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営業のK×多故くらら――最も遠きモノが奏でる共鳴と不協和音。最恐の化学反応!『霊鬼怪談 阿吽語り』登場!著者コメント+試し読み「獣害」(営業のK・作)公開

魂の真ん中へ、ドスンと恐怖。

あらすじ・内容

ある精神科医の話。
「蛇神の祟りさ、女は顎を外して鶏の生肉を丸呑みに…」
――「蛇怨」営業のK

ある救急医の話。
「人間のゴッタ煮、うちの足……戻してくだぁせと声が」
――「火袋」多故くらら

霊と鬼。阿と吽。営業のKと多故くらら。
正反対にあるものがぶつかり、時に混ざり合うことで生まれる極上の恐怖世界。
道に突如現れる正円の黒い水たまりの底にいる女…「水たまり」(営業のK)
赤腹イモリを祀る奇怪な集落…「蟲の地」(多故くらら)
母を殺したクマの肉を食べた娘の悪夢…「獣害」(営業のK)
亡霊の予言を戴き繁栄してきた一族の闇…「家奴」(多故くらら)
雪山の谷底を通る亡者の道…「クレバス」(営業のK)
花が黒く枯れる忌み地の花壇の禍々しき由来…「忌み花壇」(多故くらら)
失われた事故の記憶と不穏な予言…「事故の記憶」(営業K)

……他、濃密な恐怖25話!

著者コメント

俺にとっては初の共著となる今作にあえて多故くららという規格外の新人作家を迎えたのには理由がある。
これまでの俺自身の限界を何とかして突破してみたかったのだ。
だから相手は強ければ強い程良かったし俺とは真逆の存在でなければいけなかった。
そのせいか実際の執筆作業はかなり辛いもので体力と気力を根こそぎ奪っていった。
それでも結果として俺は自分の限界を突破できたと確信している。
そして強敵との相乗効果で今作は俺の中での最高傑作になった。
どうか手に取ってそれを確認していただきたい。  

営業のK
                               

六月とはいえ、真夏のような太陽が輝く日も増えてきました。
光を受けたものが地面に落とすのが黒々とした「影」ならば、眩しい日差しから隠れて逃げ込む先は「陰」であります。眩しさには目が慣れませんが、暗闇には、だんだんと慣れていきます。陽気で輝かしい世界に疲れた時には、ぜひ陰気な怪異を。本書内の暗所でいつも怪異がお待ちしております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

多故くらら

試し読み

「獣害」営業のK

 三毛別(さんけべつ)での事件が有名だが、日本という国にはヒグマやツキノワグマという獣が生息しており、それらと共生している以上、獣害がなくなることは、ないのかもしれない。
 明らかに人間よりも強いそれらの獣は、ちょっとしたきっかけで雑食から肉食一辺倒に変わり、人間は単なる獲物であり餌になってしまう。
 十年ほど前は、獣害と聞いてもあくまで遠い世界の話という感覚が強かったが、昨今のクマによる獣害事件の発生件数を見るにつけ、既に獣害という恐怖はすぐ近くに存在しているのだと改めて思い知らされる。
 人間に危害を加えたり、殺して食べてしまったりしたクマに対しても、「かわいそう」とか「どうして射殺するんだ」というクレームが必ず入るようだが、例えば自分の家族、妻や子供、そして親がクマに殺され食べられてしまった時、冷静に道徳的な文言(もんごん)を唱えていられるだろうか?
 開発による自然破壊、観光客が安易に餌を与えてしまうなど、人間側に問題があることも確かだ。
 しかし相手は獣であり、もう既に人間の味を覚えてしまった猛獣なのだ。
 人間を怖い相手とは捉えておらず、簡単に殺せる獲物としか認識してはいないだろう。
 私ならすぐに家族の仇(かたき)をとろうと考える。
 家族が殺されたのだから、殺した猛獣も殺さなくては気が収まらない。
 それが当たり前の考え方ではないだろうか。
 相手は猛獣であり、説得も聞かなければ、誠心誠意謝ることもありえない。
 改心することもなければ、そもそも人間を殺したことなど意にも介していないのだから。
 
 東北に住む矢田さんは三〇代の会社員。
 県名も出さないで欲しいというのが彼女との約束であり、ご理解いただきたい。
 既に結婚し、夫と一人息子の三人で、賃貸マンションに暮らしている。
 彼女には、車で二〇分くらいの実家に住む、母親がいた。父親が五〇代で亡くなってからは、ずっと二人三脚で過ごしてきた。
 それは結婚してからも変わらず、彼女にとって母親の存在は、かけがえのない拠り所になっていたようだ。
   *
 
