日常トラップ!陸海空の移動手段=乗り物に纏わる怪事件、恐怖体験を集めたアンソロジー『恐怖箱 亡霊交差点』(加藤一・編著)著者のコメント&試し読み1話
一度乗ったら、止まるまでは降りられない閉鎖地獄…。
あらすじ・内容
「あれは、乗せてはいけないものだ」
タクシー運転手達が恐れる、死を招く客が立つ交差点とは…
「しつこい交差点」より
電車、車、飛行機、船…
交通と乗り物の実話怪談36篇!
生活の上で避けては通れない移動手段、乗り物に纏わる実話怪談集。
・乗降者のいない停留所で必ず停止しドアを開けるバス。その意味は…「次、止まります」
・カーステレオから突然流れる「私この部屋で死にました」の声…「カセットテープ」
・持ち回りのカミサンを神輿に乗せ車で祖父と運んだ謎の記憶。だが祖父は生まれる前に死んでいて…「負託」
・事故で死んだ幼馴染みの魂と旅するつもりで乗った夜行列車。そこで見た不思議な夢…「ほんとうのさいわい」
他、ひきこもりになりそうな36話を収録。
一度乗ったら止まるまでは降りられないのが乗り物の恐怖。同乗者にはくれぐれもご注意を。
編著者コメント・加藤一
本作は「乗り物」の実話怪談に絞って、何かないかと著者陣にお願いしてみました。
自動車が行き交う路上、ひとたび事故が起きればただでは済まない鉄道、飛行機、船。三輪車から車椅子から、およそ車輪かエンジンが付いた何かに纏わる話が揃いましたが、いずれ電動キックボードやEVの怪談というのも出てくるのかもしれません。
とはいえ、何より危ないのは交通事故です。皆様も路上を彷徨う霊の一柱にならぬよう。
著者コメント(「いまだ乗車中」松本エムザ)
「恐怖箱 亡霊交差点」に箱入りさせて頂きました拙作「いまだ乗車中」。今作のように同じ場所、同じ条件下で、この世ならざる存在を視てしまう人と、気づかなかった人との違いは何なのでしょう。
そこには霊感等という特殊な能力よりも、運や縁、タイミングといった、もっと偶発的な力が働いているような……。
日常のワンシーンに溶け込む違和感。そこから滲む体験者様のジワジワとした感情が、お伝え出来ていれば幸いです。
試し読み1話
「いまだ乗車中」松本エムザ
後にバブルと称された、昭和の終わりから平成初期に掛けての好景気の頃。
当時二十代の会社員だった杉本氏は、学生時代の友人と立ち上げた社会人サークルを運営していた。週末ごとにメンバーとキャンプやスポーツ、温泉旅行や食べ歩きなどに興じる、学生のノリをそのまま引き継いだかのようなサークルだった。あの時代は多くの若い社会人が、金銭的にも時間的にも余裕があり、充実した休日を過ごすことができていたと記憶している。
当時の杉本氏の愛車は、八人乗りのワンボックスカーであった。海に山にと出かける際、メンバーを乗せて快適な移動ができるようにと、客室も広く収容力に優れた当時の人気の車種を購入したという。
とある夏の週末。伊豆の貸別荘で過ごす、泊まりがけのツアーを企画した。日中は海水浴を楽しみ、夜は別荘でBBQと夜通しの宴会、翌日は日帰り温泉を幾つか回るというスケジュールを組んだ。総勢十名以上のメンバーが参加し、賑やかに夜を過ごした翌日──。
海の幸の昼食を楽しんだあと、温泉を巡るために二台の車に分乗して移動した。杉本氏の車には、運転手の氏を含めて男性二名、女性四名の計六名が乗車していた。よく晴れた日曜の昼下がり。行楽地を繋ぐ片側二車線の県道は渋滞気味で、時速十キロ前後のスピードでのんびりと車を進めていた。中央分離帯の植え込みの向こうに見える反対車線も、同様に混雑しており、ゆるゆると向かってくる車の様子が、それぞれの車種も運転手の顔も、観察できてしまうほどだった。
そこへ、一台のセルフローダー――車両運搬車が事故車両を載せて、反対車線を走ってくるのが見えた。載っているのは、客室と荷台が分離する構造の大型車両・トレーラーを運ぶ前方部分、トラクターと呼ばれる牽引車であった。フロントガラスを含め、車の前面は大きく抉られたように跡形もなく大破し、運転席がむき出しになっており、車体全体が三分の一ほどに潰れてしまった酷い状態で、ハンドルを握っていた杉本氏が一瞬横目で見ただけでも、事故の大きさが分かる有様だった。
「……うそ。あのまんま、運んじゃうんだ」
杉本氏の隣、助手席に座っていた女性が憐れんだ声で呟いた。
(何を言ってるんだ?)
