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著者渾身の取材、情念渦巻く実話怪談『弔い怪談 呪言歌』(しのはら史絵)著者コメント・試し読み・朗読動画

魂が吐き出す怨念はあの世から霊を呼ぶ。
ぞわりと粟立つ情念の怪奇実話!

内容・あらすじ

「呪われた者が、黙らされる」
苛めの主犯格が授業中、突然歌い出す。
恍惚とする教師。
その後、恐怖の事態が…
――「怒りの日」より

体験者の内奥に肉薄し、繊細に聞き取りを重ねて綴った著者渾身の実話怪談集。
●クリスマスの朝、友達が欲しいと願う少女の前に現れた自分だけに見える友達。だが、その姿はヤクザのような風貌で…「叫び」
●急な腹痛に駆け込んだ駅高架下の古い和式便所。
ガタガタという振動がやけにするのだが…「工事」
●実家の父から届いた従兄の訃報。
精神を病んだ母から逃れるように家を出て十年、久しぶりの帰郷で彼を待っていた恐ろしすぎる真実とは…「うつつ」
●幼い頃に父を亡くし、母一人子一人で育った少女は中学で壮絶な苛めを受ける。怒りに震える母は亡き夫の写真に念を込め…「怒りの日」
他、ずっしりと臓腑に落ちる16話収録。

著者コメント

「弔い怪談 葬歌」の第2弾として本書を執筆いたしました。
今回も虐待されていた幼い頃に遭遇した怪異、またはその時受けた傷が引き金となったと思われる恐ろしい体験談を中心に書かせていただきました。
前回と違う点があるとすれば、「子供時代に犯してしまった過ち」でしょうか。
ある体験者さんは「毒親を捨てたこと」を後悔し、また他の体験者さんは「自身の家族に取り返しのつかないことをしてしまった」という念に現在も苛まれ続けています。
私は常日頃から、これらの罪悪感を「血(繋がり)のしがらみ」と呼んでいます。
この重いしがらみから抜けることは決して容易なことではなく、切っても切れない血の繋がりがあるからこそ、皆長年苦悩しているのです。
この呪縛と言っても過言ではない「血のしがらみ」から生まれる怪異。
この怪異をこれからも書き続けていきたい、いや、書き続けねばと、私は考えています。
体験者様の負の感情を成仏させるだけではなく、私自身の心を浄化させるためにも。
本書が読者の皆様の琴線に少しでも触れることができたら幸いです。

試し読み 1話

叫び

幼い頃の記憶は何歳から残っているか――。
 人によってそれはまちまちであるが、葉さんは二歳の頃の自分を、おぼろげであるが覚えているという。
 彼女の家は母と琴葉さんの二人で構成されていた。
 家にはテレビがなく、母親は一切親戚付き合いもしなかった。
 近所の人との交流もなかったから︑琴葉さんには友達もいなかった。
 彼女の二歳の頃の記憶は、朝から晩まで母と二人きりの生活であった。
 子供なりに、それが普通の家族だと思っていた。
 母が教えてくれなかったから、この世には家族の中に〈父〉という存在がいることを知らなかったという。

 初めて知ったのは三歳の頃。母親が働きだし、保育園に通うようになってからだ。
 保育園の送り迎えでは、〈パパ〉と呼ばれる数人の男の人たちが来ていた。
 そういえば母と公園で遊んでいた時も、スーパーに買い物に行った時も、子供やその子の母親が〈パパ〉と呼んでいた男の人がいた。
 ママなら自分にもいるから分かる。あの、パパという男の人たちは何だろう。
「どうして、うちにはパパがいないの?」
 不思議に思った彼女は母親に訊いてみた。唐突な質問に母親は驚いた顔をしていたが、笑いながら三歳児にも分かりやすくパパという存在を説明してくれた。
「――パパはね、琴葉が生まれてすぐに、お空の上にいっちゃったんだよ」
 琴葉のパパはお空の上にいる。意味が分かってもあまりピンとこなかった。寂しいとか悲しいとかの感情も湧かない。この頃の琴葉さんは、大好きな母親がいればそれで十分だった。