 ある日、母親は趣味の山菜取りに出かけていき、そのまま行方不明となった。
 現場に落ちていた遺留品から、どうやら母親はツキノワグマに襲われたのではないか、ということになり、懸命の捜索が続けられた。
 彼女は仕事も家事も手につかず、毎日母親の無事だけを祈り続けた。
 一週間後、現場で一頭のメスのツキノワグマが射殺された。
 そのクマの胃の中から、母親の髪の毛や体の一部が発見された。
 その時の彼女の悲しみと絶望感は想像に難くない。
 ずっと部屋に籠り、泣き続けた。
 やがて悲しみの涙が怒りの涙に変わった頃、彼女はある決心をしたという。
 ――お母さんの仇をとる。
 お母さんを食べたのだから、今度は私がお前を食べてやる……と。
 とても正常な思考とは思えないが、実際にそのような状況に置かれた彼女の心中は、計り知る由もない。
 彼女は方々に手を尽くして、なんとか母親を食い殺したクマの肉を分けてもらえるようにお願いした。
 勿論、意外な顔をされたようだが、彼女の顔はとても冗談を言っているようには見えず、その場にいた猟師たちも首を縦に振ることしかできなかったようだ。
 そうしてなんとかクマを食べることで本懐を果たすと、彼女の怒りは不思議と落ち着いてきた。
 しかし、どうだろうか?
 自分の子供を殺した母親は鬼になると聞く。
 では母親を殺したクマの肉を食べるのはそれとは違うのか?
これから書いていくのはその答えなのかもしれない。
 
 そのクマの肉を食べてから、彼女は夜ごと、悪夢にうなされるようになった。
 夢は唐突に始まる。
 草木の上から突然黒く太い、毛むくじゃらの腕が彼女の頭に振り下ろされた。
 頭頂部に鋭利で太い爪が突き刺さり、それはそのまま顔の上半分を引き裂いていく。
 自分の眼球が飛び出して垂れ下がり、皮膚が強引に剥がされる。
 鼻もなくなり、上唇が垂れ下がる。
 しかし不思議と意識があり、痛みは感じない。
 それでも体はピクリとも動かせず、そのまま彼女に圧(の)し掛かるようにクマが覆いかぶさってくる。
 激しい鼻息と濃厚な獣臭。そして大きく開かれた口が近づいてきた後には、くちゃくちゃという咀嚼音が聞こえてきた。
 ああ……自分はクマに食べられてるんだ……。
 相変わらず一ミリも痛みは感じず、それ故に意識を失うこともできない。
 そして、クマの大きな口が自分の顔に噛みついた瞬間、いつも夢から覚めた。
 毎晩そんな悪夢を見るようになって気が付いたことがあった。
 これはお母さんが死に際に見た光景なのではないか?
 だとしたら……どうして?
 
 だが、そんな悪夢も五日間ほどで終わりを告げた。
 その後に待っていたのは、家中に充満する獣臭。
 それは夢の中で嗅いだクマの獣臭そのものだった。
 臭いは彼女だけでなく、夫や息子もはっきりと認識しており、思わず部屋やマンションの中にクマが潜んでいるのではないかと、警察に連絡したほどだそうだ。
勿論、部屋やマンションの中にクマが潜んでいることもなかったし、そもそもその獣臭はマンション全体ではなく、あくまで彼女が住む部屋だけで認識できるものだと知ることになった。
 
 それから彼女は、さらに大変な災難に遭うことになった。
 別に山に入った訳でもない。
 いや、そもそも彼女は母親の獣害事件以来、山はおろか、野生動物がいるような野原や田舎にさえも近づけなくなっていた。
 それなのに彼女はクマに襲われてしまった。
 夢で見た光景のように顔をクマの爪で引っ掛かれ、無残な姿になった。
 すぐに助けが入り命に別状はなかったそうだが、それでも彼女の顔は修復が困難なほどの状態であり、現在では部屋から一歩も外に出られない生活を送っている。
 ここにひとつの怪がある。
 彼女が顔に大怪我をして病院にいる際、毎晩のように枕元に亡くなった母親が立ったのだそうだ。
母親は怖い顔で彼女を睨みつけては、首を横に振っていた。
それは七日間続き、八日目の夜以降は現れなくなったそうだ。
母親は彼女に何を言いたかったのか? 
それはきっと――彼女にも永遠に分からないのかもしれない。
 

―了―

著者紹介

営業のK(えいぎょうのけー)

石川県金沢市出身。
高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
職業は会社員(営業職)。趣味は、バンド活動とバイクでの一人旅。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象を文に綴ることをライフワークとしている。
2017年『闇塗怪談』(竹書房)でデビュー。主な著書に「闇塗怪談」シリーズ、「怪談禁事録」シリーズなど

多故くらら(たこ・くらら)

東京都在住。2023年2月より執筆開始。怪談マンスリーコンテストで最恐賞を二度受賞し、注目を集める。
東欧、北欧、アフリカから金沢、東京まで幅広く怪談蒐集中。
何方の人生の脇道や曲がり角、行き止まりの片隅に打ち捨てられていた怪奇が自分にとっての大切な宝物。
主な参加著書に『呪録 怪の産声』『妖怪談 現代実話異録』『投稿 瞬殺怪談』。

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