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禁忌級の恐怖実話!釣りキチ怪談作家による2年ぶり衝撃の単著『鬼訊怪談』(渡部正和/著)収録話「なめかん」全文掲載+著者コメント

怪奇アングラーが釣り上げる戦慄の実話怪談


あらすじ・内容

「両腕はものすごい力で引っこ抜かれたかのようにざくざくになって…」
夜ごと訪れる、酸鼻極まる異形のおんな―― (「検品のおしごと」より)

希代の釣りキチ怪談作家・渡部正和が引き当てた禁忌級の逸話ばかりを凝集した実話怪談集。
・水中から伸びる瘡蓋だらけの腐った腕と襲いかかる死霊の恐怖「釣行夜話 湖沼釣り編」
・怪しげな倉庫仕事で憑いた無惨な異形「検品のおしごと」
・牌によって奈落に堕ちる人間の絶望怨嗟を描いた怪奇連作「麻雀狂・三態」
・帰宅した自室で遭遇した異様すぎる呪術の痕跡「骨」
・東北の某集落に伝わるおぞましい風習を記録した人怖譚「儀式」
・結婚式場の廃墟を訪れた男の日常にひたひたと迫る花嫁姿の怪異「ゴンドラ」
――など26話収録。

著者コメント

 初めまして、若しくは御無沙汰しております。お初の方も、そうでない方も、数多有る実話怪談本の中から本書をお選びいただき、幸甚の至りに存じます。約二年ぶりかつ迂拙五冊目の単著、『鬼訊怪談』の幕開きと相成ります。
 さて、このように他人様の不幸が絡んだ体験談を長い間蒐集していますと、色々とおかしなことに見舞われます。そのいずれも勘違いの類で済まされるような出来事にすぎないのかもしれませんが、当の本人にとっては堪ったものではありません。
 まあ、それはさておき、今回は少々専門用語が頻出する体験談が少々ございますが、でき得る限り御存じない方への配慮をしつつ執筆いたしました。そして願わくば、体験者若しくはその関係者の方々からの生の戦慄を、皆様に少しでも感じていただけましたら、これに勝る悦びはございません。
 それでは、お好みの飲み物等を片手にリラックスしながら少しずつ頁を捲りつつ、ですがゆめゆめ油断などせずに、御用心しながら先へとお進みくださいませ。皆様方に障りなぞないなどとは、とてもとてもお約束できませんので。

本書「御挨拶」より全文抜粋

試し読み1話

なめかん

 室田さんは子供の頃、唇の疾患で悩んでいた。
「そう。当時はなめかん、て呼んでましたね」
 なめかんとは正式名称を「舐め回し皮膚炎」といい、乾燥した皮膚を湿らそうと口の周りを舐め回すために起きる皮膚炎のことである。
 とりわけ冬場を迎えると空気が異様に乾燥するので、無意識に口唇付近を舐め回しては乾燥を防いでいたのであろう。
 そのせいで、彼の唇付近は真っ赤に腫れ上がり、四六時中かゆみと痛みに悩まされていた。
 町医者に診てもらって、処方された軟膏なんこうをせっせと塗っていたが、症状は一向に良くならない。
「それでも春になれば乾燥も収まって、すぐに良くなるだろう、なんて親に言われていた
んですが……」
 湿度の低い冬を過ぎて、春そしてじめじめと鬱陶うっとうしい梅雨時を迎えても、彼の口唇は真っ赤に腫れ上がっていた。
「何だか、もう困り果てちゃってね。小学校ではからかわれるし、何もしてあげられない焦燥からか親は神経質になってしまうし、ホント」
 それでも、町医者には定期的に通って、効き目がある薬品を模索していた頃。
 就寝中に掻きむしってしまわないように、また口付近の湿気を保つ目的もあって、ガーゼ製のマスクをして寝ることにしていた。

