見出し画像

神秘と恐怖に喰らいつく!「超」怖い話通算50巻目、干支シリーズ最新刊はトラ!――『「超」怖い話 寅』

しばれる冬の実話怪談、「超」怖い話〈干支シリーズ〉2022年は寅。
恐怖と好奇心の葛藤。本能がそそられる怪奇実話、全34話収録!

内容・あらすじ

・中部地方の旧家にある曰く付きの六畳間。家の者がそこで寝ると病を得、よその者が寝るとある夢を見る。果たしてその夢とは…「四方八方」

・東北出身の全盲の祖母が孫に語った秘密。闇の中に見える不吉な黒い朝顔の種が意味するのは…「同じ闇を見ている」

・釣り先で友人がどこからか拾ってきたキャリーカート。捨てろと言っても聞かず、しだいに言動に異変が…「キャリーカート」

・山で篠笛の練習をしていると呼応するように聞こえてくる美しい音色。祖父はヌエの声だというが、その正体は…「笛の音」

ほか、仄暗い密林にそっと身を潜め獲物を狙う虎の如く、突然あなたに襲い来る怪34話!

巻頭言 

 我々は、もうずっと「超」怖い話を求め続けてきた。
 幽霊が出る話を聞いた。書いた。
 祟られる話を聞いた。書いた。
 人の執着執念が、あり得ない形で悲劇をもたらす話を聞いた。当然書いた。
 時に、怪談と呼んで差し支えがないのかどうか分からない話を聞くことがあった。確かに不可解である。しかし、元凶となる前日譚はなく、後日談もない。複雑な曰く因縁もない。ただただ、不可思議な話であったり、すれちがい様に切り付けられる通り魔のような話であったり。そんなとき、偉大なる先達たる歴代著者はそれぞれに指針を持って書いた。
〈我々が「超」怖い話で綴るのは、誰かが怖いと思った話だ。自身の体験を恐ろしいと感じた話者が実在し、著者がその恐ろしさに共感できたなら、それは怖い話だ。ありとあらゆる「怖い」をごった煮にしてやるのだ。タブーを定めず、基準を定めず、誰かが怖いと思って打ち明けてくれた話を我々はただ書くのだ。それが「超」怖い話だ〉
 我々は怪談の虜囚である。五十巻目の「超」怖い話、始めます。

――「超」怖い話四代目編著者・加藤一

試し読み1話

「キャリーカート」 渡部正和

 間もなく師走を迎えようとした頃、山瀬さんは友人の岡田と二人で、房総半島の防波堤へと釣りに行った。
 しかし、数日前からの急激な気温低下に加え、木枯らしが吹き荒ぶ中、当然の如く釣果には恵まれなかった。
 いつもは人々で溢れるこの堤防も、今日に限っては人影もまばらで、珍しく閑散としている。

「ちょっと、他行ってくるわ」

 岡田はそう言うと、釣り竿片手に何処かへと向かって歩いていった。
 魚達が全く反応を示さない中、半時ほど経過した頃。
 耳障りなキーキー音を奏でつつ、岡田が何かを引きずってぶらぶらと帰ってきた。

「何拾ってきたんだよ、お前」

 山瀬さんの問いかけに、岡田はにっこりと笑いながら言った。

「まだ使えるだろ、このキャリーカート。うん、全然使える」

 岡田は、車輪が二つばかり付いた運搬用のカートを、ごろごろと転がしてみせた。
 その度に神経を苛立たせる金切り音が、辺りに響き渡る。
 山瀬さんは、またかとばかりに溜め息を吐いた。
 金は持っているくせに酷くケチな男で、とにかく無料という言葉に目がない。
 ゴミ捨て場や道端に落ちているものでも、使えると見るなり、躊躇なく拾って再利用する。
 しかし、いつもは呆れて見ているだけだった山瀬さんは、岡田に向かって強い口調でこう言った。

「いや、それだけは止めておけよ。後で、絶対に後悔するような気がする」

 理由は上手く説明できないが、何となく嫌な感じがして仕方がない。
 恐らく、これは拾ってはいけないような気がする。

「なあ、頼むから捨ててくれよ。どうにも嫌なんだ、それ」

 驚く岡田を尻目に、重ねてそう言った。

「まあ、そう言うなよ。もったいないって、まだ使えるんだから。な、な、な」

 岡田は笑みを浮かべながら、愛おしそうにキャリーカートへと視線を向けた。
 十二月半ばを過ぎると、お互いに忙しくなってしまい、なかなか釣りには行けない日が続いていた。
 山瀬さんは頻繁に岡田に連絡したが、なかなか二人のスケジュールが合わない。
 しかも、電話口から聞こえてくる岡田の様子に、何やら異変を感じていた。

「いつもはあんな声を出さないヤツなんですけどね。それが、話の合間にいきなりヒぇッ、とかキぃッと奇声を発するんですよ」

 しかもブツブツとはっきりと聞こえない声で独り言まで言い始める始末。
 声の調子もいつもとは違って暗いことから、初めは別人ではないかと訝しんでもみたが、話の内容からそれだけはないと確信できた。

「まあ、でも、すぐにまた、いつものアイツに戻るんじゃないかと軽く考えていたんですが……」

 新年を迎えて三が日を過ぎた辺り。
 岡田は独りで、房総半島の磯場へと釣りに出かけた。
 彼はすこぶる慎重な性格で、少しでも危険な場所へは極力近付かない。 あいつが釣り好きになったのも、釣り歴の長い自分と一緒に楽しめるからである。
 あれだけ海を畏れ、一人では近付くことすらできなかったのに、とりわけ危険な磯場へと独りで釣りに行くようになったのだ。
 岡田にその話を聞かされたとき、山瀬さんは正直面白くなかった。
 彼からしてみれば、岡田に釣りを教えたのは自分であったし、釣りに行くときは必ずと言っていいほど岡田を誘った。それにも拘らず、岡田は自分を誘わなかった。
 そんな些細な出来事が、山瀬さんの心に蟠りを残している。
 そのような小さなことで友人と距離を置こうとする自分がとてつもなく嫌であったが、だからといって以前のように気の置けない関係においそれと戻れる気もしなかった。
 岡田から何回か釣りへの誘いがあったが、山瀬さんは適当な理由を付けて断り続けた。
 そういった日々が続いていくうちに、もう岡田からの誘いの電話も来なくなった。
 そうして、二人で釣りに行くことはなくなってしまったのである。

