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なぜ軍隊の組織形態が反乱の成否を分けるのか?

20世紀のポーランド出身の社会学者アンジェイエフスキーは著作『軍事組織と社会』(1954)において、軍隊の形態が反乱の成否と関係があると考え、どのような軍隊の形態が採用されている時に反乱が成功しやすいのかを特定しようとしました。そのために彼は古今東西の軍事制度に関する資料を調査し、それらの特性を比較検討しています。

ある国で反乱が成功するための一般的な条件とは、反乱を鎮圧する集団に対して、反乱に参加する集団が軍事的能力で優勢になることです。これを成功させるためには、反乱に参加する集団が数的に優勢であるだけでなく、武器や装備、あるいは規律や運用においても優勢であることが望ましいと考えられます。

まず、アンジェイエフスキーは第一に社会が支配層と非支配層が分離し、両者の間で利害が対立して反乱が起こる状況を想定しました。そして、軍隊を構成する支配層が割合が少なく、非支配層の割合が多いほど、反乱が成功する確率は高まるのではないかと考えました。

なぜなら、軍務を通じて非支配層の軍事的能力が高まれば、それだけ反乱の際に支配層との戦いで優位に立つことが容易になるためです。総人口のうち軍隊に入隊する人の割合をアンジェイエフスキーは軍事参与率(military participation rate)と呼んでいるのですが、彼はこの軍事参与率が反乱の成否を判断する上で一つの目安になるのではないかと考えています。

「数量的に明確にすることはできないが、大まかに言って、軍事参与率が高い社会においても、低い社会においても、大衆蜂起が発生する頻度は同じである。それは中世のヨーロッパや日本におけると同様の頻度で、中国にも起こっている。すでに見たように、中国では幾つかの農民一揆が成功したが、中世のヨーロッパと日本においては、それはすべて失敗に終わった。同様に著者は近代のロシア、ドイツ、オーストリアにおける革命は、主として一般的徴兵制度の導入の結果発生したと述べた。そうでなければ敗戦が既存の階層の崩壊を招かなかったはずだからである」(アンジェイエフスキー、邦訳、209頁)

これは徴兵制のような兵役制度を導入することは、動員可能な兵員の数を増やすものの、国内政治において支配層の特権的地位を脅かすリスクがあることを示唆しています。

中世のヨーロッパや日本では騎士階級や武家階級といった一部の集団が戦闘技術を独占していましたが、中国の軍事制度では農民が徴兵されることは一般的であるため、戦闘技術が広く社会に共有されていました。

アンジェイエフスキーは、この点を考慮すれば反乱の成否を説明する上で役立つと考え、「蜂起が成功するか否かは、反逆者たちが武器とその使い方についての知識とを所持しているか否かにかかっている」と述べています(同上、210頁)。

このような議論に対して予想される反論があることもアンジェイエフスキーは想定しています。職業軍人が存在した国であっても、非常に低い階層の出身者が反乱を起こして権力を奪取した事例があるためです。

しかし、アンジェイエフスキーはこのような事例は社会階層の上昇によって、ある程度の高い地位についた後で起きている場合が多いと指摘し、そのような反乱は、支配層と非支配層が対決する反乱と少し性格が異なっていると述べています。

「職業戦士型の軍事組織を持つ国家で、非常に低い地位の出身者が最高の名誉の地位についた革命が起きた例が数多く存在するという抗議がだされるかもしれない。そのような革命の例は後期ローマ帝国、ビザンチン帝国、東洋のイスラム教圏の歴史の中に多数見出される。デリーのスルタン国家には奴隷王朝すら存在した。マムルーク王朝の何人かのスルタンは、奴隷身分から身を起こしている。このことは疑いもない事実であるが、忘れてはならないことは、彼らが革命を起こしたのは、未だ非特権的な身分に属していた時ではなかったことであり、彼らに追随した者もそうではなかった」(同上、211頁)

軍事参与率が低い国では一般民衆が反乱を起こし、その政治的目的を達成することは難しいが、兵役の経験が広まるほど反乱が成功しやすくなるとアンジェイエフスキーは結論付けています。

軍事参与率が低い国で反乱が成功するかどうかを予測するためには、すでに支配層の内部で対立が生じているかどうかが重要なポイントになります。そうすれば、反乱軍は支配層から参加者を得て、軍事的能力を強化し、有効な戦闘力を発揮することができます。

もちろん、反乱軍の戦闘力は装備や技術だけでなく、ある程度のマンパワーを必要とするので、大衆的基盤が重要ではないという意味ではありませんが、軍隊の中で培われた専門的知識を手に入れることが、反乱軍の成功にとって重要な意味を持っていると考えられます。

参考文献
アンジェイエフスキー『軍事組織と社会』坂井達朗訳、新曜社、2004年


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