この記事ではその概略を紹介し、戦役分析がどのような方法であるかを解説したいと思います。

Tecott, R., & Halterman, A. (2021). The Case for Campaign Analysis: A Method for Studying Military Operations. International Security, 45(4), 44-83. https://doi.org/10.1162/isec_a_00408

多くの研究者に用いられている戦役分析ですが、実のところ厳密な定義が確立されていません。近代的な戦役分析は第二次世界大戦の最中にオペレーションズ・リサーチの一環として始まっており、冷戦期のアメリカではSTORM(Synthetic Theater Operations Research Model)や、RSAS(RAND Strategy Assessment System)といったモデルが編み出されています。

しかし、STORMやRSASのような複雑な数理モデルを使わなければ戦役分析ができないというわけではありません。むしろ、戦役分析では単純かつ明快に定義された戦闘モデルの使用が一般的であり、それはシナリオの本質に深く関係する変数を割り当て、感度分析という手法を使ってバイアスや不確実性の影響を抑制します。端的に述べれば、戦役分析は、あるシナリオから予想される軍事的な結果を評価することであり、戦況に関連するあらゆる要素を考慮に入れることは必ずしも戦役分析に必須ではありません。

用語をいくつか整理しておきます。戦役分析で使われている戦役(campaign)と混同されやすい用語として作戦(operation)があります。一般的に戦役は複数の作戦から構成された戦争の一部分であり、戦役において敵と味方はそれぞれの作戦を遂行します。その作戦には目的があり、それを達成するために複数の戦術行動を組み合わせます。著者らは、戦役分析が作戦の下位に位置する戦術の分析に使われる可能性を完全に否定していませんが、政治学者が空母から航空機を発艦させる最適な手続きや、強襲作戦における攻撃ヘリコプターの運用に関心を持つことは基本的にはないと述べ、実質的に戦術を戦役分析の対象外としています。

また、数十年にわたって続く国際対立を想定し、軍事的手段だけでなく、非軍事的手段の戦略的運用を考慮したい場合もあります。そのような場合は戦役分析ではなくネット・アセスメント(net assessment)を実施すべき問題であるとされています。なぜなら、戦役分析は核戦争、通常戦争、非正規戦争などあらゆるタイプの戦争において見出される敵と味方の相互作用の結果を解明することに集中するものであり、非軍事的手段の運用を除外して分析を進めるためです。

以上が戦役分析に共通の特徴ですが、研究者によって戦役分析の具体的な手順や要領にはかなりの違いがあることに注意が必要です。著者らはジョン・ミアシャイマーやジョシュア・エプスタインのような研究者が、戦役分析で戦闘モデルをどのように使用すべきか、不確実性にどのように対処すべきかについて議論していることを紹介していますが、それらは必ずしも標準的な見解になっていません。そこで著者らは戦役分析の手順を6段階に標準化することを提案しています。

第一段階は問題の形成(formulate a quastion)です。この段階で戦役分析を実施する価値があることを確認し、分析が可能な形式に問題を定義します。ラテンアメリカの小国であるコスタリカが核武装し、アメリカに宣戦したとき、どのような戦闘を繰り広げることになるのか、といった問いを立てることは現実的ではありません。したがって、研究者にとってこれは有意義な問いとはいえないでしょう。戦役分析であ、状況の特質に対する理解を深めるような問いを立てることが必要です。また戦役分析では開戦直後の戦闘でその後の推移が大きく左右されるような局面に注目しようとする傾向があります。これは長期にわたる数次の作戦で構成された戦役を想定すると、シナリオの分岐を辿ることが難しくなってくるためです。

第二段階はシナリオの作成(specify a scenario)です。戦役分析では、第一段階で設定した問題を踏まえ、軍事的相互作用が発生する政治的、軍事的な状況を明確化することが必要です。この際に重要なのは当事国の軍事行動を形成する政治的な動機を特定することであり、多くの研究者は政治的要因を一定に保ったままシナリオを作成する方針を採用しています。実際には、戦争の推移に応じて政治家が設定する目的が変更されることはあり得るので、現実的ではないかもしれませんがシナリオを作成する上で必要な措置として認められています。

シナリオを作成するアプローチにも種類があります。攻撃のきっかけとなる出来事や、それに対して当事者が投入する資源、同盟国や友好国の反応について、最も起こりやすい状況を想定するというアプローチもあれば、事態が発生する確率を度外視し、最悪の事態を想定しておくアプローチもあります。現実に事前警告なく核攻撃が実施される可能性は極めて低いものだと一般的には考えられますが、そのような最悪の事態を想定して対応が可能かどうかを検討することによって、核攻撃を受けた際にどのような脆弱性があるのかを特定しやすくなる場合があります。分析の目的に適したシナリオを設定することが重要です。

