頻発する怪異!呪われた分譲団地の一部始終。『「弔」怖い話 黄泉ノ家』(加藤一)著者コメント+収録話「何処にでもある、そういう話」全文掲載
バブル期前に破格の安値で手にした掘り出し物の物件は、黄泉の国からはみ出てきたような忌まわしき家——
あらすじ・内容
「愛猫の身体中の血液を抜きとってしまったのではと錯覚するほどの血、血、血。」
やっと手にした終の棲家の、これがささやかな異変の始まりだった――。
気付けば人生の半分以上、怪談を書いて暮らしてきたという「超」怖い話シリーズの四代目編著者が、体験者に会って聞いて、中には何年もの長期間、何世代も続く怪異を整理し纏め上げた渾身の怪談集!
■スタッフの入れ替わりが激しい薬局、その原因は…「ワンオペ薬局」
■視界の隅に感じる〈うじょうじょしたもの〉とは…「うじょうじょとゆさゆさ」
■両親からその存在を否定され続けた諒子と生まれてくることのなかった弟妹達の霊の壮絶な半生…「姉ちゃんと弟妹達のこと」
■霊的不感症の夫ととにかく敏感な妻の不思議な日常…「御家庭スペクタクル大戦」
■バブル期前に破格の値段で手にした掘り出し物の物件は黄泉の国からはみ出てきたような忌まわしき家で…表題作「黄泉ノ家」など全19話を収録!
著者コメント
試し読み
何処にでもある、そういう話
その家は、店を兼ねていた。
二階建ての店舗兼住宅で、二階が家族の住居、一階では商店を営んでいた。
昭和の頃に建った家だ、と聞いている。
彼女にとっては生まれたときから住んでいる家であるから、それが自分にとっての普通であり、そこで起きることはありふれたよくあることであると思ってきた。
だが、「自分の家によく起きること」が、「よその家でもよく起きること」であるかどうかというのは、実際に比較対象を知るようになるまで気付けないものだ。
だから、一階から二階に上がる階段が十三段しかないことを、不自然とか不気味と思ったことはなかったのだという。
冷蔵庫、洗濯機、テレビ、そういった何処の家にでもある家電は、もちろんこの家にもあった。
しかし、記憶にある家電製品は、いつも最新型だった。
商売を営む家だったが、それほど裕福な家庭だった、という記憶はない。どちらかと言えば、いつも暮らしに汲々としていたような気がする。
しかし、何かと新品の家電があった。
否。何というのか、物がよく壊れる家だった。
だから、必要最低限のもの以外の家電はあまりなかったが、その必要最低限の家電は頻繁に新しいものに換えられていた。
困るのは電灯の類で、白熱電球も蛍光灯も頻繁に切れていた。塵も積もればという奴である。しまいには、玄関灯のスイッチまで点かなくなってしまい、両親は大がかりな電気工事を厭って、玄関の明かりは消しっぱなしにされた。
家の中にはいつも知らない人の気配があった。
商売を営む家だったので、彼女はずっと〈そういうものだ〉と思っていた。
彼女と、弟、それから妹。両親。
それとは別の〈誰か〉の気配がある。
店が休みの日にも常に誰かしらの気配がある。
鎧戸を閉じて真っ暗の階下から、足音が聞こえたことがあった。
靴底をガツガツと床にぶつけて歩くそれは、男であるように思えた。
父は目の前にいるし、母とも思えない。
家族の誰でもないのに、誰かが階下を歩いている。
そのことを家族は誰も話題に出さない。だから、〈そういうものなのだ〉と思った。
こういうことは、しばしばあった。
幼い妹が、彼女の袖を引いて「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と訊ねた。
「どした?」
「誰か、来てた」
妹が一人遊びをしていたとき、来訪者があったらしい。
みしり、みしり、と畳を踏んで歩く人。
いつ上がってきたのか、いつから歩いていたのかは分からない。
気付いたら、その人――人々は、妹のいた二階の居室にいた。
妹によれば、その一団は誰もが着物を着ていた。
真っ白い着物を着ていて、皆一列になっていた。
花嫁行列のようなきらびやかなもの、という訳でもなかった。
洋服ではなく浴衣のようなものだったから、幼い妹は〈着物〉と表現した。
老若男女、それぞれ全てが白い着物を着て列をなし、畳をキシキシと踏んで歩く。
それは部屋に誂えられた押し入れに向かって続いていた。
押し入れの襖は閉められていたはずだが、一歩進むたび襖の中にスゥと融
けるように吸い込まれていった。
最後の一人が押し入れに消えるまで妹はそれを見送ったが、押し入れを開けて確かめることはしなかった。
押し入れに潜り込んだ人数を数えてはいなかったが、姉とかくれんぼをして遊んだことのあるあの押し入れに、それほど大人数の大人が隠れることはできそうにないことは、すぐに分かったからだ。
弟も何事もなく、とはならなかった。
弟は畳に敷いた布団で寝入っていた。
一度は眠りに就いていたはずだが、夜半、目が覚めてしまった。
せっかくだから便所でも行くか、と起き上がろうとすると、身体が動かない。
頭はみるみる冴えていくのに、身体のほうは指一つ動かすことができずにいる。
と、誰かが自分の布団を捲る気配があった。
何者かが弟と同じ布団の中に蹲り、弟の体温で暖を取っている。
ひやりとする居心地の悪さに少し腹が立った。
妹か? 或いは姉が寝ぼけたか。
そう疑ったが、何しろ身体が動かない。
そうこうするうちに戒めが解けた。
完全に頭は冴えていたので、ガバッと布団をはね除けて起き上がった。
が、誰もいない。
妹と姉は、それぞれ自分の布団を被って眠っている。
掛け布団にも特に乱れはない。
弟は侵入者を疑い、工具箱から取り出したドライバーを握りしめて、夜半の室内を探した。二階の子供部屋はもちろん、両親の部屋、居間、便所、一階の店舗のほうも見て回ったものの誰も見つからず、玄関の鍵もしっかり施錠されたままだった。
誰かが弟の布団に潜り込んできた気配は確かにあったのに。
そのうち家の壁全体が腐ってしまい、店をやるにも暮らすにも不便が出るようになって、実家はついに建て替えられた。
建て替え工事が始まったとき、近所のおばちゃんが訳知り顔に話していた。
「ここはねえ、土地がよくないんよ」
元の家が建つ前、整地のために穴を掘ったら頭蓋骨がごろごろ出てきた。
そのせいなのか、元は刑場だった、というまことしやかな噂があった。
首を切る刑場だというから、昭和や明治どころの騒ぎではない、より古い時代のものかもしれない。
おばちゃんによれば、
「工事を請け負った工務店の社長は――首を吊ってるしね」
道路を挟んで向かいにも店舗住宅が建っていた。路面店という好立地にも拘らずそちらもあまり商売が続かないらしく、彼女が覚えているだけでも二度ほど店が潰れている。
「それで、建て替えた御実家は今は?」
「今は駐車場になっています」
ああ――つまり、そういう。
★著者紹介
加藤一(かとう・はじめ)
1967年静岡県生まれ。老舗怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「弔」怖い話 六文銭の店』、主な既著に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「忌」怖い話、「超」怖い話、「極」怖い話の各シリーズ(竹書房)、「怪異伝説ダレカラキイタ」シリーズ(あかね書房)など。