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モーゲンソーは心理戦の手法をどのように分析していたのか?

心理戦(psychological warfare)とは、国家の戦略目的の達成に有利な社会情勢を創出するため、敵対的な集団に対する宣伝と友好的な集団に広報を組み合わせて運用する活動をいいます。戦争の歴史で古くから用いられてきた戦い方ですが、20世紀にマス・メディアが発達したことによって重要性が高まり、第一次世界大戦以降にはほとんどの大国で取り入れられました。

政治学者ハンス・モーゲンソーの著作『国際政治(Politics among Nations)』でも国際政治と心理戦の関係について分析した箇所があります。モーゲンソーは宣伝の技術が第二次世界大戦以降に発達し、外交や武力といった伝統的な対外政策の手段と並ぶ重要な意味を持つようになったと述べています。

宣伝は一見すると単なる人気取りのように見えるので、対外政策の手段として捉えることが困難です。しかし、モーゲンソーはその究極的な目的は武力と同じであり、その政治的な意味合いを軽視すべきではないと論じています。宣伝は我が方の利益を支持するように、対象とする集団の信念体系、道徳感情、趣味嗜好に影響を及ぼし、特定の方向へ行動を誘導するために設計された手段として分析することができます。

まず、宣伝の標的とする社会集団に特定の行動をとらせたいならば、その宣伝で伝達する内容が真実であると信じることができるように設計しておかなければなりません。モーゲンソーはこの際に、それが客観的な意味で真実であるかどうかは重要ではなく、標的とする集団に真実であると思わせる程度によって有効性を評価すべきだと強調しています。

宣伝の効率を向上させるためには、標的とする集団が何を信じたいと願っているのかを知らなければなりません。例えば、第一次世界大戦の後で敗戦国となったドイツで民族主義、人種主義が大きな影響力を持ち、それがナチ党のイデオロギーとして発展ました。これは、そのような信念体系を求める人が多かったためであって、宣伝の内容が正しかったためではありませんでした。ソ連が広めようとする帝国主義のイデオロギーも、複雑な国際政治を単純明快に説明してほしいという人々の欲求に適した内容を持っているとモーゲンソーは述べています。

モーゲンソーは宣伝の内容が有効であるためには、標的とする集団の生活体験、そして具体的な利益と矛盾しないように設計することが重要だとも述べています。国際政治における宣伝は、自国と生活水準が大きく異なる国民を標的とするので、彼らの生活を理解することが特に重要です。先進国の国民は直ちに生存が脅かされる環境で生活を送っていないため、抽象的な理念や高尚な思想に訴求力を持たせようとしがちです。しかし、途上国の国民は日々の生活が重要であり、理念や思想に関心を示そうとはしないことが多いのです。

つまり、途上国に対する宣伝は必ずしもメッセージを届けることや、イデオロギーを広めることに限定すべきではありません。むしろ、経済的、技術的な対外援助こそが宣伝として大きな威力を発揮することがあります。モーゲンソーは援助を途上国に対する宣伝の一形態として捉えており、その重要性がますます高まっていると指摘していました。援助によって人々に具体的な利益がもたらされれば、彼らはメッセージに耳を傾けるようになります。そうすれば、自国にとって有利な社会情勢を作り出しやすくなると考えられています。

援助の宣伝効果を高めるためには、援助が直ちに標的の集団に利益をもたらすこと、援助の主体が誰であるかを明確にすることが必要であるとも指摘されています。モーゲンソーの分析は現代の国際政治がどのような形態をとっているのかを理解する上で有益なものだと言えるでしょう。

参考文献

モーゲンソー著、現代平和研究会訳『国際政治:権力と平和』福村出版、1998年

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