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上るも地獄、下るも地獄。最凶ふたり怪談誕生!『実話怪談 虚ろ坂』(神沼三平太、蛙坂須美)著者コメント、試し読み豪華2本立て!

上るも地獄、下るも地獄。
薄ら寒さがとまらない恐怖譚!

あらすじ・内容

ヘビー級のガチ怖を紡ぎ続ける神沼三平太と、圧倒的なネタ量と怪の嗅覚を持つ驚異の新人・蛙坂須美が初タッグ。まさに殴り合いのふたり怪談が誕生した!

・幼い頃、庭の物置小屋を異常に恐れていた弟。だが三十年後、弟は全く別の記憶を語り出す…「入れ替え坊主」
・鉄塔を蝸牛のように這い登る生首。ある日、首が飛び立つ瞬間を目撃した男は恐ろしい事実を知る…「屋根首」
・一年で店長が三人連続で首を吊ったコンビニ。原因は土地の祟りかそれとも…「コンビニ」
・女子生徒の飛び降り自殺があった廃校で肝試しの女性が行方不明になった怪談を聞かせると、俄かに夫の様子がおかしくなって…「オニハラレイカさん」
・二段ベッドを拾ってきて以来大学に来なくなった友人。上の段に何かがいると言うのだが…「二段ベッド」

ほか、薄気味の悪い奇怪な怪異譚ばかりを32話収録。怪の虜囚ふたりが紡ぐ出口のない恐怖をどうぞ。

著者コメント

 神沼です。
 年末にまた記念すべき厭な本を送り出せることになりました。
 昨年の若本衣織さんとの「実話怪談 玄室」も大変重苦しい良い本だったのですが、今年は破格の新人である蛙坂さんと共謀して、また別の角度から厭な怪談集をお送りします。
 この年末の本は神沼と新人作家の方とで、厭怪談コラボを成し遂げるというのが目的なのですが、実は一つ大きな問題を失念しておりました。それは厭怪談を綴れる人はそんなに多くない、という点です。
 勿論、そちら側に取材の針が傾いている――または針が振り切れた――厭に愛される書き手もいるにはいますが、神沼の感覚としては、大量に(目安として一年に百話書ける程度)取材して、それでも五、六話あるかないかというのが厭怪談です。
 果たして新人の内、その要求に耐えられる書き手はどの程度いるのだろうかと、少々心配しながら蛙坂さんを指名したのですが、これが全くの杞憂でした。ありがたいことに、彼は脳髄を鉄パイプでぶん殴るような、上質の厭怪談を全力で揃えてきてくれたのです。
 プロレスラーは全ての技を受け切るのが基本。ですから、神沼も蛙坂さんの厭怪談を受け切った上で、後先は考えずにぶん殴り合いに耐えられる強度の話を投下し続けました。
 つまりは、厭怪談ファイトクラブ。
 これが実にファンタスティックな形で結実したのが本書であり、厭怪談愛好家にとっての大変幸せな本が誕生した経緯です。
 楽しんでいただけることと思います。
 願わくば、またこの吐き気を催すような、幸せな時間が持てますように――。そう願って止みません。

こんにちは、蛙坂です。
このたびは実話怪談界の魔人・神沼三平太氏のお声かけにより、本書『実話怪談 虚ろ坂』に携わることになりました。
神沼氏といえば言わずと知れた厭怪談の名手であり、本書もまたそうした厭怪談本の系譜に連なるものであります。
ところで厭怪談とは一体なんでしょう。
神沼氏の著作中、わたしがとりわけ愛着のある一冊『実話怪談 吐気草』の惹句にはこうあります。
『死ぬ。消える。終わる。3択しかない恐怖』
実にシンプルです。それゆえに、強い。
とはいえ世に蔓延る怪異体験談の多くは、わかりやすいカタストロフとは無縁です。
「あれはなんだったのか?」
一言でいえばこれに尽きます。現にわたしがこれまでに聴き集めた体験談の八、九割はそうしたタイプの話です。
しかし、とわたしは思うのです。
「あれはなんだったのか?」という喉元に刺さった魚の骨のような体験が、その人の価値観や枠組みをまったく異なるものに変えてしまうこともあるのではないか。
わけのわからない外部によって、慣れ親しんできた内部が侵食され、そうして気づいたときにはもう、わたしはわたしではない。
斯様な後戻りできない変容こそが、怪談における最大の恐怖であり厭さではないか。
以上の仮定から出発し、おそるおそる、手探りで書き起こしはじめたのが、本書に収めた十六篇の実話怪談です。中には、だれも死なない、消えない、終わらない話も含まれています。けれど確実に、そこでは何事かが、最早手の施しようのないほどに変容しています。
また、これはひとつの呪いでもあります。本書を読み終えたとき、読者であるあなたは、それ以前とは確実に別の人間なのです。
昏くおぞましい呪詛の愉悦を、皆さまと共有できることを、心よりうれしく思います。

