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コロナ禍での博士課程と研究者への道

僕は 2016年4月(当時31歳)に当時勤めていた会社を退職して、東京大学の数理科学研究科の修士課程に進学しました。その6年後の 2022年3月に 数理科学の博士号 を取得しました。

2022年4月から理化学研究所の基礎科学特別研究員として 数学の研究者 をやっています。

この記事では、コロナ禍と共にあった博士課程の後半2年間と、その後の駆け出しの研究者としての日々を振り返ります。

大学院への進学を考えている社会人 や 先々のキャリアについて考えている学生 にとって参考事例となれば幸いです。

(大学院進学から博士課程1年目までの経緯は末尾の過去記事へのリンクを参照して下さい)

プロフィール・略歴

37歳、一児の父。元ソフトウェアエンジニアで、現在は数学の研究者。専門は低次元トポロジー。

  • 2003年 - 2007年:  東京大学 理学部数学科

  • 2007年 - 2016年: ソフトウェア開発者として数社で勤務

  • 2016年 - 2019年: 東京大学大学院 数理科学研究科 修士課程

  • 2019年 - 2022年: 東京大学大学院 数理科学研究科 博士課程

  • 2022年 - : 理化学研究所 iTHEMS 基礎科学特別研究員

博士課程2年目 - コロナの不安の中で

博士課程3年間のうち後半の2年間はコロナ禍と共にあった。

2020年4月7日、博士課程2年目に入った直後にコロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令された。子供が通っていた幼稚園は臨時閉園となり、大学も閉鎖され、妻の勤めていた会社でも自宅からのリモートワークとなった。

子供がずっと家にいるとなると研究を進めることはできない。この状況が長く続く可能性を考えると「あと2年で修了するのは無理かもね〜」と脱力した。

当面はとにかく家族の心身の健康を何より優先しようと夫婦で合意した。研究の進捗が出ないのはもう仕方がないこととして、どれだけ遅くても歩みを止めないことを目標とすることにした。これを機に、それまで読めていなかった論文をじっくり時間をかけて読むことにした。

はじめの1, 2ヶ月のことはもうあまり記憶がないが、2, 3ヶ月経つ頃にはこの状況に順応できるようになっており、幼稚園も再開されていたので、ある程度研究活動に取り組めるようになっていた。

7月頃には新しい研究にも取り組み始めた。

それは修士課程での研究を元にしたもので、アイディアも前からあって「多分できるだろう」とも思っていたのだが、手が動かせるうちに形にしておかないとまたいつ足止めを食うか分からないと思い、気を取り直して集中的に取り組んだ。

論文は荒削りながら一ヶ月ほどで完成させることができた。

その後、4月から読み進めていた論文を元にした次の研究にも取り組み始めた。こちらもアイディア通りに証明が進み、10月頃には次の論文の大枠ができていた。

結果的にはコロナ禍の不安から立ち直った直後に進めたこの二つの研究が、博士論文の前半と後半となるのであった。

自宅のホワイトボードでの研究の様子

博士課程3年目 - ポスドク応募と博士論文

3年目に入った時点でも修了後の進路は決めていなかった。この先も数学の研究を続けたいという思いは強まっていたが、本当に自分がその道を進み続けられるか自信が持てなかった。

1年後の自分の心境など分かりようもないので、とりあえず今は本気で研究者になるつもりでポスドク(博士号取得後の任期制研究者としての身分)の応募書類を出し、それが通るかどうかで自分を篩にかけてみようと思った。

理研の基礎科学特別研究員(SPDR)と学振 PD の応募書類を出した。6月には理研 SPDR の一次審査通過の通知を受け取り、7月に二次審査のオンライン面談があり、9月に採用通知を受け取ることができた。学振 PD の方は10月に結果が来て不採用だった。

第一志望は理研 SPDR だったので、今後も研究が続けられることを心から嬉しく思った。

10月には次の共同研究の論文も完成し、さらにタイミングよく前年に書いた論文が論文誌に採録されることも決まった。残すは博士論文を完成させるのみであった。年末に一人で鎌倉へ泊まりに行き、集中して博士論文を完成させた。

年が明けてすぐに博士論文を提出した。2月に博士論文の審査会があり、無事審査に通過して、3月末に博士号の学位記を授かることができた。

学位記を受け取ったときは「やりきった達成感」よりも やっとこの抑圧から解放される… という安堵感の方がずっと強かった。

2022年3月 - 学位記授与式

コロナ禍の影響

コロナ禍の前後で研究生活は全く別のものになってしまった。

大学院の講義やセミナーは全てオンラインで行われるようになった。2年間のうちに指導教員と対面したのはたったの3回だった。学振の予算として積んでいた国内外の研究集会もすべてオンラインとなり、結局一度も出張へは行けなかった。博論審査もオンラインで行われた。

