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あなたは今までほぼ全ての人生で殺されてきたんだけど…(『僕は、死なない。』第24話)


全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則


24 過去生


 両親と会った晩のことだった。メッセンジャーにまたメールが入った。

「もしよかったら、明日お会いできませんか?」

 それは恵子さんという人からだった。

 彼女は人にはない特殊な能力を持っていた。過去生が見えるのだ。

 過去生とは、今の人生の前の別の人生。僕は以前、スピリチュアルなことに興味を持ったとき、何度か彼女に過去生をみてもらったことがあった。翌日の11日、ちょうど予定が空いていた。僕たちは両親と会った喫茶店で会う約束をした。

「こんにちは。体調はどう?」

 恵子さんはちょっと遠慮気味に話しかけてきた。 

 僕は彼女を信頼していた。彼女が過去生が見えるようになる前からの知り合いだったから、なおさら彼女の話は信憑性が高かった。彼女いわく、人と話しているとその人の洋服が変わっていき、顔つきが変わり、そして次の瞬間、過去生がいくつもダウンロードされてしまうらしい。

 この能力が突然発現したとき、頭が狂ったのかと思ったのだそうだ。今ではスイッチのオンとオフを自分でコントロールできるようになったとのこと。

 彼女のこの能力を知る人はほとんどいない。あまり人に知られたくないのだそうだ。もちろん、これでお金を稼いでいるわけでもない。

 彼女は過去生の映像を見ながら話をするので、その内容はものすごく細かい。洋服の色やデザイン、着けているアクセサリー、家の様子や部屋の間取り、どんな家具があり、どのくらい使い込まれているかとか、あるいは町の様子や周りの人々の雰囲気など、見えているとしか思えないほどの詳細さだ。

 住んでいる都市のおおよその場所、おおよその時代、そのときの政治状況など、あるいはその中でどんな仕事をし、どんな出来事に巻き込まれ、どんなふうに死んだか。全て話してくれる。

 恵子さんによると、僕の過去生はおおまかに二つのパターンに集約される。なぜかほとんどが男性として生きているらしい。

 一つは金と女を追いかけて、あっけなく死ぬパターン。

 もう一つは、政治的あるいは宗教的なリーダーになるというパターン。でもこちらも反体制側の勢力なので、ほぼ全て、捕まって殺されている。

「刀根君の今回の目標は長生きすることだって、魂的には計画を立ててるはずなんだけどね……」

 僕は前日の父との話をした。

「そう……それはよかったわ」恵子さんはそう言うと目頭を押さえた。

 実は僕と父は今回の人生が初めてじゃなかった。以前、恵子さんにも言われていた。

「刀根君、あなたはお父さんとかなり関係が深いわ」

「どういう関係? まさか、ソウルメイトじゃないよね」

 ソウルメイトとは、運命の人、恋人みたいなものだ。そんなこと、ありえなかった。

「ううん、違うわ。あなたは今までほぼ全ての人生で殺されてきたんだけど……」

 知っていても、そう言われるといい気はしない。

「それをやったのはお父さんなの」

「え?」

 いや、なるほど。いわゆる宿敵ってヤツなのか。それならわかる、すごくわかる。

「刀根君はほとんど100%、いつも反体制側。王政に逆らう野盗とか、キリスト教の異端とかそういうのばっかり。なんでそんなにいつも同じことばかり繰り返すんだろうって思うほど、捕まって殺されてる。それでね、そんな刀根君を捕まえる人が、いつもお父さんなのよ」

 なるほど、だから水と油みたいなんだ。

「でもね、お父さんは悪い人じゃない。彼は社会の秩序を守る人なのよ。社会の平和のために働いている人なの」

 確かにそうだ。父は常に社会に適応するように、子どもの頃から口をすっぱくして僕を仕込もうとしてきた。

「でも、刀根君は反対なの。いつも社会からはみ出していく。なぜか反体制側に引かれていく。そして暴れる。それが社会の秩序を乱すことになるのよ。お父さんはそれを取り締まるために政府や教会から派遣されてくる司令官なの」

