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権力者が暴力で民衆を抑圧するのは、どのような場合か?

権力者は国家の組織を通じて社会の成員に法令を遵守させ、歳入を確保し、政策を実行することができます。一部の国民が抵抗する動きを見せたならば、権力者はその脅威に対処するために抑圧(repression)を選択する場合があり、脅迫、傷害、拘束、拷問、殺害、追放などの措置が含まれています。

政治学の研究者が注目しているのは、権力者が抑圧を選択する際に、直ちに無制限の暴力を行使することを避け、相対的に暴力性の程度が低い抑圧を好む場合があることです。これは抑圧にかかる行政上のコストで説明されることもありますが、政治体制の違いで説明できるという見方があります。

まず、民主主義体制の抑圧について考えてみましょう。Koopmans(1997)は、1990年から1994年のドイツにおける極右の政治運動と警察の警備活動に関する考察をまとめた論文で、暴力的な抑圧がかえって逆効果であるという見解を示しています。その研究によれば、実力を行使する抑圧がかえって極右の動員力を増やす効果があるのに対し、デモの禁止や活動家に対する法的措置は動員力を減らす効果が認められました。

Davenport(2005)は、1964年から1973年にアメリカの警察が、ミシガン州デトロイト市で創設された新アフリカ共和国と称する反政府組織にどう対応していたのかを調べることで、抑圧への理解を深めることに成功しています。当時、新アフリカ共和国は、集会、後援会、請願などの合法的な政治運動を実施していましたが、それと並行して非合法的な暴力活動も実施していました。

アメリカの警察は、この組織に対処するため、密かにレッド・スクワッド(Red Squad)と称する部隊を編成し、関係者の捜査、監視に専従させ、組織の内部に情報提供者や潜入工作員の運用にも取り組んでいました。これも反政府組織を公然と抑圧する事態を避け、より慎重な対応を選択した結果として見なすことができます。

権威主義体制における抑圧に関する研究ではLevitskyとWayが重要な成果を上げています(Levitsky and Way 2010)。民主主義体制の場合とは異なり、ロシアや中国などの権威主義体制では公然と暴力的な抑圧を実施することがあり、抑圧戦略の選択と政治体制の種類との間に密接な関係があることが示唆されています。

著者らは1990年から2008年にかけて権威主義体制を採用する世界各国から集められた抑圧の事例を分析していますが、そこでは暴力的な抑圧がかえって民主化を引き起こす効果があることが示されました。これは先述した暴力的抑圧の副反応に関する知見と合致します。

ただし、その効果の程度は野党の組織化の程度によって大きく異なることが著者らによって指摘されています。通常、新たに組織された政党が社会の中に根を下ろし、党員や政治資金を獲得し、選挙で動員力を発揮できるようになるまでには長い時間がかかります。与党に対抗できるほど野党が成長していない状態では、暴力的な抑圧を行う与党に対して対抗することが難しいことが述べられています。

以上の研究成果を踏まえれば、権力者はあからさまで暴力的な抑圧を避ける傾向はあるものの、それは野党が与党に対抗できる可能性がある場合に限られるのではないかと考えられます。もし体制変動に繋がるあらゆる危険を排除できるのであれば、政権側はあからさまな抑圧に踏み切る方が、政治的には有利だと考えられます。

参考文献

Davenport, C. (2005). Understanding covert repressive action: The case of the US government against the Republic of New Africa. Journal of Conflict Resolution, 49(1), 120-140.
Koopmans, R. (1997). Dynamics of repression and mobilization: The German extreme right in the 1990s. Mobilization: An International Quarterly, 2(2), 149-164.
Levitsky, S., & Way, L. A. (2010). Competitive authoritarianism: Hybrid regimes after the Cold War. Cambridge University Press.

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