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オカルト探偵・吉田悠軌の人気シリーズ第6弾『恐怖実話 怪の遺恨』著者コメント+試し読み

土地や場所や人に取り憑く実話怪談!

全国の怪談を綿密な取材のもとに探求し続ける〈オカルト探偵〉吉田悠軌の人気シリーズ第6弾。

美大生の男が先輩の部屋に行きたくないおぞましい理由「ブックエンド」、

肝試しに行った山で豹変し行方不明になった友人。十年後その消息に驚愕する「山頂に行った友人」、

歌舞伎町に巣食うものは何? ビルオーナーが話してくれた連鎖の怪異「オレンジのやつ」、

東京都心のJR路線で続出している奇怪な現象を検証する「鶯谷の怪」、

温泉好き著者が各地で蒐集したお湯にまつわる怪談「浸かる人」、

幼馴染が住んでいた新築の家にまつわる薄暗い記憶とは…「ユウ君の家」など32話を収録。

著者コメント(試し読み「山頂に行った友人」について)

 聞き取り取材も怖かったですが、取材後の調査がここまで怖ろしかった体験談は、非常に稀です。自分が知ったことをどこまで発表していいのか、かなり悩みました。配慮して書かなかった部分もあります。
 ただ、そもそもわからない部分が多いのです。山頂でなにがあったのか、なにかを見たのか、突如吹き荒れた強風はなんなのか。後の事件に、それはどう影響しているのか。
 本文にも書いた通り、それは誰にもわからない。私にも、体験者さんにも。唯一「わかる」かもしれない人物には、とりあえず取材できません。
 その他の部分は、怪現象でもなんでもない事実を連ねていくしかなく、怪談としては歪な構成になっているかもしれません。
 ただし私にとって、この話にまつわる全ディテールがおぞましかったのです。それこそただの「平べったい餅にアンコの入った菓子」までもが。
 私が感じたこの恐怖。刺さる人には非常に深く突き刺さる恐怖だろうと、そう思っています。

このコメントの1話をお読みください

試し読み1話

山頂に行った友人

 長崎県のG山は、それほど高い山ではない。

 標高二百メートル足らずの、山頂が展望台になっているような観光地だ。

 アクセスが良い割に、夜には人がいなくなるという立地から、心霊スポットとしても扱われている。

 展望台近くのトイレで、女性が乱暴されて殺されたので、その幽霊が出る……とかなんとか。日本全国、どこにでもあるような噂だ。

 マサシさんはその夜、高校時代の友人Kと二人、肝試しがてらG山へと遊びに出かけていた。二人ともに二十一歳。マサシさんが一浪しての大学二年、Kがいまだ浪人生でセンター試験に挑戦していた頃だ。

