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メモ 戦争で国民を大規模に動員すると、権威主義体制の存続には不利になる

政治体制としての権威主義(authoritarianism)の特性は、個人、あるいは少数の特権的な集団が政権を独占し、あらゆる政策決定から国民の大多数を排除できることです。

そのため、権威主義国の指導者は戦争を遂行する費用、犠牲、損失を国民の大多数に押し付けておき、戦果として獲得した動産、不動産を政権に欠かせない特権的集団に優先的に配分することが可能です。

ただし、これらの考察が妥当なのは、民主化を要求する一部の国民を抑圧し、あるいは懐柔できる場合に限定されています。軍隊に動員された国民は、政治参加の意識を強める傾向があるので、指導者は彼らの政治行動が政権批判や反体制運動へ向かうことがないように指導者は注意を払う必要があります。

エドワード・マンスフィールドとジャック・スナイダーは『戦うための選挙(Electing to Fight)』(2005)で、この問題を取り上げたことがあり、軍事力を発揮するために動員が有効であったとしても、それを実行に移すと政治的に不利になる可能性があることを「動員のジレンマ」と呼びました(p. 46)。権威主義の指導者は基本的に戦争の際に積極的に行動できるかもしれません。しかし、政治的なリスクを考慮すれば、自国民を無制限に軍隊に動員できるわけでもありません。

マンスフィールドとスナイダーは、第一次世界大戦が勃発する前のロシア帝国で、もしドイツとの戦争に備えるために大規模な軍事的動員に踏み切れば、改革派の民主化、自由化の要求に耳を貸す国民が増えるのではないかと恐れる保守派の中で、ドイツと戦争状態になることを回避すべきだという意見があったことを紹介しています(Ibid.)。

ただし、マンスフィールドとスナイダーは動員のジレンマを回避するため、イデオロギー的な操作を通じて国民の敵意を外に向けさせる場合があるとも論じています(p. 48)。典型的なのは政権が社会運動を組織化した上で、これを公的なイデオロギーで統制することです。通常、この種の社会運動は一般の住民に特定の規範を内面化させ、潜在的な脅威となる個人をあぶり出す目的で運用されますが、戦時には戦争に協力するための団体として動員の基盤となります。

権威主義体制の下で動員のジレンマを回避するために政権が主導する形で社会運動が組織化される場合があるというマンスフィールドとスナイダーの指摘は、権威主義国の内戦で、政府軍が非正規の民兵を動員する場合があるという研究報告とも合致しています。これも支配体制を守るための軍隊の内部に反体制的な思想を持つ個人や集団が入り込むことを防ぐための措置として理解できるでしょう。

参考文献

Edward D. Mansfield and Jack Snyder. 2005. Electing to Fight: Why Emerging Democracies Go to War. MIT Press.

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