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本物の恐怖を記録し続ける伝説の実話怪談シリーズ、卯年編!『「超」怖い話 卯』(加藤一/編著、久田樹生、渡部正和、深澤夜/共著)著者コメント、試し読み!

怪を聞き、怪を綴って32年目突入!
実話怪談のレジェンド、恐怖極めたシリーズ最新刊。

あらすじ・内容

〈祠のもの〉が言う。
「赤い猿、赤い兎は殺して喰え」
謎の祠を祀った山を守る一族に伝わる怪…「ふしの」より

本物の恐怖を記録し続ける伝説の実話怪談シリーズ、卯年編!

・夫婦の寝室で聞こえる不安定な足音。
 生後すぐ亡くなった息子に違いないと言うのだが、そこにはある法則が…「蹈鞴」
・同級生をイジメで死に追いやった小学生。白を切ろうとするが、自殺した少年が現れて…「因業」
・山で遭難した姉弟が見た白兎と思しき姿。後を追った先にいたモノは…「鬼」
・山の兎だけは食べるなと言う祖母と、それを聞かぬ祖父。祖母がある呪文を口にすると猟に異変が…「ジビエ」
・なかなか治癒しない骨折と幻覚に悩まされる男。ギプスの中から謎の紙片が…「ギプス」

他、卯年にちなんだ兎絡みの怪など全30話収録。

編著者コメント

年の初めの試しとて――「超」怖い話(冬)は、例年実話怪談の年始のトップバッターを務めさせていただいていますが、今巻『「超」怖い話 卯』は帯にもあるように1991年のシリーズ開始から32年目になります。これは勁文社版からのカウントなんですが、実は2003年から始まった竹書房版「超」怖い話も、今年で何と20周年になります。実話怪談本は何の呪いか短命が多く、なかなか長期シリーズには育ちにくいのが常なんですが、「超」怖い話はおかげさまで現役日本最長クラスとなっています。この32年の間に実話怪談界は大きく成長し、競い合うライバルも頼もしい後輩も増え、ますます活況となりました。
まあ、怪談本が持て囃されたり飛躍的に成長したりするのは、大抵世の中が傾きかけているときなのであまりおめでたい話でもないんですが、今後も末永くお付き合いの程をよろしくお願いします。
加藤 一(四代目編著者)

著者コメント(試読作「悪意」著者)

 ここまで怪談にどっぷりと嵌る前ですが、こう考えていたんですね。視える人はいつでも視えるし、視えない人はいつまでたっても視えない、と。ところがこんな因果な仕事をするようになってから間もなく、間違いに気が付きましたね。だって、一回ぽっきりの怪異に遭遇している方が本当に多いんですから。コレって、実に恐いことなんですよ。だって、いつ自分の身に降り掛かってくるか分からないってことじゃないですか。この「悪意」はそんなどこにでもいる兄弟の身に突然襲いかかってきた話になります。

試し読み

「悪意」渡部正和

 長内さんは歳の離れた弟がいて、名前を雅史君という。
「身体が弱くて可哀相な奴でなァ。特に……」
 子供の頃から酷い鼻炎で苦しんでいた。
 起床しては間髪入れずに鼻水を啜り始め、今日は調子がいいと思っても、風呂から上がる頃になると目と鼻を真っ赤にしていた。
「当時は花粉症なんて言葉は一般的じゃなくてなァ。誰も知らなかったよ、そんな病気。だから、鼻風邪なんて呼んでたなァ」
 春夏秋冬時間を問わず、とにかく発症したらその日はもうどうすることもできなかった。
「夏日の真っ盛りに、アイツ、また鼻風邪引いてらっ、なんてよくバカにされていたよ。うん、可哀相だよなァ」