数学は対面のセミナーやコミュニケーションを通して学ぶことがとても多い。小さな画面越しでやり取りできる情報には限りがある。この機会損失はかなり大きい。

一方、悪い影響しかなかった訳ではない。

セミナーや集会がオンラインに移行したことは、参加のハードルを下げてくれる効果もあった。家庭を持っていると時間の制約があり、コロナ前は学生主体の自主ゼミに参加しづらいことが多かった。コロナ後は「今から2時間だけセミナーに参加していい?」という感じで家族の了解も得やすくなった。

遠隔の研究者と気軽にセミナーや打ち合わせができるようにもなった。実際、3年目に行った共同研究の共同研究者とはまだ一度も対面していない。彼は現在スウェーデンのウプサラ大学にいる。

海外で開催される研究集会はオンライン参加可能なものが増え、講演が動画として YouTube にアップロードされることも一般的になった。これも遠隔に住む研究者にとっては大きなメリットだ。

僕自身の変化で言えば、 2020年7月から 筋トレ を始めた。元から大の運動嫌いであったが、運動不足による体力低下に危機感を覚えて否応なしに始めたものだった。これは今も続いている。コロナがなければ決してそうはなっていなかっただろう。

コロナがなければよりよい成果が上げられていたかどうかは、結局は分からない。

確実に言えるのは、コロナとの付き合いは今後も続いていくであろうということと、我々はそれに順応し前向きに生きて行かなければならないということだけだ。

研究者の道へ

2022年4月から理化学研究所の基礎科学特別研究員に着任した。
同時に駒澤大学での非常勤講師の仕事も始まった。

それまでの2年間はずっと自宅と大学の図書館の往復のみで、家族以外の人とはほとんど直接話をしない生活を送っていたため、研究所で新しく出会った人と話したり、学生たちの前で講義をすることは大変な喜びだった。

やっと外の空気を吸えたような感覚で、はじめの 1, 2ヶ月は本当に幸せだった。

しかし SPDR の任期は3年なのでいつまでもウカウカしてはいられない。これまでのように修了という明確なゴールがあるわけでもないので、何の研究をしてどういうキャリアを歩むかも自分で決めなければならない。

気持ちはピカピカの新人研究者だけど、現実の自分は40歳手前の家族持ち。競争の激しいアカデミック界において、年齢のビハインドがありながら、僕は研究者として生きていくことはできるだろうか?

不安な尽きないが、これもやってみなければ分からないことなので、挑戦できる限りやってみようと思う。

2022年4月 - 理化学研究所 @ 和光

海外出張を経て

9月には10日ほどカリフォルニア・バークレーへ出張に行っていた。MSRI (Mathematical Science Research Institute) で開催される Floer Homotopy theory に関するワークショップに参加するためだ。

感染対策のための出入国時の手続きのことや、円安で航空券もホテル代もバカ高くなっていること、現地でコロナに感染したらどうするかといったことなど、心配事は様々あったが、結果的には思い切って出張へ行って本当に良かった。

論文の著者や定理の名前でしか知らなかった数学者たちが普通にそこにいて、毎日活き活きとしたディスカッションが行われている。講演者の中に僕のことを知っている人もいて、僕の論文を元にした新しい研究を進めているといってドラフトを送ってもらえたりもした。

コロナ禍で国内外への出張の機会は大幅に減ったが、インターネットのお陰で知ってもらう機会が無になっていたわけではなかった。

次に海外出張へ行くときは講演者として行こうと決めた。そのためにも研究でいい結果を出したいし、数学を通してもっと世界中の人と繋がりたいと思った。

2022年9月 - MSRI から見おろす San Francisco

謝辞

この6年間、研究の指導をして下さった指導教員の古田幹雄先生には心から感謝しています。また、年齢差を気にせず対等に接してくれた研究室の仲間たちや、僕の挑戦を応援してくれた友人たち・サポーターたちにも感謝しています。僕の思いを理解し、いつもサポートしてくれている家族のみんなにも感謝しています。

僕の経験が、後続の方々にとっての励みとなれば何よりです。
最後まで読んで下さりありがとうございました。

ご支援のお願い

博士課程1年目より、学術系クラウドファンディングサイト「academist (アカデミスト)」にて月額クラウドファンディングのプロジェクトを運営しています。月額330円〜から加入でき、サポーターの方には毎月僕の活動報告をお送りしています。博士課程1年からの活動報告も遡って閲覧できます。

僕の研究活動を応援してくれる方は、サポーターとしてご支援頂けたら嬉しいです。

過去記事

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