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呑んで、呑まれて、クソ暴れ 【エッセイ】

こんにちは。あまりに暑い日が続いていますが、皆さんが一体どうやってこの酷暑を凌いでいるのか甚だ疑問で仕方ありません。
日本人の夏のベスト・ワンは「シベリアで水遊び」と昔から相場が決まっていますが、昨今の世界情勢を鑑みるとそれも難しいようなので、直径一キロメートルの「空飛ぶクーラー」が配備されることを切に願っております。
ちなみにこの巨大クーラーは僕が小学五年生の時、クラスでいじめられていて誰も遊んでくれなかった夏の昼休み、ひとりぼっちでいた校庭の隅の松の木の下で閃いた地獄のアイデアなのであります。
僕が小学六年になるとイジメは止みましたし、あの頃右も左も皆分からなかったんでしょうが、みーんな良い大人になりました。
僕をいじめていた人達、どうか末代まで全員不幸になりますように。

はい、という訳でエッセイ(にすらならない)話をひとつ。

その昔、僕はスーパー底辺ブルーカラーの人間としてある家電物流倉庫で働いていた。
配属されていた部署はメンバー全員屈強な男達から成る場所。出荷する主な商材はエアコンで、軽くても最低三十キロ、重い物になると八十キロにもなった。
初日、あまりのキツさに仕事が終わると同時に次の日からバックレようと思っていた所をまんまと主任に見抜かれてしまい、「こっちは住所知ってるんで。家まで迎えに行くから」と優しいご配慮を頂いたおかげでひーこら言いながらも世話になるハメ、いや、こととなった。

初日に泣きそうになりながら
「おもいよぉー!いやだよぉー!」
と引きずっていたエアコンも、いつの間にか
「オラァ!しゃあ!ゴラァ!!」
と声を張り上げて(※本当です)ガンガン運べるようになっていた。

その部署の中でリーダーをやっていた「Fさん」は背が低いのに人一倍横幅が大きく、声も大きく、そして態度も大きく、女にはまるでモテない不器用だけど割と面倒見が良い人だった。
新しい新人(奴隷)が来るたびに「うしっ!今夜はいっちまうかぁ!」と声を上げ、部署内全員で飲みに行くのは恒例行事となっていて、しこたま飲んだ翌日なんかは十一人いるメンバーのうち六人が欠勤(しかもFさんも欠勤)などという醜態を晒すこともしょっ中あった。

他の部署は女性も男性もいるので慎ましやかな性格の所が多かったが、僕のいる部署はメンバーもドライバーもゴリゴリの雄野郎の集まりだったので、そりゃもうとにかく男臭いったらありゃしない現場だったのである。
僕の小説は口の悪い人物が多く出て来るが、その多くのモデルがこの頃に出会った人物だったりしている。

その中の一人、沖縄から働きに関東へ出て来ていた「O君」は僕の「シザーゲート」という作品で彼の嫌な部分だけをしっかりと抽出したある登場人物のモデルになっていたりもする。


そのO君だがかなり捻くれた性格の持ち主で、仕事はとても出来るのだがとにかく口を開けば悪態を吐く人物だった。
暑い日の倉庫作業は熱中症で倒れる人も多く、僕の通っていた倉庫も一日一回は救急車が来たりしていた。(僕も倒れたうちの一人だ)
そんな中、隣の部署のおばちゃんが一番汗を掻くうちの部署の野郎共を気遣って冷たいチョコレートを差し入れに来たことがあった。

皆頭を下げてチョコをもらい、おばちゃんが立ち去るのを見送ると同時にO君はこう言った。

「あのクソおばぁ、俺がチョコなんかで騙されるかってんだ。ババアの癖してキィーキィー声出しやがって恥ずかしくないんですかね?チョコなんかもらったってどうせ溶けるし喉乾くし、ったくこれだから埼玉の田舎ババアはセンスがねぇーんですよ。マジいらねぇ、持ってくるなら金でも持って来いってんだよ」

そう言って本当に手渡された「ビッツ」チョコをゴミ箱に投げるのであった。
なんという歪んだ精神の持ち主なのだろうとこの時は本当に驚いたのだが、彼の良い所は誰に対しても平等に悪態を吐く所にあった。
僕も年中思いついた冗談をすぐ口に出してみんなを困らせるたび、O君に「誰も笑ってないし、正直疲れます」と真顔で言われたりしていた。

