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全身がんだらけのステージは4B。それでも、神様、僕、生きていいんですね…(『僕は、死なない。』第31話)
全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則
31 ついに来た!
その日の夜のことだった。消灯時刻も過ぎて薄暗くなったベッドの向こうで声がした。
「刀根さん、よろしいですか」福山先生だった。
「はい、いいですよ」僕はベッドから身を起こした。
福山先生はカーテンを開け、僕のそばに来た。いつもニコニコしている福山先生が、いつもよりもっと嬉しそうだ。
「刀根さん、嬉しいお知らせがあります」
「はい、なんでしょう?」
「先日行なった生検の結果がほぼ、出まして……」
「はい」
「刀根さんの遺伝子からALKが見つかりました!」
「えっ? 本当ですか?」
「はい、まだ最終の確認中ですが、ほぼ、間違いないと思います。ALKの分子標的薬のお薬が使えそうです」
僕は思わず拳を握ってガッツポーズをした。
やった! 分子標的薬が使える!
しかし同時に、
・来たよ、来た。来るものが来たんだよ。わかっていたじゃないか・
そんな声も聞こえた。
「ALKの患者さんが使う分子標的薬『アレセンサ』というお薬は、とてもよく効くと言われているお薬です。副作用も少ないと言われています。刀根さんはこのお薬が使えそうですよ」
「ありがとうございます」
「いやあ、患者さんにとってよい知らせはちょっとでも早くお伝えしたくて、こんな時間なのですが、来てしまいました」福山先生は照れたように笑った。
「週明けの月曜日、沼田先生から詳しいお話があると思います。でも、とりあえずよかったですね」
福山先生が帰った後、僕は天井を見上げた。
まさか、ALKが見つかるとは……。ALK遺伝子を持っている人は肺腺がんの4%しかいない。とても珍しい遺伝子なんだ。その4%に入ったのか、いや待て、そもそも前の大学病院でALK調べてたはずじゃないか。2カ月半待ったのに、結果を教えてもらえなかったから、てっきりダメだと思っていた。だから頭の中からALKの選択肢は消滅していたはずなのに、こんなことになるなんて、全くもって想定外。いったいどういうことなんだろう?
まあいい。とにかくALKが見つかったんだ。これで分子標的薬が使えるんだ。すごいや、本当にすごい。
僕は興奮冷めやらぬまま、ベッドに横になった。
深夜、尿意を感じてトイレに行った。便器に座ると、窓の外から月の光が煌々と僕に降りそそいでいた。なんだかとても神聖に感じた。思わず、口から言葉がこぼれ出た。
「神様、僕、生きていいんですね……」
口にしたとたん、涙があふれ出てきた。
生かされた……。
生きのびた、ではなく、生かされた…。
この世界に残ることを許された……。
自然と両手が合わさった。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
宇宙よ、神よ、世界よ、僕が生きることを許してくれて、ありがとうございます。
僕を愛してくれて、ありがとうございます。
僕は、生きます……。
僕は泣いた。
週明け、嶋田看護師が僕を呼びに来た。僕は妻と一緒に沼田先生の診察室に入った。
沼田先生は言った。
「まずは現在の刀根さんの状況を詳しくお話させていただきます」
「はい、わかりました」なんだ、ALKの話じゃないのか。
「えっとですね、まずは脳ですが、脳はこの左の部分、左眼の上奥に3センチの腫瘍がありましたが、先日からの放射線治療により、脳の治療は終わっています」
「はい」
「それからですね、肺なのですが、左の原発ですが、かなり大きくなっています。おおよそ3~4センチの塊に成長しています。それと同じくらいか、少し小さめのものが、他にも2~3、見受けられます。右の肺にはそれほど大きなものはないのですが、1センチ以下のものが数多くあります。多発性転移という状態です」
沼田先生の指した僕の右胸のCT画像は、満天の星空のように白い点が無数に光っていた。
「リンパ節は左の肺の中から首にまで転移していまして、首のリンパ節の腫瘍が声帯を圧迫して声が出なくなっているのです。反回神経麻痺という状態です」
「ああ、喉に転移したんじゃなかったんですね」
「はい。それから肝臓にも転移しています」
沼田先生は肝臓のCT画像で色の濃くなった部分を指差した。
「ほう、結構大きいですね」
「それから、腎臓にも転移しています」
「腎臓もですか」
「はい、左右両方です」
同じく、先生の示す腎臓のCT画像も色が濃くなっていた。
「他にも、脾臓にも転移が見られます」
「脾臓もですか」
沼田先生の示す場所が同じように色濃くなっていた。
「結構すごいですね」僕はひとごとのように感心した。
「あと、骨シンチの結果はご覧になったと思いますが、肩甲骨から肋骨、背骨や腰椎、骨盤や股関節、坐骨や大腿骨にも転移があります」
「全身、がんだらけってことですね」僕のがん細胞は働き者らしい。僕は思わず笑ってしまった。
「はい、そうです。ステージは4Bというところです」
「ステージ4のさらに先があったんですね」
こんな状態から治った人は聞いたことがないし、読んだこともない。でも僕はここから治るんだ。なんだか嬉しくなってきた。
「ええ」沼田先生は表情を崩さずに説明を続けた。
「先日行なった生検で刀根さんのがん細胞を50個、採取させていただきました。そこで、この50個にどんな遺伝子がどのくらいあるのかを調べさせていただきました。結論から言いますと、刀根さんの細胞からALK融合遺伝子が見つかりました」
「はい」聞いていた通りだ。
「で、刀根さんの50個の細胞のうち、ALK融合遺伝子がどのくらい入っていたか、一つずつ数えていきましたところ、50個の細胞のうち……」
僕は固唾をのんだ。
「50個全部にALKが見つかりました」
「おお、全部!」
「はい、とても珍しいです」
僕は心の中でまたガッツポーズをした。なんと適合率も100%。当然だよ、当然。ここまで来たらあたり前の結果さ。心の中で誰かがしゃべっていた。
「どうしますか? 分子標的薬を使って治療をしますか?」
「はい、もちろんです」僕は即答した。
「お薬の名前はアレセンサと言います」
沼田先生は分子標的薬の説明を始めた。効果の話、副作用の話など。
「刀根さん、この薬はがんを消す薬ではありません。抑える薬です。勘違いをしないでください。がんを治す薬ではありません」
「そうなんですか?」
「はい、平均値で2年と5カ月、がんの増大を抑えるというデータが出ています。ですからそれより前に耐性ができて再発する人もいますし、それ以降も抑えられている人もいます」
「これを飲んで治った人はいないのですか?」
「私は刀根さんで2人目なので、なんとも言えませんが、前の人は治っていません」
「じゃあ、僕がその1人目になりましょう」
隣で嶋田さんが面白そうに微笑んだのを、僕は見逃さなかった。
次回、「32 楽しい入院生活」へ続く
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