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書評『後退する帝国』将来の衰退を予見させるアメリカの歴史

南北アメリカの歴史を専門とする歴史学者ビクター・バルマー=トーマス(Victor Bulmer-Thomas)の著作『後退する帝国(Empire in Retreat)』(2018)も未来を見据えた過去のアメリカの研究であり、21世紀以降にアメリカが衰退していくことを読者に予感させる内容になっています。

この著作は18世紀にイギリスからの分離独立を実現したアメリカが、19世紀には領土を大きく広げ、20世紀に国際社会を指導する超大国となり、そして21世紀の初頭に限界を迎えるまでの歴史をカバーしています。特に重点が置かれているのは20世紀以降の現代史です。

これまでにも数多くの歴史学者が「アメリカ帝国の興亡」というテーマを議論してきたので、バルマー=トーマスがアメリカを現代に出現した帝国と見なしていること自体はそれほど目新しくはありません。ただ、彼は1990年代以降の現代史に足を踏み入れ、アメリカが衰退の局面に入っていることを、かつてないほど明確に主張しています。

バルマー=トーマスは著作の第1章で、アメリカがイギリスから独立してから1930年代に入るまで、軍事力と経済力の優越を背景にしながら新しい領土を求める領域帝国(territorial empire)として行動していたことを詳しく記述しています。これは植民地の利権を求めて争ったヨーロッパの列強にも見出される行動パターンです。アメリカの先住民はアメリカに対抗するだけの力を持たなかったため、戦いに敗れて多くの部族が離散、消滅し、生き残った人々は差別的な待遇を受け入れなければなりませんでした。

しかし、アメリカは北米大陸の領土を獲得し終えると、次第にヨーロッパとは異なる行動パターンを見せるようになりました。例えば、アメリカはスペインとの戦争によって環太平洋地域のフィリピンを占領しますが、これを自国に併合することを慎重に避けました。西アフリカにあったリベリアを植民地にする計画もアメリカでは支持を集めませんでした。これは勢力を拡大する手段としての領域の拡張をそれほど重視しなくなったためだと考えられています。

アメリカは北米大陸で領土を確保した後、パナマ、キューバ、ドミニカ、ニカラグア、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ハイチ、ホンジュラスなどの中南米諸国に目を向けるようになりましたが、支配の手段としては軍事的手段よりも、経済的手段が多用されました。

バルマー=トーマスは第2章と第4章の中で、これら中南米の国々がイギリスの金融システムに依存を深めていたことを述べていますが、それらがアメリカの金融システムによって置き換えられていった経緯を述べています。この転換によってアメリカは南北アメリカ大陸でイギリスに取って代わる準備を整えました。中南米諸国に対する経済的な支配を通じて、アメリカは世界の大国として指導力を発揮するために必要とされる知識と経験を蓄積することができたとバルマー=トーマスは考えています。

第二次世界大戦が終結してからアメリカが創設を主導した国際連合、国際通貨基金、関税貿易一般協定、北大西洋条約機構などの国際機構は国際社会におけるアメリカの指導力を確固としたものにすることに貢献した制度と見なされています。特に重要なのは全世界に点在するアメリカの軍事施設と、世界各国と結ばれた通商・防衛に関する条約でした。これらが組み合わさることで、アメリカは世界の指導的地位を長期的に独占することができたとバルマー=トーマスは第7章において主張しています。

第8章では、アメリカを中心とする一極構造の世界が形成された1990年代の歴史が述べていますが、この時期に帝国としてのアメリカの能力はすでに低下していました。第二次世界大戦が終結してから間もない時期のアメリカの製造業は世界市場で大きなシェアを占めていましたが、1990年代になるとその勢いはなくなり、他国の製造業に依存するようになっていたのです。

アメリカの国力を支える経済的基盤が縮小していく一方で、その国力の効果的な運用を可能にしてきた国家機構でも問題が生じていると指摘されています。アメリカの能力が低下するにつれて、世界は多数の大国が競い合う場所になり、アメリカはその中の「単なる一国」の地位になるだろうと予測されています(p. 355)。

「アメリカ帝国が300年も存続するということはありそうにない。それまでにアメリカは単なる一国民国家となるだろう。平和な状態を維持するかもしれないが、あるいはそうならないかもしれない」(p. 360)


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