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【翻訳文学】W.オーウェンの戦争詩「奇妙な遭遇」(1918)

普段、文献や論文の紹介をしていますが、年末ということもあり、息抜きで英詩の翻訳をしてみました。ただし戦争詩です。

第一次世界大戦(1914~1918)の西部戦線で従軍したイギリス人のウィルフレッド・オーウェンは優れた戦争詩を書き残したことで世界的に知られている詩人です。「奇妙な遭遇(Strange Meeting)」は1918年に前線で戦死する前に書かれ、死後に出版された詩集に収録されました。終わりが見えない戦いの中で兵士が感じていたやりきれない思いを静かな詩的世界の中で表現しています。英詩として読んでみたい方は、文学団体のウェブサイトで閲覧できるので、そちらを確認してみてください(Strange meeting by Owen, Poetry)。



「奇妙な遭遇」

ウィルフレッド・オーウェン
武内和人訳

気が付けば、私は戦いから逃れていた。
遥か昔の地下道を、深く暗く降りてゆき、
神の戦で削られた、花崗岩を抜けていく。
そこで聞こえてきたものは、眠れぬ彼らのうめき声、
思っていたより早死にか、死にもの狂いだったのか。
彼らを伺っていたならば、ひとりが私を見て立った。
私を見つめる彼の目は、憐みの心に満ち溢れ、
私に差し出す彼の手は、息をするのも苦しげだ。
彼は私に笑いかけ、私は地獄にいるのだと知った。
彼の顔に刻まれた、恐れは数えきれないが、
地上を流れる血の水が、ここに達することはない。
砲の声は遠すぎて、銃がわめく声もない。
「奇妙だな」と私は言う。「嘆く理由がここにはない」
「そうさ」と言ったその男。「過ぎ去った月日を思い出せ。
過ぎ去った失望を思い出せ。今やすべてが望むまま。
僕の暮らしもそうだった。野山へ出かけて狩りをして、
この世はあるがままに美しく、
落ち着きのない瞳、三つ編みの髪。
穏やかな時の流れをあざ笑い、
悲しみはこの地獄より深かった。
僕が喜びの声を上げたとき、多くの人が笑っていた、
僕が泣き声を上げたとき、何かがそこに残っていた、
もう死んでいたものだ。これが語られざる真実だ、
戦いの哀れみ、あぶり出される哀れな戦い。
僕らがぶち壊したものに、兵士たちは満足し、
もしくは、不満で血を煮立て、あふれ出ているのかもな。
部隊の動きは速く、まるで虎の動きのよう、
人々の進歩が遅れても、ひとりも隊列を乱さない。
この勇ましさは僕のもの、そして僕は謎を持つ、
この賢さは僕のもの、そして僕は知恵を持つ。
退却する世の行進で、僕は行方をくらませた、
行き着く先にあるものは、壁を持たない城だから。
血にまみれ、戦車の足が止まったとき、
僕は地上に舞い戻り、その血を洗い流すだろう、
深い深い井戸の底、真実までもを汲み上げて、
己の魂を惜しまずに、水を流しかけるだろう。
だが、真に清めるべきものは、傷でもなければ戦場でもない。
傷なき兵士の頭には、今なお生き血が流れ出る。
僕はあなたが殺した敵兵だ。
闇の中でも分かったよ。そのしかめっ面で、
昨日、僕を突き刺して、あなたは僕を殺したね。
防ごうとはしてみたが、僕の両手はかじかんだ。
さあ、一緒に眠ろうじゃないか……」


参考動画

現在でも多くの支持を集めている詩であり、朗読動画も作られています。オーウェンの詩集で私が一番思い入れがある作品であり、また当時の兵士のやり切れない思いが込められた物語だと思います。この機会にオーウェンの世界観に興味を持って頂ければ幸いです。

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