忙しいのを言い訳にしてあちこち逃げ回る現場責任者との話合いの際など、彼は正面切って臆せずに堂々と

「あんた、クズっすわ」

と真顔で言って退けたりもする。

そんな諸刃の剣みたいな性格のO君であったが、酒を飲むとそれなりに陽気になるので少しは可愛げがあったりもして、僕は彼のことを割と気に入っていた。

現場の商材管理をFさんが、人員管理を僕が担当することが多く、現場をどうやって効率良く回して行くか話し合いをしている時もO君は率先して意見をしてくれるのでありがたい存在でもあった。
O君の悪態は今でも良く覚えていて、列挙するとこんなのがある。

「ここに来てる奴等は全員負け組のクズ野郎」
「職場じゃなくて人間教習所です」
「ほらっ、日払いもらう為にあいつら行列作ってるじゃないですか?あれを「じゃらん」に載せてもらって新しい観光スポットにしましょうよ!」
「会社のバスはボロだし、乗ってる奴はボロ着てる」
「外に出たら一円にもならない仕事っす」
「こんな場所だと夢を見ても話す相手がいないじゃないですか」
「お台場の海の色は住んでる奴らの心の色です」

ほぼ毎日こんな言葉を吐き続けるO君だったが、リーダーのFさんは時々叱りつつも嫌ってはいない様子で飲みへ出掛ける時はいつも欠かさずO君を誘っていた。

しかし、O君は誰かと交流するのを前向きに好むタイプではない上、Fさんと飲みに出掛ける頻度が増えるとそのうちFさんの悪態を僕に吐くようになっていった。

「あのおしゃべり豚野郎は一人じゃ飲みに行けないんすかね?行く所もションベン臭いガキが騒ぐだけのキャバとか、枯れ木みたいなババアがいるスナックばっかなんすよ」
「Fさんは彼女居たことがないし、これからもきっと出来ないからきっと寂しいんだよ」
「そんなの俺の知ったこっちゃないっすよ。そろそろマジで面倒臭くなって来ました」
「まぁそんなこと言わずに付き合ってやれよ」
「なら大枝さんも一緒に来て下さいよ。頼みますよ」

こう頼まれた僕は困りに困った。
僕はその頃から大きな飲み会以外は顔を出さないようにしていたし、家がみんなより遠かったので飲みに出掛けること自体が鬱陶しくて仕方なかったのである。

その頃のFさんは確かに連日浴びるほど飲み歩いていたし、あんまり行かないのも犠牲者を増やすばかりなのでちょこっと釘を刺す良い機会になるかもしれない。
そう思った僕はその日、Fさんの誘いに乗って数人の男達で飲みに行くことにした。

行き先はFさんがかつてボーイとして勤めていたスナックで、お店とはズブズブの関係であることが伺えた。
他のメンバーに聞けばFさんはどうやらママに借金があるらしく、仲間を連れて飲みへ行くと幾らか帳消しにしてもらえるシステムになっていたのだ。
つまり、僕らは多少ボラれていたらしかった。

ちなみに喫煙率、飲酒率共に100%の部署内でパチンコをやっていなかったのは僕だけだったので、毎日のように「あんなに楽しいことをしないなんて、頭がおかしい」と言われ続けていた。
Fさんの借金の原因ももちろん、ギャンブルだった。

その時期、Fさんは負け込んでいてそのストレスから逃れる為に連日飲み歩いていたようであった。
タカが外れたように飲みまくって騒ぐFさんの姿に多少引きつつも、僕も煽てられてカラオケをしたりして何とか場を盛り上げようと必死になった。

スナックなので接客する女の子がいるのだが、気が付けば周りの男連中は女の子とのお喋りに夢中になっていて、僕が歌い終わるとすぐに次の曲を入れられるので間髪入れずに歌い続けるという何処か作業じみたことを延々させられた挙句、僕の隣についたのは「ボーカリスト志望」のボーイで、僕は彼と二人でデュエットしたり、彼からボーカル論について熱弁を振るわれたりと、まぁやられたい放題やられていたのであった。