試し読み

「屋根首」神沼三平太

「首だけってのは見ることがありますよ」
 井上さんはしばらく考え込んだ末に、そう答えた。彼は五十代後半の男性で、普段は電気工事を請け負っている職人だという。
 怪異体験を集めていると、得体の知れない生首を目撃したという話はよく耳にする。その正体は大抵が美容院のカット練習用のマネキンだ。それを棒の先端に付けて、案山子代わりにしていることがあるのだ。勿論分かっていればそんなものに騙されることはない。
しかし、知らずに初めて見ると確かにギョッとする――最初はそんな話かと思っていた。

「まぁ、生首だよね。生首。生首がさ。鉄塔に登ってるんですよ」
 丘陵地帯ということもあってか、井上さんの家の近隣には、送電鉄塔が何本も建っている。それに生首が上っているというのだ。
 ゆっくりゆっくりと、まるで枝を這う蝸牛のように鉄塔の表面を上っていく。音もしなければ、動きも遅いこともあって、周囲の人間は誰も気付かない。
 井上さんが気付いたのも偶然だった。
 ある日、鉄塔の近くにある病院で診療を受けた。いつも通り高血圧の薬の処方箋を貰ったが、最寄りの薬局は酷く混んでいた。仕方がないので一服しようと喫煙場所を探してい
るうちに、鉄塔のすぐ側に出てしまった。
 誰もいないし、ここで吸えばいいかと、煙草に火を点けた。
 その直後、何処からか視線を感じた。ルール違反を咎められるのではないかと、井上さんは視線の主を探して首を巡らせた。すると鉄塔の上から見下ろす生首と目が合った。
 そのときの井上さんは、この首は煙草を吸いたいのだろうかと思ったという。しかし相手は生首だ。それでも何故か恐怖は感じなかったらしい。
 生首は、一本吸い終わるまでジッと見ていたが、彼が携帯灰皿に吸い殻を入れたのを確認すると、ぷいと視線を外し、また上を目指して移動を始めた。
「そんでね、俺はもう、やたらその首のことが気になってしまったんですよ」
 井上さんは、今はもうニコチンは吸ってないんですけどねと、言い訳のようなことを口にしながら、加熱式煙草を咥えて煙を吐き出した。
 次にその首を見たのは、近隣の地主の家の屋根だった。
「地元だからさ、大体どの家にどんな人が住んでるとかって、みんな知ってる訳です。俺もあまり他人と関わるのは好きじゃないけど、そりゃ大きな地主の家ぐらい分かりますよ。その家の屋根にいたのよ。顔が同じだから、ああ、あいつだ。何やってんだって思ってたらさ――」
 数日後には、その家の子供だか孫だかが、池に落ちて亡くなったらしいという話が聞こえてきた。
「まぁ、気の毒だけど、そういうことってあるからさ。そうしたら、また一週間とかしたら、首が鉄塔に上ってんのが目に入って。うん。別の鉄塔。おお、元気でやってんなぁって妙に嬉しくなっちゃったんです」
 やっぱ俺、おかしいのかなと呟いて、井上さんは首を振った。
「まぁ、でも知り合いが元気そうなのはいいことじゃんね」
 その意見には概ね賛成ではあったが、今回ばかりは同意して良いものかどうか、少々戸惑われた。

