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これはシンクロしている(『僕は、死なない。』第36話)


全身末期がんから生還してわかった
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36 南伊勢へ


 退院から1日あけた7月12日、僕と妻は2人で東京駅にいた。河野さんと日程調整をした結果、12日から18日までの7日間、南伊勢に滞在することが決まっていた。

 自宅から東京駅まで、バスや電車を乗り継いで行く。東京駅に着いたときに、僕は疲れきっていた。体力が相当落ちていた。なんたっておとといまで入院していたのだ。東京発、新大阪行きの新幹線の座席にどさりと腰を下ろした。

「サンドイッチ、買ってきたよー」

 妻が買って来たサンドイッチをモグモグとほおばる。よく考えてみると妻と2人の泊まりがけの旅行は新婚旅行以来だった。しかもちょうど24年前の今日が新婚旅行出発の日だったのは何か深い意味を感じさせた。そう、この南伊勢旅行が本当の意味での2度目の新婚旅行だった。

 これは、再出発のお祝い旅行だな。

 サンドイッチを食べる妻を横目に、そう思った。

「食事制限は、南伊勢から帰ってからにしよう」僕が言った。

「うん、今度はどうしようか?」

「そうだね、玄米菜食のゲルソンはあまり効果がなかったから、今度は糖質制限をやってみようか」

「ああ、あれね」妻は糖質制限のドクターの話を思い出したようだった。

「ま、しばらくは好きなものを好きなだけ、食べよう」

「そうだね」

 新幹線を名古屋で降り、近鉄で南へと向かう。電車は津、四日市、伊勢を過ぎ、お昼過ぎに鵜方駅に到着した。

 改札のところで河野さんが手を振っていた。

「よく来てくれました、ありがとうございます。お疲れでしょう」

 河野さんはそう言うと、僕の荷物を車にさっと乗せた。

「私の家でご飯を食べましょう」

 そのまま3人で車に乗り込んだ。車窓から木々の緑や、海がチラホラと見えた。なんだか少し、懐かしい感じがした。静岡にある母の実家に雰囲気が似ていたからかもしれない。

 30分ほど走った後、河野さんのお家に到着した。

 家は小さな入り江から少し奥に入ったところにある、こぢんまりとした綺麗なお家だった。

「さ、お入りください。野菜カレーを作ってあります」

 河野さんの奥さんの手作り野菜カレーをご馳走になった後、河野さんは言った。

「宿泊先のロッジはここからさらに1時間ほどかかります」

 再び3人で車に乗り込んだ。車窓から見える景色は、どんどん緑が色濃く、時折左側に現れる青い海も間近になってきた。

「刀根さんのお知り合いで舟橋さんという方、いらっしゃいますか?」河野さんが聞いてきた。

「あ、はい、います」

 舟橋さんは僕が10年ほど前に心理学を教えた人だった。確か彼も四日市在住だから、同じ三重県の人だ。とにかく何でも学ぼうという、学習意欲のとても強い人だった。数年前に四日市で仕事があったとき、夜に食事したことを思い出した。

「今朝、その舟橋さんからメールをいただきまして……」

「ええー、そうなんですか。僕が河野さんの名前をフェイスブックに書いたからだと思います。きっとそれで名前から検索したんですね。さすが舟橋さん、でもよりによって、今朝なんですね、面白いですねー」

 僕は入院初日の6月13日、河野さんのことをフェイスブックで簡単に記事にアップしていた。

「なんかシンクロしてますよね」河野さんも笑った。

「そうそう、舟橋さんは確か四日市の方ですから、同じ三重県ですよ」

「そうなんですか、すごいですねー。舟橋さんに、今日刀根さんがこちらに来られることをお伝えしてもいいでしょうか? きっと、びっくりされると思いますよ」

「はい、全然構いません」

 そんな話をしているうちに、車は目的地に到着した。そこは新桑という地名で、目前にはリアス式の入り江が深く青い海水を満々とたたえ、背後には緑濃い木々がうっそうと茂り、山々が間際に迫っている場所だった。

 車を降りた瞬間、野鳥たちの声が僕の耳に響いてきた。

 ホーホケキョ、ピピピーッ。

 それは僕が毎日、ベッドの上で至福に包まれながら聴いていた、あの鳥たちの声と同じだった。

「うわーっ、鳥の声。しかもホンモノだ」

 鳥たちの声は間断なく、うるさいほど響いてくる。

「ええ、ここは人の手が入っていない場所なので、いろいろな野生動物たちもたくさん住んでいるんですよ。あの声はウグイスですね、それと、今のはホトトギスですね」

 河野さんは鳥たちの声を聞きながら解説してくれた。

「ロッジの向こう側に川があります。そこではイノシシも見ることができますよ。朝晩、水を飲みに来るんです。私は鹿や猿に会ったこともありますよ」

「へぇー、そうなんですか、ぜひイノシシ君には会いたいですね」

「刀根さん、深呼吸してみてください。都会と違うでしょ」河野さんがいたずらっぽく笑った。

 僕は大きく息を吸ってみた。まだまだ呼吸は浅かったが、それでも都会とは明らかに違う空気だった。

 そう、濃い。空気が濃密、空間に生命エネルギーがみっしりと詰まっているように感じた。空気を吸っただけで、肺や身体の細胞が喜んでいるように感じた。

「ここにいるだけで病気が治っちゃうんじゃないだろうか……」僕はそんな気がした。

「ここに宿泊していただきます」

 河野さんが案内してくれたのは小さなロッジだった。妻と2人なら全然問題ない広さだ。

「私のお気に入りの場所にご案内したいのですが、刀根さん、体調は大丈夫ですか?」

「はい、そんなに遠くなければ、問題ありません」

「じゃあ、行きましょう。15分くらい歩きます」

 河野さんはそう言うと、僕たちの前を歩き出した。

 まばらな民家を抜け、森の中に入っていく。耳元ではクマゼミがジイジイと猛烈に鳴いていた。鳥たちもホーホケキョ、ピピピピピーッと鳴いている。

 すごいな、本当に自然の中に来たんだな。おとといまで病院にいたのに……。僕は不思議な感覚に包まれていた。

「ここです、どうですか? 私はここが大好きなんです」

 河野さんが案内してくれた場所は、森の中に突如出現した聖なる空間のような草原だった。

「うわぁー、気持ちいいですねー」

「ここは誰も来ません。一日中、寝っころがっていても、誰にも会いません。そして何より『氣』がいいでしょう?」

 河野さんの言うように、爽やかで大らかなエネルギーが満ちた空間だった。

「ここで横になると、最高に気持ちいいんです」河野さんは嬉しそうに笑った。

「今日はもうお疲れでしょうから、明日以降、お時間があるときに好きなだけここで寝てください。きっと身体も喜ぶと思います」

「そうします。ありがとうございます」僕と妻は2人でお礼を言った。

 ロッジに帰ると、河野さんは言った。

「明日から私のヒーリング、『ビーイングタッチ』をお教えします。楽しみにしていてくださいね」

「はい」

 今回の南伊勢は自然の中で休養するだけではなく、河野さんのヒーリング手法も教えてもらうことになっていた。僕も妻もヒーリングができるようになるかもしれない。それも楽しみの一つだった。

次回、「37 ヒーリングと伊勢神宮」へ続く

僕は、死なない。POP


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