そんな中、ちょっとした揉め事が起きていた。

Fさんがお気に入りにしていたお店のRという女の子がO君を気に入ってしまい、膝をつけ合わせて話し込み始めたのだ。

O君は切長の目のウルフカットというワイルドな風貌で、中々のイケメンだった。

一方、Fさんは小柄なのに百キロ越えの「歩く鏡餅」のような体型をしており、顔はおかめ納豆のパッケージにそっくりだし髪はボサボサで、手入れされていない揉み上げは尾崎紀世彦そっくりだった。揉み上げが伸び過ぎていつかサーベルタイガーのように脳天を突き刺して死んでしまうんじゃないかとヒヤヒヤするくらい、とにかく揉み上げが凄かった。

悪酔いしたFさんはRちゃんの気を逸らそうと、ネチネチとO君を口撃し始めた。

「R!(いきなり呼び捨て)この男はマジでクズだから近寄らない方がいいぜ!※語尾が「〜ぜ」なのです」
「え〜?めっちゃ私のタイプなんよー。少しくらいクズでも全然良くない?」
「はぁっ!?ふざげー!Rはマジで男見る目がねぇなぁ!しゃーねぇなぁ、みんな!Oの悪い所Rに教えてやっちゃって!」

この時、O君は俯きながら「俺、本当にクズなんで」と終始Rに向けて笑っていた。
周りにO君の悪口を言わそうとするFさんの態度を見兼ねた年長者のNさんが、苦い顔をしながら止めに入る。

「Fちゃん、それは良くないだろ。落ち着いて飲もうよ、な?」
「っちげーよ!俺ぁ冷静だよ!Rがおかしなこと言ってっからさぁ!」
「冷静じゃないだろ。ほら、座って。大枝くん!あれ歌ってよ、イエモンのラブラブショウ!」

僕は思わず椅子から転げ落ちそうになった。ジジイの口から出たリクエストがまさかのイエモンのラブラブショウながら、今このタイミングでそれを歌わせるか!?とも思ったのだ。 
RはO君を相手に今にも愛とか言いそうな雰囲気だし、Fさんはそれを阻止する気満々だ。
でも僕は何処までも傍観者気質なので「はい」とだけ返事をして唄うことに集中し始める。

演奏が流れ始めてしばらくすると、Fさんが突然立ち上がってO君を指さしながら何か吠え出した。
Rは首を横に振りながら何か抗議していて、その間もずっとO君は俯きながら酒を飲み続けている。
僕は歌詞を飛ばさないように集中して唄っていたけれど、こりゃあ何となくマズイんじゃないかなーという気がして周りに目配せして演奏を止めてもらうと、Fさんの怒号が聞こえて来た。

「テメーはいつもそうだよ!仕事だってナメた態度でやってっからいつまで経ってもペーペーのままなんだよ!」
「あーはいはい。すいませんねー。僕が悪いですねぇ」
「あぁ!?テメーオモテ出ろよ!」
「いえー。僕はクズなんで、はい。そういうのはしないです。大人しく座って飲んでます」
「それでも男かよ!?なっさけねぇ!ぶっ飛ばしてやっから立てよ!」

周りがすかさず止めに入ったものの、僕はマイクを持ったままキョトンとしてしまった。
なんだこのどうしようもない最低な修羅場は……!!
阿修羅像が見たらこんな光景、情けなさ過ぎて多分悲しむだろう。

モテない男がモテる男に僻み根性丸出しで突っ掛かる姿は正直見ていて気持ちの良いものではないが、僕はこういう光景が大好きなのである。
わぁー!もっともっと!と内心思いながらも、一応顔だけは真剣なフリをしつつ、止めに入る。

「大枝君、いいよ!どけよ!今日こそはOの野郎ぶっ飛ばして性根叩き直してやっからよ!」

ぷぷーっ!ぷっぷっぷー!俺から言わせりゃどっちもどっちだ馬鹿野郎!クソしてマスこいて寝ろ!
と言いたい所ではあったが、Fさんの想いに真摯なフリを装ってこんなことを言ってみる。