 保育園に入ってしばらくした頃。
 それまで母親以外と接する機会がほぼなかった琴葉さんは、園児の中で早くも孤立していた。
 今まで同じ年くらいの子供と遊んだこともない。そして内気な性格も災いしたのか、どうしても「一緒に遊ぼう」と、声をかけることができなかった。
 保育園の先生の計らいで他の子供たちと遊んだ時も、何を話していいのか分からず黙っていた。それゆえ、遊び終わった後はそれきりで、翌日にまた遊ぶことはなかった。
 園ではいつも一人。信頼している母親はいない。不安が募り、毎朝保育園の入り口で母親と別れる時はわんわんと声を上げて泣いた。
 心配した母親も休日に園児たちと遊ぶ機会を設け、友達の作り方も教えてくれたが、それでも子供たちの前に出ると、緊張のあまり言葉が出なかった。
 そんな琴葉さんをからかってくる男の子もいた。そのせいで、彼女の保育園嫌いは加速していった。

 保育園に通い出して一年が過ぎ、クリスマスが近づいてきた頃。
「琴葉はサンタさんからのプレゼント、何をお願いしたの?」
「友達っ」
 母から訊かれた琴葉さんは迷うことなくそう答えたが、母親は困った顔をするばかりで黙ってしまった。
 その母の顔を見た琴葉さんはがっかりした。
 やっぱりサンタさんは人間の友達はくれないんだと理解したらしい。
 だが、すぐにそれは思い違いであったことが分かった。
 次の朝起きてみると、枕元にパンダのぬいぐるみを持った友達が立っていたのだ。
 友達は大人の男性だった。母と鎌倉に行った時に見た大仏のように髪の毛はくるくるに巻かれ、腕には色鮮やかな絵が描かれていた。
 初めて見た時は怖かったが、友達は優しかった。
 また、その友達は何も話さなかったが、不思議なことに意思疎通は普通にできた。
 保育園で意地悪な男の子にからかわれた時、琴葉さんの後ろに立って追い返してくれた。保育園では一人でいつも寂しく絵本を眺めて過ごしていたが、一緒におま
まごとをして遊んでくれた。折り紙が折りたいと思えば持ってきてくれ、カエルや鶴の折り方も実践して教えてくれたりもした。
 保育園でも家でも寂しさを感じることはなくなったが、母親も先生もその友達に見向きもしないことが不思議であった。

 しばらくすると母親が奇妙な目で自分を見ていることに気が付いた。
 変な目で見る時は、いつも友達と遊んでいる時だった。
「琴葉は一人遊びが上手ね」と言われ、母親には友達が見えていないのだと、その時初めて気が付いたという。
 この友達は一体何なんだろう。
 琴葉さんが母の言うことを聞かないと、母はよく、
「早く寝ない悪い子のところには、お化けが来るよ」
「ご飯を残すと、悪いお化けが来て攫われちゃうよ」
 と、叱ってきた。
 もしかしたら友達は、母親が話していたお化けなのかもしれない。でも、悪いお化けには見えなかった。
 それどころか、この友達が来てくれたおかげで人見知りが直り、保育園でも少しずつだが、他の園児たちと遊ぶようになってきた。
 クリスマスにサンタさんがくれた大人の男性の友達も、琴葉さんが園児たちと仲良くなっていくのを喜んでいるようだった。
 お化けでもかまわない。友達のことが大好きだった琴葉さんは、母親や先生には内緒にしておこうと決めた。

 くだんの友達との交友は、琴葉さんが十二歳になるまで続いた。
 この頃になると彼女は、友達のことを亡くなった父ではないかと考え始めていた。
 サンタさんにお願いしたことを天国にいる父親が聞いて、出てきてくれたに違いない。
 そうでないと辻褄が合わないと思った。こんなにも自分に愛情を注いでくれる大人は、親以外いないからだ。
 ただ一つ気になっていたのは、父親がヤクザのような風貌であったことだ。大仏のようなくるくるとした髪はパンチパーマ、腕に描いてある絵は入れ墨であると、もうこの年になれば分かっていた。
 父の過去に何があったのか……。
 気になった琴葉さんは一度だけ聞いたことがあるそうだが、父親は悲しそうな顔をするだけで何も話さなかったという。
 そして年を追うごとに、琴葉さんはより一層、周りの目に気をつけていた。父親の幽霊が近くにいる。そんなことを言っても信じてもらえないばかりか、奇異な目で見られることを危惧していたからだ。
 ただ、一緒に住んでいた母の目は誤魔化せなかった。
 ある日突然、小児精神科に行こうと、言い出した。
 最初の頃は子供によくある空想上の友達、〈イマジナリーフレンド〉だと考えていたらしい。そのうち見なくなるだろうと思っていたが、予想に反して第二次成長期を迎えた娘が、いつまでも誰かとやりとりしている素振りを見せるので心配に
なったそうだ。
 母はしつこく「病院に行こう」と言ってきたが、琴葉さんは断固拒否していたという。