 それから後も、井上さんは度々生首に出会うことになる。
 あるときは、しばらく見ないなと思っていると、営業で出かけた隣の市の鉄塔で見かけた。
 大分遠出をするものらしい。
 更に数日後、首は自治体の境目に建つ、赤い瓦の家の屋根に乗っていた。
 その生首を見かけた夜に、井上さんは友人達との飲み会で、この一連の生首の話をしたという。
「やっぱ俺がおかしいんですかね。そんな話したらみんなにドン引きされちゃいまして。でも中の一人――木村って奴なんですけど――がその赤い屋根の家のことをしつこく訊くんですよ。どうしてそんなに気にするんだって逆に訊いてみたら、そこの家の人を知って
るっていうんです。奥さんの友達だって」
 つまり、生首が知り合いの知り合いの家の屋根に乗っていた、ということらしい。
 それから一週間と経たずに、木村さんから井上さんに電話が掛かってきた。例の奥さんの友達が、癌で入院したという話だった。
「――でも俺、全然ピンとこなくて。いや、直接の知り合いが病気になったとか、元気そうだとかなら分かりますよ。でもその人の奥さんの友達って、もう他人でしょ。だから俺には全然気持ちが分かんないんですよ。そりゃ気の毒だな、くらいは思いますけど、そのときはもう俺に酷い言葉を投げつけてくる訳ですよ。死神だとか言われちゃって」
 井上さんが幾ら自分のせいではないと言っても、木村さんは井上さんが悪いと繰り返した。
「俺、あの首のせいだと思うんだけどさ。俺のせいじゃないよ。知らないよ」
 面倒なので、早口で捲し立てて電話を切った。

 次に生首を目撃したのは、木村さんから電話を受けて、数カ月経ってからだった。
「お、久しぶりだなって思ったら、その首が鉄塔から空に向かって飛んだんだよね。それでさ、木村の家の屋根に乗っちゃった。その瞬間を見ちゃってさ。そのとき、ああ、あれはダメな奴なんだなって。俺が追いかけてったりしたら、何か俺まで色々ダメになりそうな気もしたんだよね」
 木村さんは、それから数日後に、工事現場でフォークリフトに挟まれて大怪我を負ったらしい。
「――木村のことは気の毒だし、俺もやだなって思ってはいますよ。でも何か、何ていうのかな。凄いスッキリしたし、あの首が元気にやってんなって思うと、ちょっと嬉しくなるんですよ。本当にちょっとだけですよ。本当ですよ」
 井上さんは、満面の笑顔で、そう念を押すように繰り返した。

―了―

「飴おくれ」蛙坂須美

 吾郎さんが小学生の頃の話。
 友人と二人、下校中に土手沿いの道を通りがかると、進行方向から小柄な老婆が歩いてくるのが見えた。
「おいあれ、飴ババアだぜ」
 友人が言った。
 飴ババアというのは町内の変わり者である。
 季節を問わずにベージュのコートと赤いマフラーを身に着けた白髪の老婆で、子供と見れば下は赤ん坊から上は中高生まで見境なく寄ってきては、
「飴いるかい?」
 とポケットから出したベタついた飴玉を握らせようとしてくる。
 今にして思えば認知症の徘徊老人だったのかもしれない。そうであれば哀れを誘う話だが、口さがない子供達は彼女を飴ババアと呼び、露骨に蔑んでいた。
 酷い連中になるとより直截な言葉でもってババアを愚弄したり、受け取った飴玉を「こんなもん食えっかよ!」と目の前で地面に叩きつけたりしていた。それでも飴ババアはいつもニコニコと人の良い笑みを浮かべていたという。
 ただ吾郎さん曰く、その日の飴ババアは「明らかに普通じゃなかった」。
 まず第一に、いつもしているマフラーの結び方が不自然だった。見るからに苦しそうなのだ。
 いい加減にぐるぐる巻きにしたのをぎゅっと固結びしたらしく、ちゃんと息ができているのか不安になるほどだった。
 そして第二に、飴ババアは後ろ向きに歩いていた。
 腰を落として両手を前に、足裏で砂利道を擦りながら、しかし意外にもスピードは尋常の歩行とそう大差ないのである。
 ざりざりざりざりざりっ……と音を立てながら飴ババアが近づいてくる。
 吾郎さんと友人は道の左右に分かれてその様子を見守った。
 首の後ろで結ばれたマフラーの先が、風もないのに水平に伸びている。
 まるで透明な誰かに引っ張られているようだった。
 間近まで来たところで、吾郎さんは飴ババアが、
「きああああああああああああ……」
 という黒板を爪で引っ掻くような、耳障りな声を上げているのに気付いた。
 思わず両手で耳を塞いだが、友人は後退りする飴ババアをぼんやりと眺めている。
 何処か悲しげな表情の飴ババアが少しずつ遠ざかり、ついには視界から消えた。
 吾郎さんはそこでようやく今日は「飴いるかい?」と訊かれなかったことに思い至り、何故だか背筋がすーっと冷えていくのを感じた。
 兎にも角にも飴ババアがいなくなってホッとした彼が友人の顔を見ると、神妙な面持ちで何事か考えに耽っている風情である。
「どうしたの?」と訊ねたところ友人は、
「知らなかったな、飴ババアがあんなふうに思っていたなんて」
 常にない大人びた口調だった。
「どういう意味?」
 吾郎さんの質問に、友人はややムッとした感じでこう答えた。
「通り過ぎるときに言ってたじゃない。『飴おくれ、あたしにも飴おくれ』って。飴ババア、泣きながらそう言ってたじゃない」
 飴ババアが飴を欲しかったとは、完全に盲点だったな……等と呟きながら、友人は一人ふらふらと先に歩いていってしまった。
 そのときの友人の魂の抜けたような顔が薄気味悪くて、吾郎さんは一緒に帰る気がもうせず、土手を下りた先の川でしばらく石切りをして遊んでいたそうだ。