「俺から後で言って聞かせますから!落ち着いて下さいよ!警察呼ばれますって!」
「あーいいよ!呼べよ!その代わりしこたまぶん殴ってやっからよ!」

わぁ、暴走鏡餅!こりゃあー大変だぁー!と思っていた矢先、背後でガタン!と音がしたと思ったらO君が立ち上がっていた。
立ち上がった姿勢のままコップを逆さまにしてRにぶっ掛けると、突然ニヤニヤし始めた。その行動に流石の僕もドン引きした。

「Fさん、こんなションベン臭い田舎のイモブスに熱上げてみっともねぇーって自分で思わないんすか?」
「ブス……ブスって誰のこと言ってんのよ!?」
「テメェだバーカ!鏡見てみろよ、しっかりとしたブスが映ってっからよぉ!さっきから近付いて来て話し掛けてきやがって、テメェの股からションベン臭ぇ匂いがプンプンして来てずっと吐きそうだったわ!なんだよ、こんな三流スナック連れてこられて金取られて楽しくもねぇバカ騒ぎして。テメェらバカか?バカの集まりだろ?おまえらの払った金、Fさんの懐に入るようになってんだって。アホ臭」

この瞬間、スナックの中はシーンと静まりかえった。
僕らとは無関係の数人のお客さんもどよめき始める。
枯れ木みたいだけどいつもは賑やかなママさんも実にバツの悪そうな顔を浮かべ、そそくさとキッチンの奥へ消えて行く。
初めてやって来たメンバーもいて、不安げな顔でFさんに「マジっすか?」と尋ねるも、Fさんは固まったまま動かない。
しかし、O君の悪態はまだ止まらなかった。

「毎日毎日、年が上だからって偉そうに講釈垂れやがって。誰がテメェらの日頃の行い見てて「その通りです!」って言うと思う?おまえら負け組だろ、全員。クソがクソの足の引っ張り合いして、マジで情けねぇ。Fさんも、おまえらも、この店も、このイモブスも、全員下らねーわ。仕事もあんたらとの付き合いも、金輪際やめさせてもらいますわ。下らねぇ、あー!くっだらねぇ!」

そう言ってから落ちていたグラスを拾い上げ、思い切りガラステーブルに叩き付けるとO君は店を出て行った。
僕は後を追い掛けるだけ追い掛けてみたものの、その姿は何処にもなく、電話を掛けると笑いながらO君は出た。

「いやぁー!スカッとしたぁ。マジあの豚死なねーかなぁ。大枝さん、散々世話になりました。ありがとうございました」
「何処にいんだよ?戻って来いよ」
「いや、もういいんす。これ以上いてもバカがうつるだけなんで。大枝さん、頑張って下さい。じゃあ」

そうやって一方的に電話が切れ、何度掛け直してみてももう繋がることはなかった。
しかし、最後のO君の声はとても清々しい!といった様子で、少しも落ち込んでいたり怒っていたりしている様子はなかった。

その後本当に仕事を辞めたO君だったが、後日僕らが飲みへ出掛けると市内のバーで働いているO君に偶然出会い、あれ以降ギクシャクしていたFさんとも和解を果たした。
職場にO君の実印が何故か置きっぱなしになっていたので後日そのバーに届けへ行くと、そのバーもやはり退職していて連絡もつかずじまいに終わった。

あれから彼はどうしているのか誰にも分からないし、沖縄に帰ったのかもしれないし、野垂れ死んでないと良いなぁとたまにふと思ったりすることはある。
僕もその数年後、業務そのものに飽きてしまい半年間話し合った末に退職した。退職後、私物を回収しに行くとスーツ姿なのにも関わらず「現金やるから」と言われて数時間働かされたのも今では良い思い出だ。
退職後も数人と連絡を取っていたが、今も繋がりがあるメンバーはもう誰もいない。

豪快で女に全然モテなかったFさんは数年前、職場で起こした事故がきっかけで心を病んでしまい、その事故からわずか数日後の春の日に自室で首を括って亡くなった。

そんな頃もあったなぁと思いながら、何となく書きたくなって書いてみました。
O君も少しは落ち着いた大人になったかな。
僕はまだまだ傍観者のままです。

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