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❖ビエンチャンを見てんじゃん(2)❖ まいに知・あらび基・おもいつ記(2023年3月21日)


♪サバイディー(ສະບາຍດີ、こんにちは)
昨日がラオス初日でしたが、長距離バスはやっぱり疲れますね。
日本各地を旅行するときは基本、野宿だったので、公園とかバス停のベンチなど場所を選ばずに寝られるのですが、「物理的に寝られること」と「疲れがとれる形で寝られること」は同じではなく、野宿はなかなか後者にはなりません。

長距離バスの座席も多少は斜めに倒せますが、やはり後者になりにくいですかね。

そのため3年前にも住んでいたアパートの部屋に入ると、寝てしまいました。夕方から出かけようとも思ったのですが、翌日のオンライン会議で提出する探究学習の原稿や資料がまだできていなかったので、部屋でひたすら執筆でした。その結果、初日はほとんど散策できず。

ということで今日は、友好橋からタラサオ(朝市)バスターミナルの途中、車内から撮影した様子を紹介します。

ラオスの町を歩いていてよく見かける旗は2つあります。一つはラオスの国旗です。もう一つはラオス人民革命党の旗です。その旗からもこの国がマルクス・レーニン主義の体制をとっていることが分かります。党の旗は、赤地に黄色で鎌(シックル)と槌(ハンマー)が描かれています。このマークはソ連の国旗などで有名なマルクス・レーニン主義を象徴するものとして知られていますね。

マルクス・レーニン主義や共産主義、社会主義などの政治思想の用語は厳密な意味に踏み込むとなかなか難しいので割愛します(私の力不足)。かなり大雑把には、それらの言葉が重なり合うということで、ラオスは社会主義体制の国と表現されることが多いですね。社会科の教員にも関わらず、私も大雑把に用語を使ってしまっております(もっと勉強します)。

他に、途中で大きな看板を見かけました。ラオ語で色々と書かれていますが、「2」だけは分かります。3年前にも住んでいたので、この看板の文字は分からなくても、何のための看板かは分かっているという不思議な状態です。

この看板は毎年12月2日が近づくと、政府関連の建物などに設置されるものです。何が書かれているかというと、12月2日の建国記念日(ナショナルデー)を祝福するメッセージです。1975年4月にベトナム南部のサイゴン(現在のホー・チ・ミン)が、北ベトナム軍(ベトナム戦争でアメリカに対抗していた側)によって陥落すると、隣国のラオスでも当時の政府のメンバーだった親米派などが国外逃亡をしました。その結果、政府内の急進派であるパテト・ラオ(ラオス愛国戦線の軍事部門)が実権を握り、1975年12月2日にそれまでの王政を廃止して、ラオス人民民主共和国を樹立したのです。

そんな大切な日に関わるメッセージの看板なのですが、12月2日を過ぎても設置されたままの場所もけっこうあります。これもラオスらしい牧歌的な感じだと思います。

ちなみに、「12月」はラオ語で「ທັນວາ(タンワー)」といいます。タイ語の場合は「ธันวาคม(タンワーコム)」なので似ていますね。タイ語の場合、末尾の「คม(コム)」は31日まである月の最後につく言葉(30日までの月は「ยน(ヨン)」がつきます)なので、それを除くと音は一緒ですね。

それでは今日はここまで。
♪ポップ・カン・マイ(ພົບກັນໃໜ່、また会いましょう)

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