 例年を遙かに凌駕する、大寒波の訪れたとある年の二月。
 岡田は荒れ狂う大波の打ち寄せる日本海の磯場で、行方不明になってしまった。
 北風の吹き荒ぶ中、独りで釣りをしている最中のことであった。
 偶々釣りをしていた地元の老人が、その一部始終を目撃していたことは不幸中の幸いであったのかもしれない。
 その老人の話によると、以下の通りである。

 早朝、まだ陽も昇っていない時間にとっておきのポイントに入ると、驚くべきことに先行者がいた。
 今までこんなことはなかったので少し残念に思いつつも、仕方なく彼の陣取る磯からは少し離れたところで仕掛けの準備をしていた。
 すると、人懐っこそうな顔を破顔させながら、その先行者が近付いてきた。

「これ、使ってくれませんか?」

 そう言いながら、高価な釣り竿やリール、仕掛けや道具類の入ったバッグを渡そうとしてくる。

「いや、何言ってんの、あんた。知らない人に、こんなの、貰える訳ないじゃないか」

 老人はそう言って釣りの準備に戻ろうとしたが、その男は一歩も引き下がらない。

「いや、もう必要ないんです。自分には邪魔なだけなんですから、ね、いいでしょう?」

 そう言いながら、その男は持ち物の殆どを老人のいる岩場まで持ち込むと、猿のように軽快に元いた岩場へと戻っていった。
 老人はすっかり困り果てたが、その男のところまでこれらを持って行く元気はなかった。

「おい! あんた! 困るよ!」

 老人が声を張り上げてそう叫んだとき。
 その男は、よく通る声で、腹の奥底から奇声を発した。

「ヒぇッッッッッッッッッッ! キぃッッッッッッッッッッ!」

 理由は分からないが、小汚いキャリーカートらしきものを背負うと、身体を捩らせながら麻紐で自分の胴体に括り付けた。
 そして、泡立つサラシ場の中へと何故か嬉しそうに飛び込んだ。そのまま海の奥底へと消えてしまったのか、二度と浮かび上がることはなかった。
 老人は慌てて携帯電話で百十八番へと通報したが、その男が消えた岩場へと視線を向けたとき、目に入ってきた光景に腰を抜かしそうになってしまった。
 彼が入水した岩場には、純白のウエディングドレス姿の、やけに背の高く髪の長い女性がひっそり佇んでいたのである。
 老人の口からは、萎びた風船から漏れてくる空気のような、情けない音しか出てこない。

「もしもし、どうかしましたか!」

 受話器からの声に反応しようとするが、からからに干上がった口腔からは気の抜けたような呻き声しか出てこない。
 ただただ口を開閉していると、ドレス姿の女の顔が、唐突に振り向いた。
 その顔面はまるで能面のように真っ白で、目、鼻、は黒く落ち窪んでいる。
 真っ黒な口元は耳の辺りまで急角度で切れ込んでおり、まるで嗤っているようにしか見えなかった。
 女は老人の見守る中、男が消えたサラシ場の中へと向かって緩慢に歩み寄ると、そのまま消えてしまったという。

「……遺されたバッグの中に、アイツの身分証があったらしいんで」

 その話を聞いたとき、山瀬さんは思った。やはり、あのキャリーカートが関係しているんじゃないかと。
 しかし、今更そう思ったとしても、もはやどうすることもできない。
 あの件で腐ることなく、いつも通り自分が岡田と行動を共にしていれば、もしかしたら助けられたかもしれないんじゃないか、と今でも後悔することがある。

「……ただ」

 磯や防波堤に釣りに行くと、結構な頻度で似たキャリーカートが捨てられているのを見かけることがある。
 もちろん、岡田と一緒に海に飲まれたあの忌々しいものと同じであるはずがない。
 そう思うことにはしているが、それにしては頻繁に目に付き過ぎるよな、と彼は溢した。

(了)

朗読動画

Coming Soon!!

著者紹介

◎編著者
加藤一  Hajime Kato

1967年静岡県生まれ。O型。獅子座。人気実話怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者として、冬版を担当。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル『恐怖箱』シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。主な著作に『「忌」怖い話』『「超」怖い話』『「極」怖い話』の各シリーズ、『「弩」怖い話ベストレセクション 薄葬』、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。

◎共著者
久田樹生 Tatsuki Hisada
1972年九州生まれ。2007年より冬の「超」怖い話に参加。主な著作に『「超」怖い話 死人』『「超」怖い話 ひとり』など。『牛首村〈小説版〉』などノベライズでも活躍中。

渡部正和 Masakazu Watanabe
山形県出身、O型。怪の釣り人。2010年より冬の「超」怖い話に参加。主な著作に『「超」怖い話 鬼窟』『「超」怖い話 隠鬼』『「超」怖い話 鬼門』など。

深澤夜 Yoru Fukasawa
1979年栃木県生まれ。B型。2014年より冬の「超」怖い話に参加。2017年『「超」怖い話 丁(ひのと)』より夏も兼任、一年を通じて活躍。主な著者に『「超」怖い話 鬼胎』など。

シリーズ好評既刊