見出し画像

数理モデルを使った作戦、戦術の運用解析を学べる『軍事ORの理論』の紹介

20世紀以降の軍事学の研究の特徴の一つは、数理モデルを積極的に理論の構築に活用し始めたことです。例えば、あの有名なランチェスターの法則も、元を辿れば戦闘の過程で生じる彼我の兵力の損耗を説明するために、20世紀の初頭にイギリスの技術者フレデリック・ランチェスターが提案した数理モデルであり、現在でも交戦理論の基礎として研究されています。

数理モデルが軍事学の研究にどのように役立つのか疑問に思われる方もいるかもしれません。しかし、軍事学には数理モデルでなければ解けないような定量的な問題が数多く存在します。戦術の問題に限定して考えてみても、戦場でどのように敵を捜索すれば兵力を効率よく使用できるのか、戦場に出現する敵に最大の損害を与えるには、どのように火力を運用すべきかを考えるためにモデルが必要となります。

このような問題を解決することを目的とした数理的研究をオペレーションズ・リサーチ(operations research; OR)と呼びます。英語でオペレーションズは作戦を、リサーチは研究を意味しているため、そのまま直訳すると作戦研究となりますが、現代のオペレーションズ・リサーチは、非軍事的問題にも広く応用されているため、そのままオペレーションズ・リサーチ、あるいはORと呼ぶことが一般的になっています。ちなみに、軍事問題のオペレーションズ・リサーチに限定するときは、軍事ORと呼びますが、自衛隊では運用解析という名称も使われています。今回は、軍事ORの理論を解説した著作として飯田耕司『改定 軍事ORの理論』(三恵社、2010年)を紹介しようと思います。

全体の構成

序章 軍事OR研究の勧め
第1章 軍事ORの概説
第2章 捜索理論
第3章 射爆理論
第4章 交戦理論
おわりに

本書の第1章で著者は多種多様な軍事ORの理論研究を次のように区分、整理しています。

1 捜索理論(search theory):特定の目標を発見するために効率的な捜索の方法を解明する理論
2 射爆理論(firing and bombing theory):戦闘における射撃、爆撃によって目標を効率的に撃破する方法を解明する理論
3 交戦理論(combat theory):交戦による彼我の兵力の損耗と最適な兵力の運用を解明する理論
4 資源配分問題(resources allocation problem):一定の資源で最大の効果を得ることができる配分方法を解明する問題
5 機会目標問題(opportunity assignment problem):確率に応じて出没する目標を撃破するために効率的な資源の配分方法を解明する問題
6 ゲーム理論(game theory):複数の行為主体がそれぞれの行動を選択する際に相互に影響を及ぼし合う相互作用があるときに、どのような行動が効率的であるかを解明する理論
7 マルコフ連鎖モデル(markov chain model)将来の状況が生起する確率法則が過去の状況ではなく、現在の状況にのみ依存する性質を持った確率過程のモデル
8 決定理論(decision making theory)さまざまなリスク、不確実性、評価尺度を踏まえ、最適な意思決定を解明する理論

これらの中から著者は捜索理論射爆理論交戦理論の3つの領域を主軸に据え、それぞれの領域と関連付けながら残りの問題や理論を取り上げる構成を採用しました。

捜索理論

捜索理論は第二次世界大戦でアメリカ海軍の研究者らが対潜戦で敵の潜水艦を効率よく発見する手法を解明するために構築された理論です。広大な海域で水中を潜航する潜水艦の位置を特定したい場合、捜索に使用できる味方の駆逐艦が有限が大きな制約になります。広大な海域に無数の駆逐艦を並べ、ソナーで探知するような運用は現実的に不可能ですから、駆逐艦にどこを捜索させれば潜水艦の探知確率が最大になるのか、つまり最適な捜索資源の配分方法を計算によって明らかにできなければなりません。

捜索理論では、さまざまな状況を想定したモデルが考えられています。例えば、最も単純な対潜戦のケースとして、敵の潜水艦を最後に探知した位置、つまりデイタム点を中心に駆逐艦が捜索する状況を想定することができます。もし潜水艦が移動できないうちに駆逐艦がデイタム点に到達できるような理想的な状況であるならば、それが最適な捜索資源の配分と見なせるでしょう。しかし、潜水艦もデイタム点から任意の方向に向かって水中を潜航していること、駆逐艦が潜水艦の位置を探知するには十分に接近する必要があることなどを想定すると、捜索資源を効率よく運用する方法を直感だけで導き出すことは難しくなります。

捜索理論では、潜水艦が未知の方向に向かって一定の速力で直進する場合に駆逐艦が採用できる捜索の方策として、デイタム点を起点として、一定の角度で旋回を続けながら徐々に遠方を捜索するスパイラル捜索が効率的であると考えられています。潜水艦がデイタム点から12ktの速度で未知の方向に潜航したまま移動を開始し、その1時間後に駆逐艦が18ktの速度でデイタム点からスパイラル経路による捜索を開始したと想定すれば、平均して137.4時間、つまり5日から6日で探知を見込むことができると推計されます。

ここでは対潜戦を想定しながら解説していますが、この捜索理論は陸上作戦、航空作戦にも拡張して応用することも考えられます。初期の状況で敵の存在がより曖昧な場合を想定した捜索の方策や、あるいは敵が味方から捜索を受けていることを見越してどのような行動を選択する可能性があるのかを分析するモデルも提案されていることも本書で解説されています。

