❖探究学習は「学びの種」❖ まいに知・あらび基・おもいつ記(2021年11月12日)

(長さも中身もバラバラ、日々スマホメモに綴る単なる素材、支離滅裂もご容赦を)

以前に執筆していた内容がまた一つ商品として産声を上げた。昨日、献本をお送りいただいた。私は政経と倫理の一部の執筆を担当した。ここ数年、ありがたいことに共通テストの教材を執筆する機会を何度かいただいている。去年も別の教材の執筆を担当していたので、ちょうど今頃、その献本を受け取っていた。最近は、探究学習のワークシート教材を出版することがメインになっているが、法学部出身の私としては、やはり倫理・政経の教員としてスタートしているので、こちらの分野が基本線であると感じている。探究学習は最近特に注目されているし、私も教員となってすぐに勤務した学校で中高6年間の探究プログラムを企画・運営する立場で試行錯誤したので、探究学習ももちろん私にとって欠かせない要素ではある。自分の小さな頃から持っていた様々な知的好奇心とそれに基づく学びの試みは、現在の探究学習と大部分で重なっており、そちらの方が自己の学びの原点とも言えるが、それは「学習者としての原点」である。それに対して「教授者としての原点」については、法学部や法学研究科で専門の学びをし、教員として倫理・政経など公民科に関わった部分と言えるだろう。ますます注目の度合いが増しているため頻繁に開催されるようになった探究学習のセミナーに参加したり、他の人と探究学習について意見交換したりする中で、探究学習の位置づけをどう考えるか様々な解釈がなされていると感じる。全体的には、教科学習は「学びの材料」または「学びの基礎」であり、探究学習はそれらを組み合わせて展開される「学びの実践」または「学びの応用」であるという見方が強い。それゆえ、探究学習の方が発展的で高次な学びというイメージが持たれがちである。それを否定するつもりはないし、理解できる。しかし私見としては、探究学習は「学びの種」または「学びのヒント」であり、教科学習はそれを土台にして学びを広げたり深めたりする世界、すなわち「学びの開花」または「学びの具体化」と考えている。だから探究学習が原理・原則、教科学習が実践であり、どちらが発展的で高次な学びか問われ、あえて答えるならば後者とするだろう。ただ、両者は異なる学びの役割を担っていて、相互補完または相乗効果で、学びを昇華させ、両者を学んだ経験の先に、「学びの果実」または「学びの成果」があり、それが進路選択や進路実現なのではないだろうか。この探究学習と教科学習の位置付けや関わりの考察は、これからも紆余曲折しながら理解を広げたり深めたりする継続課題である。

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