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【第2話】火葬した子どもが枕元に… 夢うつつで交わしたあの世とのしりとり【下駄華緒の弔い人奇譚】


――第2話――

ある日、火葬場に子供がやってきました。
やってきたと言っても、遺体として、です。
火葬場職員は常になるべく冷静に対応するようにしています。見方によっては冷たい印象を与えてしまうかもしれませんが、職務であるボタン操作ひとつで火葬が出来ていなかった、途中で火が止まっていた、などという重大事故を防ぐ為に、あえて感情移入しないよう努めているのです。

ですが、人間ですから心の中は常に揺れ動いています。
しかも小さな棺がやってきたとなれば尚更です。
公園で元気そうにピースをしている赤いトレーナーを着た5歳の男の子の遺影を見ながら、僕はなんとか冷静を保つ為に奮闘していました。そして火葬が終わりお骨あげも僕が担当して、無事、何事もなく終わりその日の業務は全て終了しました。

僕以外の職員は先に帰って、照明が全部消えた火葬場にひとり、僕だけ残っていました。その日は僕が「戸締り当番」だったからです。
懐中電灯を片手に、施設の施錠を全て確認しつつ火葬する機械の安全装置である元栓のようなものをひとつひとつ締まっているかチェックし、よしこれで大丈夫と火葬場のホールから外に出ようとしたとき、急に「バタン!」と鉄扉が閉まる音がしたんです。
その鉄扉は実際に火葬をする場所、僕たちが炉裏とか焼き場と呼んでいる場所に続く扉です。(あれ? おかしいな?)と思い、音がした鉄扉をもう一度チェックするも、しっかりと施錠してありました。
普通ならこの時点で恐怖を感じるのだろうけれども、なぜかこの時はちっとも怖くなかったんです。(ああ、今日の男の子か……)と本来、僕は心霊的なモノに対しては懐疑的な考えなのですが、何故か妙に納得してしまったんです。
そして自分で馬鹿らしいとは思いつつも大きめの声で「ごめんねー先に帰るねー」と真っ暗で闇に包まれた誰もいないホールに言って、火葬場を後にしました。

当時、母と二人で実家暮らしだった僕は、家に帰り夕食を済ませ風呂に浸かり、明日も仕事だということと、妙に疲れたなと思い早々に布団に入りました。
どれくらいの時間でしょうか。ふと意識が戻り、寝ているような寝ていないような状態で、目を瞑りながらウトウトしていると、急に「ビシッ!」と金縛りに襲われました。
この金縛りも、僕は心霊的なことではなく医学的な現象だという知識があったので、特に動揺することもなく「あぁ金縛りか」と思っていると、ふと足元に今日遺影で見たあの男の子が立っていたんです。

そして、その男の子が僕に「遊ぼう?」と訴えかけてきます。この時点でも僕は特に恐怖を感じることもなく、金縛りに遭いながら男の子としりとりをすることになったんです。

ゴリラ、ラッパ、パンダ……という風に、五歳児でもわかるような単語を選んであげるくらいには余裕でそこそこ長い間しりとりをしていた気がします。
ところが、次に僕の番になったところで急に声が出なくなった、というか伝えられなくなったんです。(あれ? なんで? 言えない?)と思っていると、男の子が「なに? なんて? 聞こえないよ?」と僕に迫ってきました。
(ちょっとまって、あれ? なんで? 声が、あれ?)と思っていると、急に男の子の表情が険しくなり、その険しい表情の男の子の顔だけが僕の胸辺りまで迫ってきました。
とたんに恐怖が湧き上がり、とにかくしりとりをしないと! はやく! 声を出さないと! と焦りましたが全然声が出せないんです。
その間にも男の子の顔はとうとう僕の眼前まで迫ってきて、「ねえ? なんて? 聞こえないよ?」

――あまりの恐怖に「うわあ!」と叫んだ瞬間、僕は金縛りと夢から覚めて布団から飛び起きていました。汗はだらだら、息も絶え絶え、挙げ句の果てにふすまを挟んで隣の部屋で寝ていた母親が起きてきて「あんた凄いうなされてたけど大丈夫?」と目を擦りながら言ってきました。
時計を見ると深夜4時過ぎでした。「あぁ大丈夫」と言いながら、こんな事があったと母親に説明していると、僕の枕元に置いてあったスマホのAIが急に起動して「よく、聞こえませんでした」と、あの男の子と同じことを言ったんです。あまりのタイミングの良さに流石に親子で震え上がり、とうとうそこから眠れず朝を迎えることになりました。

あまりに衝撃的な昨晩の出来事もあり、朝出勤してすぐに昨日のあの男の子の資料を再度確認しました。
すると、死因が事故死となっていました。

ぼくがしりとりで言おうとしていたのは――「くるま」
もしかして「くるま」って言って欲しくなかったのかな……。
不思議な体験でした。

著者紹介

下駄華緒 (げた・はなお)

2018年、バンド「ぼくたちのいるところ。」のベーシストとしてユニバーサルミュージックよりデビュー。前職の火葬場職員、葬儀屋の経験を生かし怪談師としても全国を駆け回る。怪談最恐戦2019怪談最恐位。