見出し画像

研究紹介 クリミアと東ウクライナでロシアは成功を収めたと言えるのか?

2013年、ウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領はロシアとの関係を重視する姿勢を打ち出し、欧州連合との友好協定を締結しない方針を決定したことで、大規模な抗議運動を引き起こしました。ヤヌコヴィッチ政権は警察、治安部隊で鎮圧を試みたものの、2014年2月22日にロシアに脱出しています。これ以降、ロシアは親ロシア派を通じてウクライナの政界に影響力を行使することが難しくなりました。

ロシアはウクライナの対外政策に対する影響力を回復するため、軍事的手段を行使することを決定しました。2014年2月から3月にクリミア半島へ軍事侵攻し、2014年2月から5月には東ウクライナで反政府組織の形成と活動を支援しています。この一連の行動でロシアは自らが望む政治的な成果を上げることができたのかは曖昧であり、研究者も検討すべき課題として位置づけています。

Kofman, M., Migacheva, K., Nichiporuk, B., Radin, A.M., Tkacheva, O., & Oberholtzer, J. (2017). Lessons from Russia's Operations in Crimea and Eastern Ukraine. Research Report, RAND.

ランド研究所から出されたこちらの報告書の目的は、2014年2月から3月までのクリミア半島におけるロシアの行動と、2014年2月から5月までの東ウクライナにおける反政府運動の支援が戦略としてどれほど成功していたと言えるのかを評価することです。ロシアがこれらの経験から何を学んだのか、同じような戦略を繰り返す可能性があるのかを検討する上で有意義な研究です。

著者らはロシアがクリミア半島と東ウクライナで大きく異なったアプローチを採用したことに注目しました。2014年の作戦で迅速にクリミア半島を自国の領土に編入することができたことは、ロシアにとって大きな成果でしたが、著者らはそのような戦略を成功させる上で有利な条件がクリミア半島で揃っていたことを指摘し、同じような戦略が別の地域で適用できるわけではないと評価しています。

クリミア半島の南部にはロシア海軍の黒海艦隊の基地があったので、ロシア軍は合法的に部隊をクリミア半島に進入させ、そこから作戦行動を開始することができました。クリミア半島の東部はロシアの領土と隣接していたことも、部隊の移動を迅速に完了させることができました。ただ、著者らは軍事的に占領した後で、ロシアが地元の政治家と交渉する準備を整えていなかった問題を指摘しており、事前に立案した戦略計画ではクリミア半島の政治的な取り扱いが決まっていなかったと推定しています。おそらく、ロシア国内でこの軍事侵攻が多くの支持を集めたことから、場当たり的に併合の手続きを進めたのではないかとも著者らは述べています。

東ウクライナでの武力紛争に関しても著者らは成功とは言い難く、作戦の面では「失敗」であったとさえ述べています。東ウクライナではヤヌコヴィッチの支持層となった有権者が数多く暮らしていましたが、彼らはそれぞれの思惑から反政府運動を組織し、ウクライナの中央政府からの統制に抵抗しました。ロシアはあくまでも国外から反政府運動を支援し、彼らが中央に対してより強い地方自治権を要求するように仕向け、それをウクライナに対する影響力として政治的に利用したかったようです。

しかし、反政府運動には明確な政治的リーダーシップが欠如しており、ロシアが彼らを指導することは非常に困難でした。反政府運動の幹部はロシアがウクライナへ軍事侵攻することを早くから要求しており、軍事侵攻を避けようとしていたロシアと意見の対立も起きていました。ロシアは反政府運動の主体をあくまでもウクライナ人とするために、反政府運動をブランド化し、歴史的な正統性を住民に訴えるプロパガンダを展開していますが、その効果はいまひとつだったようです。

ウクライナ軍との戦闘で反政府運動が苦戦を強いられるようになったため、ロシアはやむを得ずウクライナに軍事侵攻しましたが、これは当時のロシアの戦略の欠陥を埋め合わせる行為であったと著者らは評価しています。ロシアが軍事侵攻の後で東ウクライナを併合しなかったことは反政府運動の幹部を驚かせましたが、これはロシアの狙いが東ウクライナの領土を手に入れることではなく、ウクライナの政策決定に対する影響力を確保することにあったことを反映しているというのが著者らの解釈です。東ウクライナは事実上ロシアの勢力下にありますが、そこがウクライナから政治的に切り離されてしまうと、ウクライナを欧州連合や北大西洋条約機構に加盟する事態を阻止できなくなるでしょう。

全般的に見れば、ロシアはウクライナで必ずしも成功を収めたとは言えないという評価が下されています。クリミア半島の地理的環境はロシアに作戦遂行上の優位があり、国民の強い支持を得て併合に持ち込みましたが、それは計画的な行動ではありませんでした。東ウクライナではウクライナの地方勢力を通じて間接的にウクライナへの影響力を強めようとしましたが、ロシアが直接的に軍事介入することになったため、大きなコストを支払うことになりました。

関連記事




調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。