 父の厳格な基準の深い理由がわかったような気がした。

「ほとんど、お父さんは刀根君を捕まえた後、やり直す気がないか、改心する気がないか、しつこく聞いてる。彼も殺したくないの。でも、あなたは頑固。絶対に首を縦に振らない。だからしょうがなく処刑されるの。典型的なのはあなたがカタリ派の修道士だった13世紀の頃ね」

 そのときの僕はカタリ派という異端キリスト教の完徳者(ペルフェクティ)という修道士だったようだ。僕の特徴的な姿を見て、恵子さんが図書館で突き止めてくれた。

 完徳者とはカタリ派の思想をその生き方に体現する人として、財産や物質、地位などから離れて禁欲的、ストイックな生活を送る人のこと。今の僕がストイックな生き方に引かれるのも、そういう理由があるのかもしれない。

 しかしカトリック教会がカタリ派を異端と認定して十字軍を派遣、完徳者をはじめカタリ派を片っ端から捕まえて処刑し、皆殺し、根絶やしにした。

 僕はその中の1人だったようだ。僕を慕う人たちと一緒に逃亡しながらゴツゴツした岩肌の露出する山の中をさ迷っていたが、ついに追っ手に捕まった。追っ手の司令官は、今の父だった。彼は言った。

「教義を捨てるのだ。自分が間違っていたと認めなさい。そうすれば、君も含めて、君についてきた人たちも全員助けよう」

 僕はかたくなだった。

「いやだ。私は間違っていない。間違っているのはカトリックだ。カトリックは堕落している。神はそんなことは許さない」

「そんなことを言わずに、命を取りなさい。死んでしまっては全てが終わりだ。自分が間違っていることを認めさえすれば、もう一度生きられるんだから」

「いやだ。絶対に認めない。認められない。神は私を見捨てない」

 そのときの僕は、自分の教義を捨てることが怖かった。

 自分が今まで言ってきたこと、やってきたことが間違っているなんて言えるか?

 必死でついてきてくれた人を裏切ることになるんだぞ。 

「いいや、間違ってなんかない。私は正しい」

 今さら命惜しさにごめんなさいなんて言えるものか。

 しかし、認めなければ皆死ぬ。

 確かに命は惜しい、死ぬのは怖くないと公言してはいたが、いざとなったら怖い。でも、それよりも間違いを認めることのほうがもっと怖い。自分が間違っているなんて、認めたくない。

 もういい、私は神に殉じるのだ。神に殉じ、神の王国に入るのだ。

 私はみんなを道連れにして、火あぶりになってやる。

 こうなったら、どうにでもなれ。

 これは教義に殉じたのではなく、おそらく僕の中のちっこいエゴだ。

 そして僕は火あぶりになった。僕を信じてついてきた人たちと一緒に。

 木の棒にくくられ、僕の足元に積まれた薪に火がつけられる。

 下から炎が身体を焼く。

 痛い痛い、火が痛い。

 僕の周りで火にあぶられる仲間たちの絶叫が響く。

 地獄だ。

 この地獄を作ったのは僕なんだ。

 あまりの熱さに気を失い、身体中真っ黒に焼かれ、じゅうじゅうと水蒸気を出しながら炭になっていく僕。

 そのとき、恵子さんは現場でそれを見つめていたそうだ。恵子さんはそのとき、僕の妹だったらしい。

「お父さんとわかり合えて、本当によかったね」恵子さんはそう言って、またハンカチで目を押さえた。

 父との昨日の邂逅で、僕と父との過去生からの因縁はかなり解消されただろう。今まで抱いていた父に対する違和感、憧れと同居する憎しみが消え去っていた。

 肺がんステージ4は、なんと僕の過去生も癒してくれたのだった。


次回、「25 新しい視界」へ続く

僕は、死なない。POP


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