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20世紀初頭の軍事学では空間と戦力の関係をどう分析していたか

軍事学史では空間と戦力の関係に関する考察が数多く書き残されています。例えば19世紀にプロイセン軍人のカール・フォン・クラウゼヴィッツは部隊の規模とそれが占領できる面積との間に一定のパターンがあると論じています。

ただし、クラウゼヴィッツ自身がその比率を具体的に示したことはありません。戦闘の空間的な広がりに対する最適な戦力密度に関する考察は専門家としての直感の域を出るものではありませんでした。議論の前提となる用語が曖昧であったこと、実証的な研究を基礎づけるデータや事例が決定的なものではなかったことなどが、体系的な分析の妨げになっていました。

しかし、19世紀末にボーア戦争が、20世紀初めに日露戦争が勃発すると、世界中の軍人が築城、火器、戦術の発達によって戦闘の様相に変化が生じている可能性に注目するようになり、一部の研究者は最適な戦力密度を定量的に解明することに関心を持つようになりました。ドイツ陸軍ではヴィルヘルム・バルク、フランス陸軍ではジャン・コランが空間と戦力の関係を分析した先駆者として研究成果を残しています。

ここでは彼らの著作で戦力密度に関して何が語られていたのかを紹介してみたいと思います。

バルクとコリンは大きく異なる研究の手法を採用しましたが、彼らがたどり着いた結論は似通っています。それによると、近代戦では攻撃においても、防御においても、最低限度として必要な戦力の密度があり、それを下回ってしまうと任務を遂行することができないとされています。

バルクは19世紀末から20世紀初頭にかけて高い評価を受けた『戦術学』(初版1896)の著者として知られており、これは当時の列強の陸軍が使用していた教範の内容分析で得られた研究成果でした。日露戦争の戦訓を踏まえて1908年に改定された第4版は彼の研究の集大成です。コランの主著は『戦争の変貌』(1912)であり、これは普墺戦争から日露戦争までの戦例を分析し、近代戦の特徴を明らかにしようとするものでした。したがって、コランは教範の内容にとらわれることなく、現実に生起した戦闘の様相を分析しています。

しかし、バルクとコリンは戦場の広さに対する最小限の戦力密度を決める要因に関してほとんど同一の見解に到達していました。まず、火器の性能がいずれの研究でも非常に重視されており、また野戦築城の利用、地形地物の利用で防御戦闘がどれほど容易なのか、攻撃部隊が防御部隊の側面や背面を脅かすことができるかどうかによっても、最低限度として確保すべき戦力密度の水準が変化すると説明されています。

例えばコリンの分析によれば、近代戦では技術革新によって防御部隊が発揮できる阻止火力が著しく向上しており、ボーア戦争(1899~1902)において防御部隊は2メートルから3メートルごとに1名の戦力を確保しておくことができれば、攻撃前進を阻止する上で最低限の火力を発揮できました。コリンは日露戦争(1904~1905)では4メートルごとに1名という戦力密度であっても防御が可能であることが示されたと指摘しています。バルクの分析では1815年のワーテルローの戦いでは平均で1キロメートルごとに11,000名の戦力で防御戦闘が行われていましたが、1905年の奉天会戦では4,000名の戦力で防御が可能だったと推計しています。

バルクは遅滞行動と通常の陣地防御では、異なる基準を適用する必要があるとも述べていました。陣地防御とは、前もって準備した陣地に依拠して敵の攻撃前進を阻止する戦術行動ですが、遅滞行動は敵との接触を保ちながら徐々に部隊を後退させる戦術行動です。

地形の効果が中立的である場合、つまり極端に平坦で攻撃部隊にとって有利な地形ではなく、かといって極端に起伏に富んでいるため防御部隊にとって有利な地形でもないと想定すると、正面1キロメートルごとに最低限必要な戦力は次のように推計されます。

遅滞行動
1 正面 小銃手300名
2 予備隊 小銃手520名
 2.1 側面防御 小銃手60名/一側面
 2.2 来援 0名
 2.3 逆襲 小銃手400名
3 最低限の空間対戦力比 小銃手82名/1メートル
陣地防御
1 正面 小銃手1,000名
2 予備隊 小銃手1,400名
 2.1 側面防御 小銃手200名/一側面
 2.2 来援 200名
 2.3 逆襲 小銃手800名
3 最低限の空間対戦力比 小銃手2.4名/1メートル
(第一次世界大戦が勃発する前の時代の推計であるため、この値の評価には注意が必要です)

ここで注目したいのは、防御陣地に依拠する部隊が、遅滞行動を遂行する部隊よりも小さな戦力密度で任務を遂行できるのに(2.4<82)、陣地防御を行うために絶対的に必要な戦力(1,000+1,400=2,400)は遅滞行動に必要な戦力(300+520=820)より大きく見積もられている点です。つまり、遅滞行動は陣地防御の3分の1程度の戦力で実行可能とされていますが、後退しながら敵の部隊に十分な阻止火力を指向するには1メートルごとに82名の密度で小銃手が必要であるということです。これは遅滞行動が陣地防御よりも狭い戦闘正面で敵と交戦することが想定されているためでしょう。

ちなみに、第一次世界大戦以降も戦力密度に関する研究は続けられています。コリンとバルクの分析は、イギリスのリデル・ハートに引き継がれており、1938年以降に詳細に分析を加えました。その成果は『抑止か、防衛か』(1960)で書籍化されました。こちらの記事の反響によっては、リデル・ハートの分析も紹介してみたいと思います。

参考文献

Jean Colin. 1912. The Transformations of War, Translated by L. H. R. Pope-Hennessy. London: Hugh Rees, Ltd.
Wilhelm Balck, 1915. Tactics, Volume I: Introduction and Formal Tactics of Infantry. translated by Walter Kruger. Fort Leavenworth, Kansas: U.S. Army Cavalry Association.
Basil H., Liddell Hart. 1960. Deterrent or Defense: A Fresh Look at the West's Military Position. New York: Praeger.

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