 今からおおよそ二十年前、雅史君が大学生だったころ。
「とにかくウチは貧乏だったから。アイツも奨学金で大学に通っていたんだ」
 相当な苦学生だったらしく、当時は四畳半一間で台所、風呂、トイレ共同の安アパートに住んでいた。
 それでも兄である長内さんとはとても仲が良く、入学祝いに彼が贈った固定電話を部屋に設置して、ほぼ毎日のように近況を連絡していた。
「その日は中間試験の日か何かだったらしく、朝から忙しかったみたいでなァ」
 いつもより早めに起床して軽く勉強をしていると、またしても病魔に襲われてしまった。
 掻痒感で真っ赤に腫れ上がった両目を無意識に擦りながら、床に置いてあるはずのティッシュペーパーの箱を探し始める。
 視界が悪いために両手を駆使して弄って、漸くそれらしき箱を手に取った。
 慌てて箱の中に手を入れてみるが、中身は空っぽであった。
 これは、非常に拙い。
 溢れ出る涙はともかく、鼻の穴からまるで蛇口を捻ったかのように滴り落ちてくる洟は粘りっ気がないため、際限なく床の畳に吸い込まれていく。
 洟が拭ける紙状の何かが畳の上に落ちていないか、手当たり次第に、床の上を両手で探っていく。
 と、そのとき。
 やっとのことで、左手がそれらしきものを探し当てた。
 即座に両手でくしゃくしゃにして柔らかくすると、思いっ切り洟をかんだ。
 と同時に、まるで落雷を思わせるような轟音が部屋中に響き渡った。
 一瞬何が起きたか分からなかったが、部屋中に視線を泳がせただけで、薄い窓ガラスと十四型カラーテレビの画面が割れていることに気が付いた。
 恐る恐る手元を確認すると、一瞬で背筋が冷たくなった。
 粘液でくしゃくしゃに丸まった部分を平たくすると、達筆で書かれた大神宮の文字と朱印のようなものが垣間見えたのである。
 どうやら、洟をかむのに費やした紙は、御神札――即ちお札であった。
「何でそんなものが部屋の中にあったのか、全然分からなかったみたいでなァ」
 恐怖心と困惑の入り混じった感情にほとほと困り果て、この部屋に入ったことのある友人全員へすぐに連絡した。
 しかし、そのようなお札のことは誰も知らなかった。
 彼も何となく居心地が悪かったようで、丸まったお札を灰皿に入れると、マッチで火を点けてその場で燃やしてしまった。
「おかしなこと言ってたけどもなァ、あいつ。鼻水は燃やすと肉を焼いた臭いがするとか、何とか」
 だが、その日を境に、雅史君の生活は文字通り一変した。
 信心深さの欠片もなかったにも拘らず、お札を焼いたことを頻りに後悔するようになったのだ。
「大丈夫だ、心配するなって何回言っても聞かなくてなァ。しかも、部屋に電話を掛けても、混線でもしてるのか人の声がいっぱい混じっててよく聞き取れなくてなァ」
 それから間もなく、雅史君は大学にも行かなくなり、自室に引き籠もるようになってしまった。
「それでも、俺は信じていたんだなァ、アイツを。時間は掛かるかもしれないけど、いつか戻ってくると」
 長内さんは身を粉にして働き続け、弟に仕送りを送り続けた。
「それでも病だけは容赦がなかったみたいでなァ」
 やがてあれほど仲の良かった長内さんにも連絡が滞り始め、ついには音信不通になってしまった。
「……うん。何とかしてあげたかったんだけどなァ」
 雅史君の持病はより激しさを増していたようで、洟をかんだらしき丸まったティッシュペーパーの山が部屋中に溢れていた。
 その自分で拵えた山の麓に埋められるようにして、彼は変わり果てた姿で発見された。
 大型の錆びたプラスドライバーを両の鼻の穴に何度も何度も突っ込んだらしく、鼻孔がぐちゃぐちゃになったまま息絶えていたのである。

 何をするつもりだったのかは皆目見当も付かないが、彼の部屋には大量の紙片らしきものが、壁一面に所狭しと貼ってあった。
 そこには全て、雅史君の名前が達筆で書かれていたという。
 これらの紙片に何の意味があるのかは分からない。
 ただ一つだけ言えるのは、筆跡が絶対に本人のものではない、ということである。

―了―

◎編著者紹介

加藤一 Hajime Kato

1967年静岡県生まれ。老舗実話怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「弔」怖い話』、主な既著に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、「怪異伝説ダレカラキイタ」シリーズ(あかね書房)など。

◎共著者

久田樹生 Tatsuki Hisada

1972年九州生まれ。2007年より冬の「超」怖い話に参加。主な著作に『「超」怖い話 死人』『「超」怖い話 ひとり』など。『牛首村〈小説版〉』などノベライズでも活躍中。

渡部正和 Masakazu Watabe

山形県出身、O型。怪の釣り人。2010年より冬の「超」怖い話に参加。主な著作に『「超」怖い話 鬼窟』『「超」怖い話 隠鬼』『「超」怖い話 鬼門』など。

深澤夜 Yoru Fukasawa

1979年栃木県生まれ。2014年より冬の「超」怖い話に参加。2017年『「超」怖い話 丁(ひのと)』より夏も兼任、一年を通じて活躍。主な著作に『「超」怖い話 鬼胎』など。

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