 そんなある日の朝。
 制服に着替えた琴葉さんに、母親が珍しく「今日は学校を休みなさい」と言ってきた。
「絶対に行かない」と言い張る琴葉さんを、無理矢理病院に連れて行くためだった。
「やだ!」
「やだじゃない! 琴葉のためなんだからね!」
 母親と嫌がる琴葉さんはもみ合いになった。もみ合いは一向に収まらず、母親はテーブルにしがみつく琴葉さんの腕を強引に引きはがそうとしてきた。
「いい加減にしなさいっ」そう大声を上げる母親に、このままでは収拾がつかないと思った琴葉さんは本当のことを告げた。
「違うの! あれはお父さんなの!」
「は?」
 母親の動きが止まった。あの一言だけで全てが分かったのかと、琴葉さんがビックリして母親を見ると、どうも様子がおかしかった。目を見開き固まっている。
「あなた……」そう呟いた母は、琴葉さんの後ろを見ていた。
 琴葉さんが振り向くと、そこには父が立っていた。
 今、お母さんにも見えてるんだ。
 そう思った刹那。
「違うの!」母親がいきなり叫び出した。
 そして驚愕している琴葉さんを父親から守るように抱きしめ、
「この子は……この子はね、あなたの子供じゃないのおおおお!」
 と、絶叫したという。
 その言葉を聞いた父は怒っていた。
 拳を握りしめ、ただ事ではない獣のような目つきで母を睨みつけると「許せねえ」と、一言だけ言い残し煙のように消えていった。

 あとから琴葉さんは母親にどういうことかと問いただした。
 母は観念したかのように教えてくれたという。
「あの人と結婚している時に、ママはほかに好きな人ができたの。でも、あの人はヤクザだったから、どう別れ話をしていいか分からなかったの。怖ったのよ。それで、あの人に内緒で彼と付き合ってるうちに、子供ができて。でも、彼に子供ができたと言ったら、ママの前からいなくなっちゃったの」
 それで、母は夫の子供として琴葉さんを育てたそうだ。
「あとね、いずれ言おうと思ってたんだけど。ヤクザのあの人、まだ生きてるのよ」
 罪を犯して刑務所に入っているとのことだった。
 では、あの〈父〉は生霊だったのか……。
 父がどんな罪を犯したのか、いくら尋ねても母は教えてくれなかった。
 また、全てを聞いた琴葉さんは母親のことが信用できなくなり、高校を卒業すると同時に家を出て、それ以来顔を合わせていないという。

―了―

朗読動画

4/25 18時公開!

著者プロフィール

しのはら史絵 (しのはら・しえ)

作家・脚本家。シナリオ、小説、漫画原作を手掛ける傍ら、幼少の頃から好きであった怪談蒐集に勤しむ。主な著書に『弔い怪談 葬歌』(竹書房)、共著に『怪談四十九夜 地獄蝶』『高崎怪談会 東国百鬼譚』(竹書房)『異職怪談~特殊職業人が遭遇した26の怪異』『趣魅怪談~特殊趣味人が遭遇した21の怪異』(彩図社)『お化け屋敷で本当にあった怖い話』(TOブックス)、DVD出演に『本当にあったエロ怖い話~エロ怪談界紳士淑女の怪演~』(十影堂エンターテイメント)がある。共著者である正木信太郎氏と「板橋怪談会」を主催。不定期で「女だけの秘密の怪談会」も主催している。

シリーズ好評既刊

「弔い怪談 葬歌」

好評既刊(共著作品)

「怪談四十九夜 地獄蝶」
「高崎怪談会 東国百鬼譚」


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