怪談界一のへそ曲がり野郎が真っ向から恐怖に挑む!『絶怪』(高田公太)著者コメント+収録話「願い」試し読み
「欲しいのは、恐怖のみ――」
怪談界一のへそ曲がりが正面から「恐怖」に挑むガチで怖い実話怪談!
あらすじ・内容
怪談が怖いのは当たり前、他人と同じものは書きたくないと
怪談の横道を行き続けたひねくれ男が原点回帰!
ただひたすらに恐怖のみを追い求めた本気で怖い実話怪談。
生前、祖父が神様と呼んだ庭の巨石。石に向かって手を合わせると禍々しき言葉が耳に…「神様」
ハンカチを飲み込む奇行で窒息する社員が続出する会社。布の柄には見覚えが…「願い」
稀代の占い師と呼ばれた伯母が若い二人に残した予言。伯母の死後、恐るべき怪異が…「二人」
ある男性と関わると世界が歪みだす。洗脳を超えた奇怪な術の正体は…「ここに漂え」
ほか、浮世と幽世の闇を奥の奥まで覗ききった底冷えの1冊!
著者コメント
試し読み
願い
リカさんがかつて勤めていた会社ではパワハラ、モラハラが当たり前だった。
「全社員に営業ノルマが課されていました。ノルマをクリアできなかったら口汚く罵られて。若い男の社員なんかは、髪の毛を思い切り引っ張られたり、喉元を掴まれて壁に押しつけられたりもしてました」
同僚に一人、とりわけ成績が振るわない男がいた。
彼の勤務年数はリカさんとさほど変わらず、五年以上同じフロアで働いてる割にはほとんど交流を持ったことがなかった。
というのも、彼は内気を通り越し、いつもおどおどした様子で、その雰囲気は女性にとって近寄り難いものを感じさせていたのである。
「でも……男達からしたら、ああいう人ってイジメに適したキャラだったみたいで……髪を引っ張られるどころじゃなかったんですよね。思い切り蹴られ、土下座しているところで頭を踏まれ、見られたものではない仕打ちを受けていました」
職場の誰もが彼に与えられる暴行を見て見ぬふりをしていた。
庇うような真似をしたら、矛先がこちらに向くかもしれない。
リカさんは無視をすることで自分もハラスメントに加担してしまっていることに、いつも罪悪感を覚えていたという。
「それでも、どうしても見過ごせないことがあって……」
彼はいつも母親が用意した弁当を持ってきていた。
陰気な性格に似つかわしくない、派手な柄の包みが印象的だった。
ある日の昼休憩時。
廊下にぶちまけられた米粒と具材を絶望に満ちた表情で拾い集め、少しずつ弁当に詰め戻す彼の姿があった。
リカさんはまた彼が何か酷い仕打ちを受けたのだと察し掃除を手伝い、代わりの昼食をコンビニまで買いに行くのを付き添った。
彼に何と声を掛けていいのか分からず、コンビニと会社を往復する間、二人はほとんど黙したままだった。
「道すがらほんの少しは会話をしたはずなんですが……もう話した内容はほとんど覚えていません。会社に戻ってから談話室で一緒に昼食を食べたんです。そのときも、互いにちょっとは声を交わしたはずです。でも……やっぱり何を話し合ったかは覚えてないです」
リカさんの横で菓子パンを幾つか食し、定時まで働いてから退勤した彼は、そのまま最寄り地下鉄駅の線路に身投げをした。
これまでに会社の在り方に堪えられず辞職する者、心療内科に通いだす者などはざらにいたが、自死を選んだ人はリカさんが入社して初めてのことだった。
「ショックでした。社内の誰もが『自分のせいじゃない』とでも言いたげな噂話ばかりしていて、逃げ出したくなりました」
遺書などは残されていなかった。
葬儀の間中、ひたすらに「御迷惑を掛けてすみません」と頭を下げる彼の母の姿が痛ましく、彼が母子家庭で育ったことはその場で知った。
彼が亡くなった翌月、「母も亡くなったそうだ」と同僚から聞いた。
詳しい死因については誰も知らなかったが、口々に噂されたのは、母もまた「自殺だったらしい」。
それから半年が過ぎ、親子の死について誰も語らなくなった頃、社内を新たな訃報が巡ることになる。
リカさんが所属する営業企画部の若い男性社員が、昼食時に突如「ぐううう」と大声を上げて椅子から転げ落ちた。
「あまり真面目とは言えない社員でした。とはいえ要領が良くて口も上手かったので、上司には気に入られていた印象があります」
部署にいた者が駆け寄り声を掛けたが、男はしばらく痙攣したのち顔色をみるみる土気色に変え、終いには動かなくなった。
出る杭は打たれる、というようなかねてからの社風が災いし、男が動かなくなってから十五分以上の間、誰も一一九番通報をしなかったそうだ。
