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【小説】 冬バチが出た! 【ショートショート】

 日に日に身体が痩せて行ってしまう痩病に罹ってしまい、私はお医者様へ行かなければならないのに、とんだ災難のために外へ出られなくなってしまいましたの。

 お医者様へ行こうとアパートメントのボロ玄関の扉を開けてみて、なんと仰天。
 体長十センチ超えの見事な冬バチがぶぅーん、ぶぅーん、と羽音を立てて通路を行ったり来たりしていらっしゃったのです。

「あら、やだ!」

 驚きのあまり素っ頓狂かつ、おきゃんな声で叫びましたところ、たまたま出掛けようとしていたナウでヤングなお隣さんが私の声に立ち止まってしまい、無念にも冬バチの餌食になってしまいました。

 冬バチはお隣さんのドタマに「ズブリ!」と針を突き刺すと、倒れたお隣さんに馬乗りになって、実にんまそうにんまそうに、その体液をじゅるじゅる吸い始めたのです。
 これに味を占めたのか、冬バチはアパートメントから立ち去ることもなく、共用部にとても大きくて超絶グロテスクで真っ赤っ赤な蜂の巣を作りましたの。

 お隣さんの成分たっぷりな蜂の巣は脈をドクンと打つ青黒い血管が浮かんでいて、夜中になると時々、人の声のような、オーボエの低音のような、実に不気味な音を発するのです。
 あぁ、なんと悍ましいことでしょう。

 恐怖に慄いて三日目。私、このままでは永久に外出できないことに気が付きましたの。
 それに、このままではお医者さんにも罹れず痩病が進行してしまいます。

 日頃は口にしない、押入れにとっぷりと溜め込んだ「カップ麺」を啜りながら、私、市役所にお電話致しました。英断とも呼べるでしょう。
 でも、電話を掛けてみて仰天致しましたの。

「そこのアパートですけど、他の部屋からも電話があって、昨日冬バチの駆除に向かったんですよ」 
「あら。じゃあ、もう心配は無用ですのこと?」
「いえいえ。作業員は刺されて死にました。それも、立て続けに三人も」
「ええ! では、どうすればよろしいのこと?」
「うーん。春になるまで外に出ないようお願いします、としか」
「ええ! 私、痩病でお医者様に行かなければなりませんのよ!?」
「ははは、痩病なら何も心配はありません。食って寝りゃ治ります。では」
「ちょっと! お待ちなさい!」

 絶望しましたの。同じく警察にも電話を掛けてみた所、冬バチに刺されそうになった警官が刺される寸前で拳銃自殺したのでもう行かないですとか、消防は火事が多発しているので向かえないとか、とにかく成す術がなくなりましたの。
 私、部屋の中に溜め込んだ非常食を確認しながら何とか越冬は出来そうだと判断して、春が来るまでひきこもることを決意しましたの。

 ひきこもって過ごしている内に冬バチは次から次へとアパートメントを通り掛かる人間を刺しては殺し、刺しては殺しを繰り返しましたの。
 すると、冬バチはヒト細胞をたくさん取り込んだせいか、いつの間にかヒトの言葉を発するようになりましたの。

 ぶぅーん、ぶぅーん、という大きな羽音に混じってこんな言葉が聞こえて来るのですわ。

「今日は株主総会、当たり目は6-3-4、端っこだけ食べるのがおいしいクラブに行きたい、どうもお世話になりますが電池がなくなりそー」

 バラバラになったヒトの記憶でしょうか、とにかく意味不明な言葉の羅列が不気味で不気味で仕方ありませんでしたの。
 あぁ、早く春が来ないかしらと思いながら過ごしていると、とても暖かな朝を私、迎えましたの。

 カーテンを開けて外を眺めてみると、間違いなく春の柔らかな陽射しが近所の野っ原に燦々と降り注いでいたのですわ! 
 ようやく春がやって来た! 私、嬉しくなってたまらず外へ出掛ける準備を始めました。
 実は、少しも動かずにカップ麺生活を送っていたおかげで体重は元の二倍にもなったのですわ。

 きつくてたまらなくなったお洋服に無理矢理袖を通し、玄関を開けますと春の暖かな香りがふわっと薫りましたの。

「まぁ! 春ですわ!」

 いつの間にか痩病が治ったのも、冬バチさんのおかげですの。
 すっかり春になったから、もうお会いはできないでしょうけど、猛烈に感謝を伝えたい気分に私、なりましたの。

「冬バチさん! あなたのおかげですっかり痩病が治りましたのよ! また、次の冬にお会いしましょうね!」

 青空に向かってそう叫ぶと、ぶぅーん、ぶぅーん、という大きな羽音に混じって、こんな声が聞こえて来ましたの。

「まだ、二月ですよ」

 そうでした。異常気象の影響で、近年は二月でもこうやって春みたいな陽気になることを、私すっかり忘れておりましたの。
 振り返ってみると、私に負けず劣らず丸々と肥えた冬バチさんが、右に左にと、楽しげなダンスを踊るような動きでゆらゆらとこちらへ向かってスッ飛んで来るのが見えましたの。

「ぎゃあ!」

 私は、素っ頓狂でおきゃんな声で叫びました。
 次の瞬間、「ずぶり!」と脳髄に電撃を食らったような痛みが駆け抜けて、私の意識は遠い遠い何処かへ、消えてしまいましたの。

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