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【映画コラム/考察】映画オダギリジョー監督『ある船頭の話』「舟と橋をめぐる2つの世界」

『ある船頭の話』(2019)

『ある船頭の話』は、オダギリジョー監督・脚本作品で、そして、オダギリジョー監督の長編映画デビュー作です。

しかし、想像している以上に、俳優オダギリジョーのイメージを覆すような、日本人の美的感覚や、老練な作風と諦念の境地を、感じさせる作品です。

 その長編デビュー作を支えているスタッフたちが、また凄い。

  撮影監督には、ウォン・カーウァイ監督作品などで有名なのクリストファー・ドイルが担当しています。近年は、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』(2016)や手塚眞監督の『ばるぼら』(2019)に参加しています。

『ある船頭の話』の映像では、まるで山水画のような最後のシーンも含め、まるで、その場所が、現在の時制、または、通常の時間の流れから隔離された空間であるかのような没入感があります。

 撮影場所は、新潟の阿賀野川流域のようで、時代性を超える幻想感を実現するロケーションの選択も絶妙です。最近の海外作品で言うと、ビー・ガン監督『凱里ブルース』の凱里に匹敵する絶妙さです。

 衣裳デザインは、アカデミー賞衣裳デザイン賞を『乱』で受賞したワダエミさんが担当しています。

そして、主演は、柄本明で、題名の通り、船頭の目線から語られる映画の屋台骨を支えています。もう一人、監督がいるような演技に厳しい人物を、キャスティングした、オダギリジョー監督の本気度を感じさせます。

映画館で観たときは、人の入りもまばらで、映画の雰囲気を存分に楽しむことができましが、もっと多くの人が見るべき日本映画ではないかと、率直に感じました。

現在、Amazonプライムビデオで、プライム会員特典で無料で視聴することができます。

ここからは、作品について、少し詳しく考察します。

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(ここからは、一部ネタバレを含みます。)

この作品は、ちょうど、都市部だけではなく、地方にも、近代化の流れが押し寄せる時代が舞台になっています。

その近代化による人々の変化を、橋がかけられることを通して、船頭の視点から描かれています。

この近代化の境界線には、2つの価値観が、存在すしています。そして、その片方の価値観が消えようとしています。

それは、橋の工事が始まってから、蛍が見られなくなったと、映画の中では、表現されています。

これは、以前、取り上げたアリーチェ・ロルヴァケル監督の『幸福なラザロ』に近い構図になっています。

 まず、トイチが、表象する価値観(世界観)があり、狩人(マタギ)の 仁平の父が信じる、“生き物は様々な誰かによって生かされている”という価値観(世界観)です。

 トイチは、船頭という役割を果たすことで、共生するサイクルの流れの一部になっています。蛍もトイチが表象する世界の記号です。

一方で、近代化の波と共に押し寄せているのが、ヒトやモノ(自然や時間)を、支配するもの(利用するもの)と考える価値観(世界観)です。伊原剛志が演じる橋の工事関係者たちが体現する価値観(世界観)です。

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そして、この映画で、重要な役割を果たしているのが、少女と源三です。

特に、少女については、何者で、何を表すメタファーであるのかが、この物語の想像を掻き立てる要素になっています。

まず、少女が、山奥の村の出身である可能性、また川から流れてきた存在であることから、橋と共に消えつつある 、トイチの信じる世界の住人であると少なくとも、トイチが感じているのが読み取れます。

そもそも、トイチにとって川とは、どのような存在であるのかと言えば、トイチは、川によって生かされている存在であり、トイチにとっては一心同体の存在です。そこに、流れてきた少女は、橋によって奪われた心の拠り所を埋める存在であり、川の化身的存在で、それ故に、川の化身がトイチに語りかけるわけです。

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一方、ストーリーのプロットで重要なアイテムになっていたのが、源三です。源三は、トイチの数少ない話相手(味方)であり、前半は、トイチのことを思い遣る優しい青年として描かれています。

しかし、橋が完成した後に、やって来た源三は、見た目だけではなく、人や自然の生き物をモノのように利用する価値観の人間に様変わりしています。近代化に飲み込まれ、橋の工事関係者と同じ世界の人間に組み込まれてしまっています。そして、最終的に少女に牙を剥けます。

トイチが凄惨な現場を見ても、決して少女を責めません。なぜなら、トイチも、頭の中では、橋を利用する世界の人々を惨殺しているからです。

そして、トイチは、決断します。少女と共に、近代化によってもたらされた世界観に覆われた社会を離捨て、孤独に、自分たちの世界を守っていくことを選択して、川を上っていきます。



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