口にはしなかったが、杉本氏は彼女の台詞に疑問を抱いた。事故車は明らかに自走できるような状態ではなかった。そのような場合、ああやって運搬車やレッカー車で運ぶのは珍しいことではない。悲惨な状況が見えないように、養生シートで隠せとでも言いたいのだろうか。物を知らないお嬢様か?
内心そんなことを考えていると、
「救急車、呼んであげないのかな?」
更に助手席の女性は、おかしなことを言ってくる。
そして、杉本氏の車と、ゆっくりと向かってきた運搬車とがすれ違う瞬間、
「え? やだやだ信じられない」
二列目の座席に座っていた別の女性が続けて、
「うそうそヤバいヤバい。ヤバいの見ちゃったかもしれない」
三列目に座っていた女性も、突然騒ぎ出した。
事故車を目撃しただけとは思えない動揺振りに、杉本氏を含めた残りの三人は、
「もしかして、彼女達には自分達には見えていない光景が、あの事故車に見えていたのか?」
と、考えるに至った。しかし、気付いた時点ではもう、対向車線の運搬車はバックミラーに小さく見えるくらいの位置にまで遠ざかっており、確認することはできなかった。
「一体何が見えたの?」
狼狽し、怯え、パニックになって泣き出す者もいた女性達に杉本氏が訊ねると、運搬車が運んでいた事故車の運転席に、顔も服も血にまみれた人物が、ぐったりと座っていたのが見えたのだと、三人の目撃者は口を揃えた。
見開かれた両目に、同じく開いたままの口からは舌がだらりと伸びていた。首も腕も腰も妙な形にねじ曲がり、「アレで生きていたら奇跡」と思ってしまうような状態であったという助手席の女性の発言に、「救急車を」と言っていた彼女の心情を、漸く杉本氏は理解した。
そして二列目、三列目の女性も、杉本氏らには見えなかった血だらけの運転手の姿をやはり目撃していたのだが、
「救急車の話をされたときには『何言っているの?』って思って事故車を見ていたんだけど、誰もいなかった運転席に、何処かから映写機で投影されたみたいに、いきなり血だらけの男(一人はそう断言し、もう一人は性別不明だと証言)が現れて、車が行き交う直後に吸い込まれるように姿を消した」
と、二人ともほぼ同様の内容を語った。
血まみれの運転手を見てしまった者と、見なかった者との違いは何であるのかを全員で考察した。女性だから目撃できた訳ではない。三列目に座っていた四人目の女性メンバーは、杉本氏ともう一人の男性メンバーと同様、潰れた車体に見たのは、厭な色の染みが浮かんだ無人の運転席だけだった。座っていた位置も、無関係と思われた。二列目の女性の目撃者は対向車に近い窓側に座っていたが、助手席と三列目の女性は、どちらも対向車とは距離のある反対側の席に座っていた。
「たださ」
とっておきの情報を教えてやろうとでも言いたげに、杉本氏が身を乗り出した。
「絶対何か共通点があるだろうって、色々聞きだした結果、その血だらけの運転手を見た女の子達は、何とそのとき三人とも生理中だったんだよ」
大発見だろう? とニヤニヤしながら告げてくる杉本氏に、
「それ、令和の今ではセクハラですよ」
と、やんわり釘を刺させていただいた。
まだ当然のように大人数で会食ができた、平成が終わった直後の飲み会で、聞かせてもらった体験談である。
「ちょっと信じられませんね」
その飲み会に同席していたメンバーで最年少だった神田君が、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。心霊体験に懐疑的なのかと思えば、
「社会人が、毎週のように遊びに行ける余裕があっただなんて。バブル、まじ想像上の世界としか考えられないっす」
苦笑いとともに肩を竦めたお疲れ気味の神田君に、掛ける言葉が見つからなかった金曜日の夜であった。
―了―
🎬人気怪談師が収録話を朗読!
11/28 18時公開
編著者紹介
加藤一
Hajime Kato
1967年静岡県生まれ。老舗実話怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「忌」怖い話 大祥忌』『追悼奇譚 禊萩』など。
テーマシリーズ・好評既刊
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