到着した救急隊員は、ぴくりともしない男に幾らか声掛けをし、容態を確かめた。
そして、「あっ」と何かに気付くと男の口に手を突っ込み、体内から何かを取り出した。
隊員がその〈何か〉を両手で広げると、それは赤地にピンクの花弁がプリントされた布だった。
その場にいた者はほとんどがただそれをじっと見ていた。
リカさんも口を開かずに、大量の涎と崩した茶碗蒸しのような胃液に塗れた布をぼんやりと眺めていたが、はっきりと〈見覚えのある柄だ〉とは感じていた。
「今思えば、その場が静かなパニック状態に陥っていたのかもしれません。あたしは何故その社員があの派手な布を飲み込んでいたのかを疑問に思わなかったんです。ただ、〈ああ、あの弁当包みのせいで喉を詰まらせたんだ〉とだけ思っていました」
弁当包みのせいで。
卵焼きやウインナーを黙々と拾っていた彼の最期の日に使われた、あの弁当包みのせいでこの人は動かないまま冷たくなったんだ。
リカさんはそこまで考えて思考停止した自分を、ぼんやりと覚えている。
部長席の背後にある金庫に向いた監視カメラの録画に小さく、弁当包みを丸めて飲み込む男性社員の姿が映っていた。
それから半年の間に、「社内で」の「昼休憩中」に「同じ柄の弁当包み」を「喉に詰まらせる」という騒動が更に四度起きた。
彼らは確かに半ば窒息状態にはなったものの、周囲の助けもあり、死に至ることはなかった。
ハンカチを飲み込んだ四人の男性社員は所属部署がそれぞれ違った。が、リカさんの抱く印象を共通点とするなら先の営業企画部から出た死亡者と同様に「皆、どこか粗暴な感じ」があったとのことだ。
四人は助けられたのち、軒並み休職する。
何故そんなことをしたのかを語る者は、一人もいなかった。
そして、世界規模の金融危機が訪れた。
程なくして親会社の大量解雇が各メディアでニュースとして取り上げられる。
「もうとにかくムードが悪くて。この会社もうあとがないなって、皆が思い始めました。給料は悪くなかったんです。でも、こうなると……。まずは若い社員が次々と辞職して、次に中堅が転職の準備のために有休を使いだして。あたしも早々に辞職しました」
件の弁当包みは大量生産品で、自殺するための道具として五人が揃えて購入することもできる。
リカさん以外にも、彼らの喉の奥に詰まった「派手な柄の弁当包み」から、電車に飛び込んだ彼を連想した社員は何人もいた。
彼らがイジメ加害者だったならば、贖罪の意識から集団自殺を決行した可能性もある。
だが、リカさんは別の見解を持っている。
「これ、噂なんです。ただの噂なんですけど」
地下鉄での自死が起きた後、いないはずの彼を「見た」と言う社員がちらほらいた。
──階段を上っていた。
──フロアの隅に立っていた。
──会社の前の通りをゆっくり歩いていた。
きっと恨みがあるんじゃないの。
それはそうよ、あんな酷い目に遭ってたんだもの。
自称「視える」というある男性は、「あいつが弁当包みを持って社内を彷徨っている」とまで言った。
そして。
「これは本当に曖昧な記憶なんです。思い込みかもしれません。でも……彼が亡くなった日……その……曖昧なんですよ? だけど……」
ほとんど記憶にないというリカさんと彼の会話の中に気になる言葉があった。
「俺、あいつら許さないんで。絶対に許さないんで」
リカさんは自分がそれにどう返事をしたかは覚えていないそうで、その台詞を彼が確かに言ったかどうかも定かではないと、更に念を押す。
「もしかしたら、あの日そう言っていた事実があってほしい、あれが全部彼の復讐であってほしいと願っているだけなのかもしれません──」
──こんな話で……良かったんですか?
と、リカさんは締め括った。―了―
◎著者紹介
高田公太(たかだ・こうた)
青森県弘前市出身、在住。O型。実話怪談「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、元・新聞記者。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、編著者として自身が企画立案した『実話奇彩 怪談散華』、煙鳥・吉田悠軌と組んだ「煙鳥怪奇録」シリーズ、その他共著に『奥羽怪談』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズ(以上、竹書房)などがある。2021~22年にかけて、Webで初の創作長編小説「愚狂人レポート」を連載した(https://note.com/kotatakada1978/)。