射爆理論

射爆理論は武器を使用した射撃・爆撃、つまり射爆による目標の撃破確率を最適にする条件を明らかにするために構築された理論です。この分野の研究課題は大きく二つに分かれます。まず、銃、弾薬、射手、射法、照準をまったく同じ条件に揃えて射撃を実施しても、得られた弾着点が厳密に一致することはなく、照準点を中心にある程度ばらつきが生じるため、この現象を確率の法則に基づいて、どのように定式化すべきかが問題となります。

さらに、射弾が目標に命中することは、目標を撃破することとは本質的に別の事象であることも考慮しなければなりません。目標に命中した射弾が直ちに目標の撃破に繋がる場合もありますが、例えば、装甲が施された車両のように、命中弾の殺傷、破壊の効果が相当に累積しなければ、目標の撃破に至らない場合も想定できます。このような場合、どのようにして撃破を判断すべきかを定式化する必要が生じます。

著者は射爆理論のモデルを単一目標に対する射撃と、複数目標に対する射撃の2つに分けて解説していますが、ここでは基本として単一目標の射爆、それも1方向にしか広がらない1次元の空間で1発だけの射爆を考えてみます。射爆理論では、目標を1発の射爆で撃破できる確率を単発撃破確率(Single Shot Kill Probability; SSKP)と呼びます。基本的に、この確率を最大にする射爆が最も効率的であると言えますが、そのためには目標と射手の間にある射距離を小さくするように接近しなければならないことが普通です。ただ、不必要なまでに目標に接近するような兵力の運用は、防護や安全の観点から避けなければならないため、どの程度まで接近すれば任務を遂行する上で満足できるSSKPが得られるのかを指揮官は判断しなければなりません。

SSKPの評価式では、二つの基本概念を使用します。一つは武器、照準、弾道の誤差で生じる弾着点の分布を表す弾着密度関数であり、もう一つは命中した射弾の損傷効果が目標を撃破する条件を満たす確率を表す損傷関数です。SSKPは、これらの弾着密度関数と損傷関数をかけたものを積分することで求めます。選択可能な射撃位置のSSKPをそれぞれ計算すれば、指揮官は任務や敵情に応じ、どのSSKPで満足すべきかを判断し、適切な射距離で火力を効率的に発揮できるようになるでしょう。

交戦理論

交戦理論は射爆理論とは異なり、敵と味方が相互に射撃、爆撃を行い合い、それぞれに損耗が発生する交戦の過程を分析するための理論です。著者は交戦理論のモデルを損耗過程の特性分析を目的としたものと、交戦過程の最適化問題を扱ったものの2つの系統に大別し、そこからさらに大兵力の交戦か、小兵力の交戦かによって細分化しています。ここでは、交戦理論で特に古典的な業績であるランチェスター・モデルを取り上げて解説します。

ランチェスター・モデルとは、敵と味方が交戦する過程で発生する損耗を、交戦の様相、武器の性能、兵力の規模を組み入れた方程式で説明した数理モデルです。ランチェスター・モデルには下位モデルとして、一次則モデル(ランチェスターの第一法則)、二次則モデル(ランチェスターの第二法則)があり、交戦の様態によって使い分ける必要があります。一次則モデルは、敵と味方が交戦する過程で生じる損耗がどちらも等しくなる場合に妥当なモデルですが、二次則モデルでは、敵と味方が受ける損害は敵と味方の兵力を二乗した比で決まるモデルです。

例えば、味方の艦艇が12隻、敵の艦艇が9隻で交戦したと想定してみましょう。一次則モデルの場合であれば、交戦の結果として味方の艦艇が3隻残存し、敵の艦艇は全滅すると計算されます($${12-9=3}$$)。しかし、二次則モデルを適用するならば、交戦の結果は味方の艦艇は7(厳密には7.9)隻残存し、敵の艦艇は全滅すると計算されます($${\sqrt{12^2-9^2}=7.9}$$)。どちらでも兵力で優越している部隊が勝利を収める点では変わりありませんが、交戦の様態によって、結果として残存する兵力が大きく変化することが分かります。

本書では、これらランチェスター・モデルをさらに拡張したモデルとして、三次則モデルや混合則モデルも取り上げられています。三次則モデルは例えば巡航ミサイルを前提とした対水上戦に適用されるモデルであり、二次則モデル以上の速さで撃破が進むため、兵力で優位に立つことの有利がさらに大きなものとなります。混合則モデルは、交戦の様態が非対称的な場合に適用されるモデルです。戦術の研究では攻撃、防御、後退行動のどれを選択すべきかが戦術の検討課題となることもありますが、敵と味方の部隊のそれぞれがどのような戦術行動を選択するかによって交戦の様態が対称的になることも、非対称的になることもあります。敵と味方が独立に攻撃、防御、後退行動を選択する場合、交戦の状況は9通り考えられるので、それぞれの状況に応じた定式化を行うために混合則モデルが使われます。

まとめ

日本語で書かれた軍事ORの文献は限られており、研究者の数も多くはありません。しかし、著者は日本を取り巻く安全保障環境が悪化していることを踏まえれば、この分野の研究がさらに活発にして然るべきであると論じています。そのためにも、軍事ORの研究をますます多くの人に普及させ、安全保障の知的基盤とすべきとしています。

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。