 間もなく梅雨も終わり、いつも通りの暑い夏を迎えようとしていた七月のある夜。
 その日は朝から雨が降りしきり、いつの間にか庭に大量発生していた蝸牛が大喜びの日であった。
 夜を迎えても雨は止まずに、室田さんは時折激しくなる雨音を聞きながら、深い眠りに入っていた。
 夜中の一時頃であろうか。
 夕食前に飲んだ炭酸飲料のおかげか、膀胱ぼうこうがパンパンに膨れ上がる苦しさで目が覚めた。
 面倒臭いが、仕方がない。
 起き上がってトイレに行こうとして、まぶたを開けた、そのとき。
〈……んっ?〉
 自分の顔を覗き込んでいる誰かと、完全に目が合った。
 一重瞼で糸のような目をした、禿頭とくとうの老人であった。
 何処かで見たことがあるような気がするが、今はそれどころではない。
 何しろ、目の前にある薄っぺらい唇がパカッと二つに割れると、その中から蛞蝓のように赤黒い舌がヌッと飛び出してきたのだ。
 それは妙に艶めかしい動きをしながら、室田さんの口唇付近に、そっと触れた。
 かと思った途端、その動きは急激に激しさを増し、唇は勿論、その付近を隈なく舐め回し始めた。
 勿論逃げ出そうと試みたが、身体に力が全く入らない。
 しかも、寝る前に付けていたマスクはがれたのか剥がされたのか不明だが、付けていないことだけは確かであった。
 重厚かつ生暖かくぬるぬるとした蛞蝓なめくじのような舌は、まるで弄ぶかのように、緩慢かつ大胆な動きで、彼の口唇付近を丹念に舐め上げる。
 そして散々貪ったかと思うと、まるで満足したかのような笑みを浮かべながら、その場からふっと消え去ってしまった。
 事が終わったおかげなのか、とにかく身体の自由を取り戻した室田さんは、ヌメヌメした唇を何かで拭こうとしていたが、その動きは急に止まった。
「だって、部屋の灯は消えたままだったんですよね。あんな暗いところで、幾ら近くてもどうしてあんなにはっきり顔が見えたのか、今でも不思議で不思議でしょうがないんですよ」

 もしかして、なめかんの原因は自分ではなく、あの老人に舐められたせいなのでは。
 そう思ってはみたものの、この件を両親や町医者に言うのは、子供ながらに何処となく違うような気がしていた。
 このようなことを言って信じてくれる大人が、一体どれほどいるというのか。
〈でも、あの顔。何処かで見たことがあるような……んっ……あっ!〉
 何事かを思い出した彼は、ある部屋へと急ぐことにした。
 あまり近寄ることはしなかったが、一階には仏間があって、御先祖様がまつられている。
 その部屋の欄間に掛けられた遺影に視線を遣ると、やはり間違いない。
 昨晩現れた老人は、自分が物心付く前に亡くなっていた祖父と同じ顔をしていた。
〈もしかして……〉
 祖父もしくは御先祖様に対する祀る気持ちが足りなかったから、あのような形になって現れたのかもしれない。
 室田さんは今までの無礼を心からお詫びしながら、線香を毎朝上げることにした。
 そのおかげなのか、彼の皮膚炎は見違えるように良くなっていったのである。

「まあ、これで解決したと思いたいんですが……」
 表情を曇らせながら、室田さんは言った。
「それでも年に何回かは……」
 完治したはずの舐め回し皮膚炎が再発するというのだ。
 しかも、あの出来事から四十年以上経過した今でも。
 だが、あの一件以来、祖父の姿を目にしたことはない。就寝前には極力水分を摂らない、といった予防を徹底しているせいで夜中に起きることがなくなったからかもしれないが。
「よくよく考えたらね、あの顔は絶対に違うんですよ。アレは、線香を上げないからお灸を据えたなんて表情じゃ絶対にないですね。あの表情は……」
 欲望の赴くままに舐めているに過ぎない。そんな表情であったと、彼は言った。

―了―

著者紹介

渡部正和 (わたなべ・まさかず)

山形県出身、O型。2010年より冬の「超」怖い話執筆メンバーになる。2013年、『「超」怖い話 鬼市』にて単著デビュー。主な著書に『「超」怖い話 鬼窟』『「超」怖い話 隠鬼』『「超」怖い話 鬼門』、その他「恐怖箱」レーベルのアンソロジーでも活躍中。

好評既刊

「超」怖い話 鬼窟

「超」怖い話 隠鬼

「超」怖い話 鬼門


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