 先ほど述べたとおり、山といっても観光地なので、頂上付近まで原付バイクで登ることができる。

 どんよりとした、真夏の熱帯夜だった。

 マサシさんは、半袖で原付を運転しながら、「もっと風がほしいな」と感じたのを憶えているという。

 しかし頂上付近に到着し、バイクを降りたところで、ものすごい風が吹いてきた。このあたりでは季節外れの、おかしな気候だった。

 正面を向けないほどの風圧である。二人でうつむきながら、なんとか前に歩きだし、さて山頂の方を目指そうと、ようやく顔を上げたところで。

 マサシさんの背中に、強烈な悪寒が走った。そして足がまったく動かなくなってしまった。

 霊感なんていっさいゼロだと思っている。そもそもG山への肝試しなんて、これまで何度も行っている。しかし。

――今行ったらダメだ

 第六感が告げている。このような危機感を感じたのは、生まれて初めてだった。

「……悪い、オレ、無理だ」

 マサシさんがそう告げると、Kは笑った。

「なんだヘタレかよ。それでも空手やってんのか。せっかく来たのによう」

 口の達者なKが、さんざんにこきおろしてくる。細長い顔の、やはり細長いキツネ目でにやりと見つめてくる。

 それでもマサシさんは、行くのを拒むしかなかった。とにかく足が一歩も前に進まないから、もうどうしようもないのだ。

「じゃあ、いいよっ。オレが一人で行ってくるからさ」

 Kは意気揚々と山頂に歩いていった。その背中が、夜の暗闇に溶けて見えなくなる。

 あいかわらず、強い風がびょうびょうと吹き続けていた。

 十五分ほど待っただろうか。

 暗闇の向こうから、Kが帰ってきた。またヘタレだと罵られるかと思いきや、まったくの無言である。その歩き方も、どこかぎこちない。

 だらんと頭をうつむけていたが、下にいる自分の角度から、ちょうどその顔がよく見て取れた。

 まったくの無表情だった。ふざけた笑顔どころか、恐怖や驚きなどの感情すらも読み取れない。本当に、なんの気持ちも表していない顔つきだったのである。

「なにふざけてんだよ」「脅かそうとしてるのか」「おい、どうしたんだよ」

 マサシさんがいくら話しかけても、なんら反応がない。いっさいの言葉を発さないまま、Kは原付バイクにまたがった。

「おい待てよ、帰るのかよ」

 Kが無言でエンジンをかける。マサシさんも慌てて自分のバイクに乗り込む。

 二人はそのままG山を下り、しばらく走った後、いつもの分岐点で別れた。最後までKは一言もしゃべらなかった。

 そしてそのまま、Kは行方不明になった。

 両親もマサシさんも、誰一人として彼の消息をつかめないまま、十年が過ぎた。

 二十一世紀に入った頃、マサシさんに警察から連絡が入った。

 Kが人を殺して逮捕されたので、裁判のための捜査に協力してほしい、とのことだった。



「ちょっと待ってください。それ、どういうことですか」

 私は思わず、マサシさんに問いかけた。まったく予想を超えた展開に、とにかくいったん、取材を中断せざるをえなかった。

「某県の山でホームレスとなり、同じホームレスを殺害して、新聞やインターネットに名前が載りました」

 マサシさんは、そんな素っ気ない返答を告げてきた。とはいえ、それだけでは情報が足りなさすぎる。

 私はまず、それまでの取材でマサシさんが「友人」としか呼んでいなかった、Kの氏名を尋ねた。それを検索ワードとして、インターネットで殺人事件の内容について調べるためだ。

 聞き出したKの本名は、某野球選手と同姓同名だったので、多少はネット検索に苦労した。とはいえすぐに、2ちゃんねる掲示板などに、事件についての記事が転載されているのを発見した。

 関西にある某県山林にて、史跡調査中の市職員が、埋められた白骨死体を発見した。

 頭蓋骨が傷んでいたところから事件性が疑われ、現場付近でテント生活をしているホームレスに捜査の手がおよんだ。

 それは、三十歳になったKだった。

 Kの証言によれば、この場所で野宿し始めた時からすでに白骨化した死体があった、気味が悪いので移動させた、頭蓋骨の傷はスコップでたたいたため……だという。

 とにかくKは、死体遺棄の容疑で逮捕されたようだ。

 ネット記事はそこで終わっている。続報については、地元新聞では報道されたのだろうが、もはやネット検索ではなにもひっかからなかった。

「つまり、ネットに残っている記事は死体遺棄までしか出てきませんが、実際には殺人事件だったということですね」

「そうです。同じホームレスの人を殺害しました。首を絞めて殺した後、腐って白骨化するまで待ち、骨だけ隠蔽のために砕いていたところを、市職員に発見されたそうです」

 後日、朝日新聞・読売新聞のアーカイブを参照したところ、おおよそ事件の概要はその通りだった。

 しかしマサシさんは、新聞にも載っていない細かい状況を知っていた。なぜかといえば、警察に聞いたからだ。

 関西の県警刑事がわざわざ長崎までやってきて、Kの高校時代の性格や行動を教えてもらえないか、と依頼してきたのである。

 指定された待ち合わせ場所はミスタードーナツだった。刑事の口ぶりでは、どうやらKが殺人へいたる素因となった、少年期からの暴力性を探りたいようだった。彼がいかに乱暴な人物だったのか、しつこく探りを入れられた。

