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書評『ポリス:古代ギリシア都市国家入門』(2006)

デンマークの研究者ハンセン(Morgens Herman Hansenは1993年から2005年までコペンハーゲン大学コペンハーゲン・ポリス・センター(Copenhagen Polis Centre, CPC)の研究プロジェクトを代表として率い、世界の都市国家の歴史を調査した歴史学者として知られています。

2006年にオックスフォード大学出版会からハンセンが出した著作『ポリス:古代ギリシア都市国家入門(Polis: An Introduction to the Ancient Greek City-State)』はコペンハーゲン・ポリス・センターの調査結果を踏まえ、古代ギリシアに成立したポリスを総合的に考察した概説書です。2004年にデンマーク語で出された著作の英訳でもあります。

第1部では、都市国家の特徴が一般的に解説されています。ハンセンは都市国家を都市化された市街地とそれを取り囲む辺境から構成された最小国家として見なし、その住民が同一の言語、宗教、伝統を共有することによって都市国家としての文化が形成されることを論じています。

さらにハンセンはコペンハーゲン・ポリス・センターの調査で取り上げられた37カ国の都市国家の例を取り上げ、それぞれの文化について解説しています。ハンセンはその検討の中で古代ギリシア世界の都市国家であるポリスが他の地域の都市国家に比べて強い文化的一体性を維持していたことを明らかにしています。

第2部はこの著作の中核ともいえる部分であり、ハンセンは新たな知見を組み合わせた議論を数多く展開しています。古代ギリシアのポリスが植民地を獲得し、新たなポリスを建設する事業を繰り返していたため、相互の結びつきが強かったこと、当時のギリシア人の間ですべてのポリスが対等だと考えられていたわけではなく、地方自治体のように考えられていたポリスもあったことなどを指摘しています。これは古代ギリシアのポリスを直ちに「都市国家」と見なすことはできないことになります。

これ以外にも、ハンセンは新しいデータや史料に依拠して興味深い議論を提出しています。例えば、ハンセンは第3部の13章で歴史人口学の手法に基づいて、古代ギリシア世界の総人口を最低でも750万人、より大きく見積もるならば800万人から900万人程度だったのではないかと推計しています。

さらに各ポリスの都市住民と農村住民の比率に関しては、従来の研究では農村住民の方が優勢だったと考えられてきましたが、コペンハーゲン・ポリス・センターの調査結果を踏まえ、都市住民の方が実は優勢だったのではないかという説をハンセンは唱えています。ポリスの多くが都市住民で構成されていからといって、彼らが現代の都市住民のように一次産業に従事していなかったわけではありません。14章の議論によれば、ハンセンはポリスの経済的活動の大部分は食糧の供給のために行われており、市街地の外で開かれた農地や、近海で漁業が営まれていたと考察しています。

ハンセンの研究の意義は単に新しい調査結果を取り入れているだけにとどまりません。ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは古代ギリシアのポリス、都市国家に関する議論を展開したことで知られているのですが、ハンセンはウェーバーの議論を詳しく調べた上で、複数の問題点があることを的確に指摘していきます。この作業によって、古代ギリシアのポリスに関する新たな研究成果が大幅に追加するだけでなく、古い研究成果が取り除かれています。

ハンセンの仕事は、ポリスの政治制度、特に民主主義の考察にまでは至らなかったようです。政治制度に関する議論はあまり十分ではありません。しかし、世界中の都市国家を調査した成果を基礎にしたポリスの研究であり、将来的に新たな研究成果につながることが確実視される重要な業績だと思います。

参考文献
Morgens Herman Hansen, Polis: An Introduction to the Ancient Greek City-State, Oxford University Press, 2006.

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