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あんなに転移してんのか……。僕の骨、真っ黒だったぞ(『僕は、死なない。』第30話)


全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則


30 放射線治療


 週明けの入院7日目、放射線治療が始まった。

 朝一番に放射線治療室に呼ばれると、僕の顔型に合わせた器具が用意されていた。前回斉藤先生と会ったときに顔型を取っておいたものができ上がったらしい。フェンシングのお面のような網状の白いプラスチックが僕の顔にぴったりと収まるようになっていた。

 そのお面をかぶり、頭が動かないように面の隅にある穴にボルトで装置に頭を固定した。

「はい、準備ができました。始めますよー」

「はい」

 ジジジジジー。

 独特の低い音が聞こえてきた。僕は以前、カウンセリングをしてくれたさおりちゃんが言っていたことを思い起こしていた。

「何か治療とか、検査とかするときは、心の中でこう言うの。私はこの治療をすることで、健康になります。ありがとうございますって」

 確かに不安におののきながら治療をすると効果も半減しそうだ。僕はさおりちゃんの言葉を思い出しながら心の中でつぶやいた。

「私は、健康な身体になるために、この治療を受けます」

「私は、健康な身体になるために、この治療を受けます」

 何度も唱えているうちに、感謝の気持ちがこみ上げてきた。ああ、この治療を受けられるのも、放射能を発見してくれた人がいるからだな。えっと、キュリー夫人だっけ? 子どもの頃に読んだ伝記のイラストを思い出した。

「放射線を発見してくれた科学者の人、キュリー夫人、ありがとう。あなたのおかげで僕は健康になります」

 おお、それからこの機械を開発した人もいるな。

「この放射線治療器を発明してくれた人、ありがとう」

 実際に作った技術者たちもいるな。

「この放射線治療器を作ってくれた人、ありがとう」

 この機械をこの場所に据え付けてくれた人もいるな。

「この放射線治療器をここに据え付けてくれた人、ありがとう」

 この機械を使って僕を治療してくれている先生や技師の人たちもいるな。

「この放射線治療器を使って、僕を治療してくれている人、ありがとう」

 最後は全員を思い浮かべる。

「ありがとう、ありがとう、みんな、ありがとう!」

 こうしているうちに、あっという間に約10分の放射線治療は過ぎていった。

 放射線治療は毎日朝一番で呼ばれ、入院7日目から11日目まで続いた。

 ある朝、ベッドから起きてみると枕にびっしりと髪の毛がついていた。

 おお、ついに来たか。

 頭を触り、髪の毛をつかんでみた。すかすかと全く抵抗なく抜けた。髪の毛でぐしゃぐしゃのベッドはいやだなと、シャワーを浴びに行った。

 シャワーで頭をゴシゴシ洗うと、排水溝には髪の毛がびっしりとたまっていた。

 おお、すごく抜けてる。

 部屋に帰って鏡で見てみた。僕は定位照射なので、放射線が当たるところと、当たらないところがある。放射線が当たったところは見事に抜けていた。僕は髪がない地肌の箇所が横に1周ぐるり回った、ストライプヘッドになっていた。

 これじゃマッドマックスとか北斗の拳に出てくるザコキャラだな。よし、全部切ってしまえ。

 僕は病院1階にある床屋に向かった。

「どうしますか?」床屋のお兄さんは聞いた。

「全部切ってください」

「バリカンの歯も長さがいろいろあってね。歯の長さ、どうします」

「もちろん、一番短いのでお願いします」

 お兄さんが僕の頭に残った毛をバリカンで刈っていく。僕はあっという間につるつるのスキンヘッドになった。

 うん、これも悪くない。つるつるになった頭をぺたぺたと触りながら、そう思った。

 しかし数日経つと放射線の当たっていない部分が黒くなってきた。短い毛が生えてきたのだ。頭のストライプが前よりも目立つ。そこで僕は毎朝髭剃りで頭を剃ることにした。つるつるのお坊さんは毎朝これをやっているんだろうな。頭をジージーと髭剃りで剃りながら、そんなことを思った。

 6月23日、放射線治療の最終日、治療が終わった後で、斉藤先生の診察室に呼ばれた。今後のことを話すという。

「放射線治療、お疲れ様でした。脳に関しましてはこれでいったん治療は終了です。おそらく大丈夫でしょう。まあ、実際に腫れが引くまでは2カ月くらいはかかると思います。その間、光が飛んだり視界が歪んだり、そういうことが起こることもありますが、気にしないでください。時間が経てばなくなりますので」

「ありがとうございます」

「で、先日受けていただいた骨シンチの結果が来ておりまして……」

 数日前に骨専門のCT検査、骨シンチを受けていた。

 斉藤先生はPC画面を僕に向けた。そこには僕の全身の骨、ガイコツの写真が出ていた。

「えっとね、これ、あなたの全身の骨です。でね、この黒くなっているところがありますね」

 斉藤先生はガイコツの黒く写っているところの一つをペンで指した。

「この黒くなっているところが炎症が出ているところです」

「炎症といいますと?」

「おそらく、転移しているがんですね」

 僕のガイコツは、素人が見てもわかるほど、黒い斑点が無数にあった。がんは全身の骨に転移していた。

「こんなにあるんですか……」

「うん、まあ全身だね。頸椎から肩甲骨、肋骨。背骨、腰椎から骨盤、股関節から大腿骨もいってるね。放射線は骨転移にも効くんだけど、こんなに全身に転移していたらできませんね。全身に放射線を当てるわけにもいきませんから」

「はあ、そうなんですか」

「でね、ちょっとお聞きしたいんですけど、刀根さんは足がしびれるとか、そういう症状はありませんか?」

「いえ、ないですけど」

「いや、実はですね、ここなんですけど」斉藤先生は腰骨のCTの画像を映し出した。

「ここ、腰椎です。この部分、結構大きく転移してます。この転移している部分の下に神経が集まっている箇所がありまして、がんの転移が大きくなると、この神経を圧迫する可能性があります」

「はあ」

「そうなると、急に下半身や足が動かなくなったりすることが考えられます。ですので、私としてはこの腰椎の部分だけでも放射線を当てたほうがいいと思っています」

「そうなんですか」

「まあ、骨転移に効く抗がん剤もありますから、今後は刀根さんのドクターチームの判断になると思いますが、私の所見として、今お話ししたことを報告書に書かせていただきます」

 斉藤先生はそう言うと、僕の全身のガイコツ写真をプリントアウトして僕に渡そうとした。

「いえいえ、いりません」僕は断った。

 いくら気持ちが安定しているとはいえ、全身転移で真っ黒になった自分のガイコツ写真を眺めても平気でいられる自信はなかった。

 ベッドに戻ってからもしばらく、あのガイコツが頭から離れなかった。

 あんなに転移してんのか……。僕の骨、真っ黒だったぞ。ホントに大丈夫なんだろうか? 本当に治るんだろうか?

 いやいや、先のことなんてわからない。今、落ち込んでどうするんだ。今できること、それはいい気分に戻ること。よし、波の音を聴こう。

 ベッドに横になりiPodで波の音を聴く。まぶたの裏に浜辺が出現する。光り輝く太陽、打ち寄せる波……暖かな海が足元を満たしていた。ああ、気持ちいいなー。

 僕は再び至福に満たされた。

 至福から戻った後、あのガイコツ写真に囚われることはなくなっていた。僕はまた、あの根拠のない確信に戻っていた。


次回、「31 ついに来た!」へ続く

僕は、死なない。POP


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