 しかし二人が通っていたのは長崎でも有名な進学校だったし、一七二センチのやせ型、おしゃべりで笑いをとるのが上手なKに、凶暴なエピソードがあるはずもない。

「強いて言うなら、たまに当時のマンガの必殺技をお互いかけあったりしてたかなあ。『高校鉄拳伝タフ』でチョウショウさんが使う毒蛭って関節技で……」

 半分、皮肉のつもりでそう答えると。

「当時から殺人などを犯す傾向があったということですね。裁判所に提出します」

 刑事は熱心にメモをとり、帰っていった。

 すっかり勘違いしていた。警察はKを守るためではなく、罪をわかりやすくするためにきたのだ、と思った。そのお礼にもらったのは、平べったい餅にアンコが入った、どこかの地方駅で買ったような菓子だった。



 しかし、誰にもわからないのだ。

 Kがなぜ関西の山でホームレス生活をしていたのか。なぜ殺人を犯すような人間になってしまったのか。それは誰にもわからない。

G山を無言で下りたKは、やはり親にも一言すら告げず、そのまま家出してしまった。

 そしてホームレスとなって山に棲みつき、そこで殺人を犯した。

 あの時、G山の山頂で、Kはなにか恐ろしいものを見てしまったのか。なにかおぞましいことを知ってしまったのか。びょうびょうと強く吹く風にあてられて、なにかが決定的に変化してしまったのか。

 あの時、まったくの無表情で、ひたすら無言だったKからは、なんの手がかりも得られない。

 なぜそうなってしまったのか。それは誰にもわからないのである。警察にも裁判所にも、マサシさんにも、Kの両親にも。

 そしてK自身にも、だ。

 裁判によって、Kの懲役刑が確定した。しばらくして、刑務所に服役したKから、マサシさん宛ての手紙が届いた。

“ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん

なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい”

 ごめんなさいと十回記された冒頭から始まり、高校や浪人時代、二人で原付バイクに乗って色々な場所を巡った思い出が続いていた。

 ただそれは、小学生の書くような稚拙な文章だった。

 漢字はほとんど使われておらず、たまに小学一年生程度の漢字があるかと思えば、わざわざ全てに振り仮名がふられていた。

“いっしょうけんめい、ひらがなをしらべてかいたから、きみもよみやすいでしょう。”

 との文章とともに。

 そうして綴られた思い出の最後は、二人が別れたG山についてだった。

もはや手紙を捨ててしまったので、マサシさんも細かい文面を記憶してはいない。しかしおおむね次のような言葉を、Kは記していたという。


やまにのぼったきおくはあるけど、あとはおぼえてなく、このようになってしまった。ごめんなさい。”


その後はひたすら、自分の刑期が長すぎることへの不満が、なぜかそこだけ大人びたまともな文体で、長々と綴られていたそうだ。

 

―了―

朗読動画

2・27 12時配信予定


著者プロフィール

吉田悠軌 (よしだ・ゆうき)

著書に『恐怖実話 怪の残滓』『恐怖実話 怪の残響』『恐怖実話 怪の残像』『恐怖実話 怪の手形』『恐怖実話 怪の足跡』『うわさの怪談』『日めくり怪談』『禁足地巡礼』、「怖いうわさ ぼくらの都市伝説」シリーズなど。共著に『実話怪談 牛首村』『怪談四十九夜 鬼気』など。近著に「オカルト探偵ヨシダの実話怪談」シリーズ、『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』。最新刊は『現代怪談考』。月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

シリーズ好評既刊


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