 小一時間して吾郎さんが帰宅すると、母親が慌てて駆け寄ってきた。
「佐賀さんとこの雄一郎君がついさっき電車に轢かれて亡くなった」とそんなことを言う。
 吾郎さんは「だからどうした」と思った。雄一郎君なんて名前には、全然聞き覚えがなかったのだ。
 そう告げたところ母親は烈火のごとく怒り出し、吾郎さんの横面を張り飛ばした。
 両親から打擲されるのはそう珍しいことではなかったが、そのときの勢いはとても子供に喰らわせる平手打ちのレベルではなかった、と後に吾郎さんは述懐する。現に彼はしばらくの間、左耳の聴力を失っていたらしい。
 その後、雄一郎君とは何者か全く分からないまま、吾郎さんは両親に連れられて通夜に行った。
 遺体の損傷が激しいとのことで顔を見ることはできなかったが、遺影に写っていたのは間違いなく、途中まで一緒に下校していた友人だった。
「あの子は雄一郎君なんて名前じゃないよ……」
 帰り道、吾郎さんはそう訴えて、今度は父親からグーで殴られた。
 涙目で頭を擦りつつも吾郎さんは、いつの間にか雄一郎君なんて名前になってしまっている友人の本当の名前を思い出せないことに気付き、愕然としたという。
 飴ババアに関して、その後の吾郎さんの記憶は曖昧だ。
 友人(雄一郎君?)が亡くなってからも従前通り子供達に飴玉を配っていた気もする。あるいは姿を見かけなくなって少し経ってから、風の噂で死んだと聞いたようにも。
 この取材を受けるに当たって吾郎さんは、両親や兄弟、何人かの幼馴染みに飴ババアのことを訊いてみたとのことだが、質問された人は皆一様に、飴ババアなんてそんな人物は見たことも聞いたこともない、と訝しげに答えたそうだ。

―了―

◎著者紹介

神沼三平太 Sanpeita Kaminuma

神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、怪異体験を幅広く蒐集する怪談おじさん。主な著書に地元神奈川県の怪異を蒐集した『鎌倉怪談』『湘南怪談』、三行怪談千話を収録した『千粒怪談 雑穢』、『実話怪談 凄惨蒐』、『実話怪談 吐気草』ほか草シリーズなど。共著に『恐怖箱 呪禁百物語』ほか「恐怖箱百式」シリーズほか、若本衣織との『実話怪談 玄室』などがある。

蛙坂須美 Sumi Asaka

Webを中心に実話怪談を発表し続け、共著作『瞬殺怪談 鬼幽』でデビュー。国内外の文学に精通し、文芸誌への寄稿など枠にとらわれない活動を展開している。近著に高田公太、卯ちりとの競作『実話奇彩 怪談散華』がある。

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