第三段階がモデルの構築(construct a model)です。戦役分析では、戦闘の巨大さ、複雑さ、不確実さを踏まえつつも、わずかな変数で構成されたモデルを使用することで透明性を確保します。コンピュータ・プログラムを作成することもありますが、この段階で陥りがちな間違いは、戦闘の現実性、リアリティーを細部にわたって追求することです。そのような努力は単に労力がかかりすぎるだけでなく、プログラムを実装するときの障害となり、モデル内に含まれる誤差を増幅させ、分析の信頼性を低下させることに繋がります。

一般的に複雑すぎるモデルを使うと、分析結果を解釈することが難しくなるため、可能な限り避けなければなりません。例えば、ランチェスター方程式のように明確に定義された変数を含む単純なモデルを使用すれば、戦役分析の結果を多くの研究者が事後的に検証することも可能であり、より建設的な議論が可能となります。戦役分析で最も重要な原則は、モデルに含ませるべき重要な変数を適切に選び出すことにあります。ただし、研究者はモデルの作成でパラメータの適切な設定が難しいゆえに変数を不適切な形で除外する危険があることも指摘しています。

第四段階が数値の割当て(assign values)であり、これはモデルを構成する変数、つまりパラメータに数値を割り当てる作業です。戦役分析では、さまざまな不確実性を考慮に入れる必要があります。その対応の仕方はさまざまありますが、十分なデータに基づく最良の推定値を使用することが基本となります。交戦国が人員、武器、装備をどれほど保有しているのかについては、量的なデータを手に入れることは比較的容易です。ただ、情報源の制約から、この方法が適用できない場合もあるので、「任務を達成するために十分な資源を持っている」と想定した数値を使用することがあります。これがどの程度まで許容されるかは、分析の目的によるでしょう。あるいは、パラメータとして使用する数値の範囲を広げることによって、実際に起こり得る事態の不確実さに対応する場合もあります。例えば急激な軍拡を進めている国がどの程度の兵力を作戦に使用するかを正確に見積ることは難しいため、感度分析で後述するように各種資料から最小限の兵力と最大限の兵力を推計することがあります。

第五段階は、モデルの実行と感度分析の実施(run model and conduct sensitivity analysis)です。著者らがパラメータの不確実さに対応する方法として推奨しているのは、すべてのパラメータが確実であることはないことを受け入れ、不確定なパラメータに関しては、入力値が変化した場合に、結果がどのように変化するのかを明らかにする感度分析を実施することです。感度分析にもいくつかのアプローチがありますが、まず研究者はモデルに入力するパラメータに関して妥当な値の上限と下限を判断し、それぞれの入力値を使ってモデルを実行し、どれほど結果が変化するのかを確認します。信頼性が高いパラメータを得ることが難しい場合は、そのパラメータの変化が結果にどれほど深刻な影響を及ぼすのかを明確にすることが戦役分析の結果を解釈する上で役立ちます。

戦役分析の最後の段階は結果の解釈と提示(interpret and present results)です。モデルの出力を解釈し、提示する際には、使用する言葉を慎重に選ぶ必要があり、確率的な表現、あるいは慎重な表現を使うべきであり、あるシナリオから得られた戦役分析の結果を過度に一般化しないことが必要です。ミアシャイマーは、冷戦期のヨーロッパ正面を対象とした戦役分析を実施し、NATOがソ連の侵攻を食い止めるだけの能力を有していると結論付けたことがありますが、エリオット・コーエンは単一のシナリオに基づく戦役分析の結果をヨーロッパの軍事バランスに一般化することは間違っていると批判されたことがあります。この批判は適正なものであり、研究者は戦役分析の結果が思いがけない政策や戦略の正当化のために持ち出される可能性を考慮しておく必要があります。

著者らは、これから戦役分析を実施しようとする研究者に向けた提言で、戦役分析を展開する際に、特定のパラメータに固執することを避けるべきであると述べています。つまり、ある程度の幅を持たせた入力値を使用して、モデルの出力値を統計的に分析する方法を提案することにより、不確実性に対応するのです。

見出し画像:DoD photo by Cpl. Zachary Scanlon, U.S. Marine Corps

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