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山形在住の怪談作家が地元の怪を徹底取材!『山形怪談』黒木あるじ 著者コメント+1話試し読み

怪異の満ちる異境へようこそ

あらすじ・内容

地元在住の怪談作家が山形の怪を徹底取材!
出羽国の埋もれた土俗怪談が令和に蘇る!

[上山市]山形県の最恐心霊スポット滝不動

[鶴岡市]入山禁止日に踏み入る者を襲う怪異

[西置賜郡小国町]神の熊を撃ってしまった猟師の悲惨な末路

[最上郡真室川町]霊山・甑山で起こる夜にも不思議な現象

[東置賜郡高畠町]夜道に出現する異様な姿の女とは?

山形はなんて怪しい処、愉しい処なのだろう──在住の作家・黒木あるじが蒐集してきた山形の怪異をまとめ上げた一冊!
・山に生きるマタギに伝わる禁忌、破ったものの末路「ツマジロ」
・最恐心霊スポット・滝不動で多発する首の怪談。そのルーツを探る「滝不動考」
・その滝不動の先にある山元隧道で起こる怪異「隧道の老人」
・各地で見られる憑き物話あれこれ「きつねつき」「もぐらつき」「じぞうつき」
・死者が自ら死を知らせにくることがあり…「つげと」
など52話を収録。神の棲まう山、死者の還る故郷、怪異の満ちる異境──山形の地に蠢く、興味深くも怖ろしい土俗怪談の傑作誕生!

著者コメント

 怖い話とはまったく関係のない仕事で郷土史を漁っていたところ、いきなり怪談としか思えない話を見つけて小躍りする──。
 私はこれまで何度となく、そのような経験をしています。
 もちろん執筆者は怪談と思っていませんから、書きぶりも淡々としており無駄にあおるようなこともない。
 けれども、それが却って怖いのです。ぞくりとするのです。
 偶然の出遭いに喜ぶこと数知れず。いつしか私は「自分だけが面白がっているのはもったいない」と思うようになりました。
 そんな古今の怪しいはなしを一冊にまとめたのが『山形怪談』です。
 山形県に馴染みのある方も、何処にあるのか位置さえ知らないという方も、ご満足いただける一冊になったと自負しています。
 ぜひ「あなたの知らない、怪しく愉しい山形」を堪能していただきたく存じます。
   黒木あるじ

試し読み1話

モリノヤマ(鶴岡市)

 庄内地方では「人は死ぬとモリの山へ集まり、穢れを清めてから月山がっさんや鳥海山に籠って山の神になる」と信じられている。そのため〈モリ供養〉なる祖霊信仰が、現在も各地でおこなわれている。〈モリ〉とは亡霊が転訛てんかしたものだとも「亡者離苦生安養平等利益」の略だともされる。屍体は墓の下へ、魂は山の上へ行くのである。
 なかでも鶴岡市清水の三森山みつもりやまは、死者が集う〈モリの山〉として知られている。
 普段は地元民ですら死霊を恐れて立ち入らない三森山だが、八月二十二日、二十三日の両日は、多くの人々が花や供物を持ち寄って山上の諸堂を巡拝する。この日にモリの山へ登った者は、死んだ肉親の声を聞いたり、死に別れた親兄弟そっくりの人に逢うとされた。
 そのような山であるから、厳格な禁忌も多い。 
「供養以外の目的でモリの山に入ってはならない」
「死人の出た家では、かならずひとりが登らなければならない」
「親が存命の人間が登ってはならない」
「モリの山から現世に戻るときは、いっさいの物品を持ち帰ってはならない」
 これらを破ると餓鬼に憑かれ、凶事に見舞われるのだと謂う。

 鶴岡市在住のT氏も、この山で奇妙な体験をしている。
 二十年ほど前の夏、氏は三森山のモリ供養に参加した。彼の家で死人があったわけではない。入院している本家の者に代わり、前年に死んだ大叔父の供養に訪れたのである。
 三十人ほどの行列を追って坂をのぼるうち、T氏は体調の異変に気づいた。妙な目眩めまいに襲われ、前を歩く高齢女性の背中へ何度もぶつかりそうになってしまうのだ。
 三森山は標高わずか百二十メートル、マラソンが趣味の氏にとっては山登りの範疇はんちゅうにも入らない。この程度の低山で困憊こんぱいするなど有り得なかった。ならば熱中症かと考えたが、朝から水分は欠かしておらず、いまもペットボトルの麦茶を飲みながら歩いている。
 いずれにせよ、このままでは不味い。見ず知らずのお婆さんに倒れかかってしまう。
 しばらくはこらえていたものの、気合いだけで不調を我慢できるはずもない。何度目かの目眩に見舞われた際、大きくよろけた拍子に老婆の背へ触れてしまった。
 とたん、女性がぐるりと背後を向いた。
 その顔が、熟んだバナナよりも黒い。
 眼球があるはずの窪に、小石がみしみし詰まっている。

「あっ」と叫ぶや視界が暗くなり──気づくと、路傍で介抱されていた。
「大丈夫かや」
 声に目を開けると、モリの山の関係者らしき老人が自分の顔を覗きこんでいる。
 体調不良より気恥ずかしさが先に立ったT氏は「いや、ちょっとつまずいただけです」と、咄嗟とっさに弁解した。すると老人、氏の額に濡れた手拭いをあてながら、
「ムエンサマだの」
 そう云って、T氏の手を掴んで腕を持ちあげた。
 手首に、腕輪のような黒ずんだあざが浮いている。
 老婆の顔にそっくりな色だった。
 奇妙な痣はどんな薬を塗ってもいっこうに薄まらなかったが、翌年のある朝、起きると嘘のように失くなっていた。
 痣が消えたのはちょうど一年目、モリ供養の日であったという。

 モリ供養では、自分の縁者のみならず無縁仏も弔う。
 昭和二十年代の出来事として「三森山で無縁仏に憑かれた老人が、木の枝を掴んだまま気を失っていたため、戸板に乗せて里まで運んだ」との記録もある。

―了―

◎著者紹介

黒木あるじ (くろき・あるじ)

『怪談実話 震』で単著デビュー。「黒木魔奇録」「無惨百物語」各シリーズ、『怪談実話傑作選 弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ、『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。小田イ輔やムラシタショウイチなど新たな書き手の発掘にも精力的。他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『葬儀屋 プロレス刺客伝』など。近刊に『小説 ノイズ【noise】』。

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