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戦力組成(Order of Battle)とは何か?

ある国家の軍隊が戦闘力を組織化し、運用するために採用する部隊の編組や配置、部隊を構成する人員や装備、部隊間の関係を規律する指揮組織、後方支援能力などを総合したものを戦力組成(Order of Battle, OB)といいます。ちなみに、旧日本陸軍では戦闘序列と呼び、陸上自衛隊では勢力組成と呼びますが、ここでは戦力組成という用語で表記を統一します。

軍事学の歴史において、いち早く戦力組成に理論的な分析を加えたのは、カール・フォン・クラウゼヴィッツでした。彼は戦力組成は部隊の区分という「算数的要素」と、部隊の配備という「幾何学的要素」の二つの側面から捉えることができると述べています(邦訳『戦争論』3巻138頁)。戦力組成の算数的要素に注目する場合、平時から維持されている歩兵大隊、騎兵中隊、砲兵中隊などの編制部隊を一つの単位と見なし、これらの部隊を臨機応変に組み合わせ、どのように任務達成に必要な部隊が編成されているのかに着目します。戦力組成の幾何学的要素に注目する場合、平時の教育訓練を通じて演練された行動を踏まえ、どのような部隊配備が採用されたのかに着目します。

クラウゼヴィッツは、17世紀から18世紀にかけて、戦闘行動が大規模化するにつれて、戦闘に参加する歩兵部隊の数が著しく増大したことを指摘していますが、それにもかかわらず戦力組成は単純なモデルを維持していたので、戦闘正面を左右の方向に引き延ばすような長大な戦列が組まれ、すべての部隊がその陣形の中で位置や隊形が固定されていました。このような態勢では部隊の運用に柔軟性、融通性がなく、もし敵に中央突破を許してしまうと、もはや「あたかも切断されたミミズさながら」であって、それぞれに動くことはできるものの、もはや組織的な戦闘力を発揮することは不可能でした(同上、139頁)。しかし、18世紀の後半になると、全軍をさまざまな分節に区分しておき、それぞれが柔軟に動けるように改良が施されました。「このような仕方で、諸兵種から成る軍団が生じた」とクラウゼヴィッツは論じています(同上、140頁)。

クラウゼヴィッツが考察したように、戦力組成は戦闘が発生する前から、部隊がどのような戦術行動を選択できるのかを規定しています。現代の情報活動では、敵部隊の戦力組成を解明することが重視されています。情報活動では、このような戦力組成の解明を目的とした分析は戦力組成分析、またはOB分析と呼ばれていますが、その際に調査、検討するべき項目は以下の通りです。

1 部隊の区分(部隊の識別、編制、基本的な戦術単位)
2 部隊の配備(位置、戦術展開、移動)
3 勢力(人員、武器、装備、種類別の部隊単位の数)
4 戦術(攻勢、防勢の戦術ドクトリンなど)
5 訓練
6 後方支援(備蓄、輸送・補給)
7 戦闘効率(優位性、劣位性)
8 その他(個人情報、部隊歴、被服・部隊章、コードネーム、武器装備、人事管理の事項)

情報活動の分野では、第一次世界大戦以降に戦力組成の分析が行われるようになりましたが、敵部隊の戦力組成を解明するには、組織的な情報収集が必要です。この課題に対して定型化された方法論が確立されているわけではありません。まず、目の前にいる敵の兵士がどの部隊に所属している兵士であるかを識別すること自体が情報収集の大きな課題となり、その動向を各種の情報資料から部隊ごとに追跡して継続的に調べることが重要になります。アメリカ陸軍では、ベトナム戦争で戦力組成分析に従事した経験を持つ情報参謀に対する面接調査を実施していますが、戦力組成分析では部隊区分に着目することから着手することが多いものの、実際の戦闘では複数の部隊が任務に応じた編成をとっている場合が多いとも指摘されています。

「OBの要素を見ているとき、第一に考えるべきは、それが部隊区分(strength)と部隊配備(desposition)のどちらに属するべき要素なのかであり、その際には状況、特に地形の影響を考慮に入れる。部隊配備や部隊区分と同じように重要であることが常だが、一般的に部隊区分が伝統的に戦力組成の重要事項であると呼ばれているため、まず部隊区分が何よりも先に検討される傾向がある。部隊を識別し、それがどのように編成されているのかを知りたいと思ったとしても、現実の分析作業では、敵がいくつかの部隊を編組したからでなければ着手することができない。その後になれば、種別や行動から一つずつ部隊を割り出すことができるようになる。
 状況によっては、戦力組成のいくつかの要素が持つ有用性が減じられることになるだろう。部隊区分は戦闘間を通じて極めて重要であるが、その他の項目に含まれるいくつかの情報が計画立案の段階で大きな重要性を帯びる可能性がある」

(Browen, et al. 1975. pp. 69)

戦力組成の分析では戦術行動のパターン分析も行いますが、この過程でどこに敵部隊が基地を設定しているのか、どのような交通路が利用されているのかが判明する場合もあります。こうした情報活動の成果を他の情報活動の担当者と共有することも情報運用において重要なことでしょう。

以上をまとめると、戦力組成は戦闘において軍隊がどのように戦闘力を組織し、運用しているのかを理解する上で重要な枠組みです。クラウゼヴィッツは、これを部隊区分の側面と、部隊配備の側面から見ることが重要であり、どのように部隊が区分されているかによって、部隊の配備の仕方にも影響が生じてくると指摘していました。こうした枠組みを使った情報活動は第一次世界大戦以降に普及しており、アメリカ軍はベトナム戦争で敵部隊の戦力組成分析を行っています。ただ、戦力組成分析は定型的な分析手続きで処理することが難しい性質があり、状況の進展に応じて持続的に、かつ柔軟に分析を進めることが求められます。

参考文献

クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、全3巻、岩波書店、1968年
Browen, Russell J., Jeanne A. Halpin, Pter T. Russell, and Bruce J. Staniforth. (1975). Tactical Order of Battle: A State of the Art Survey. Technical papers 265. U.S. Army Research Institute for the Behavioral and Social Sciences.

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