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僕の古い記憶という小説 4

 これまで少しずつ話してきた僕の記憶。きっと察してくれてるだろうなぁとは思うけど、僕はいわゆる「普通」の家庭で育っていない。
 長男はアニメとパソコン(黒背景に緑文字しか出ないデカイやつ)に没頭し、「岳、俺はナウシカと結婚するんだ」と、どこか変な目をしながら僕に決して叶うことのない大きな夢を語っていた。 
 次男は部屋でドラムを叩き、バタフライナイフをチャカチャカ鳴らし、中学三年の時に「車買って来た」と言ってどこから買って来たのか分からない外車のゴルフを乗り回していた。
 そんな風な家で育ったもんだから、うちの兄二人は成人してから会社勤めのような仕事には一切就かなかった。去年再婚したばかりの一番上の兄は最近(本当最近)になってから「植木職人になりたい」と言って、突然仕事を変えたくらいだ。
 遺伝子なのかもしれない。そう思えば、僕の幼少期の中にいた大人達はやはり、だいぶ変わり者が多かったように思う。中でもぶっちぎりに変わっていたのは、父親の兄・通称「アニィ」だった。

 生まれ育った山奥の春は、いつでも美しかった。家の裏手の小高い丘では小さな花々が咲き乱れ、蝶々が舞う中を近所の女の子達が花摘みをして遊んでいた。そのすぐ傍の畑では、蚕だけでは食べていかれないカズ君のお爺さんとお父さんが必死に汗を流していた。後年、僕が「秘密基地作ろうぜ!」と発案し、畑の真ん中にやぐらみたいな物を作ったおかげで畑がめちゃくちゃになり、カズ君のお爺ちゃんにボコボコにされた事もあった。そんな長閑な山の中に、ある日突然「アニィ」がやって来た。
 僕が生まれる少し前、隣町でうちの家族は暮らしていた。小さな町営住宅だったらしい。近所に住んでいたアニィは兄弟の中でも特にうちの父親の事を可愛がっていて、毎晩のように出入りしていた。
 出入りする最も大きな理由は「金の無心」だった。金の無心の意味をgoogle先生に聞いてみたところ

金銭を無遠慮にねだって得ようとすること、思慮なく金をせびることを意味する語。 

というごもっともなお答えを頂いた。当時仕事もせずにフラフラしていたアニィは実に遠慮なく、僕の両親に金をせびり続けた。
 末にオタクとヤンキーになる兄二人。その子供達の為に両親は英才教育をさせたいと望んでいた。その目に炎を滾らせ、地域で一番評判の良い幼稚園へ入れ、ピアノ教室や英語教室へ通わせるという野望を持った。それにはもちろん、金が掛かる。金が掛かるので、ある日を境にアニィの無心をきっぱりと断ったらしい。
 それでもアニィはめげずに、昼夜に渡り金の無心をし続けた。もう駄々っ子の域である。

「兄ぃが死んだらよぉ、ゴロちゃん(父親の愛称だ)悲しいよなぁ?」

 そんな風な事を、家の外から近所中に聞こえるようにアニィは喚き散らしていたらしかった。そこまでするならもういっそ普通に働いた方が楽なんじゃないか?そう思う人もきっといるだろうけど、忘れてはいけないのはアニィは普通じゃないって事だ。
 いよいよ金が搾り取れないと諦めたアニィは絶望し、疲弊し、錯乱し、両親と幼子の住む町営住宅に火を放った。
 
「兄弟を見捨てるようなひとでなしは死ねばいい!」

 という論破不可能なアニィ理論により僕の家族は殺されかけたが、国家権力のおかげで無事に生き長らえる事が出来た。かなり遠くの塀の向こうに収監されたアニィだったが、僕がすくすくと育ち、猫と戯れ、カヨちゃんに密かな恋心を抱き、カズ君と「どっちのハナクソがデカイか勝負」をし、ようこそここへ♪と光GENJIの物真似をしている間に出所を迎えていたのだった。
 生まれて初めてアニィを見た時の印象を今でもハッキリ覚えている。まだ小さかった僕はアニィを見た瞬間に「死神が来た!」と思ったのだ。
 アニィは痩身で色黒く、狭い額には剃り込みを入れ、剥き出しの前歯数本はキンキラと輝く金歯だった。それに、初めて見た時は隣に派手な格好のオバサンを連れていた。その姿が何故か、幼い頃の僕に「死」を連想させたのだ。
 うちに来た用件は変わらず金の無心だった。
 居間で父親と母親がアニィに頭を下げていて、アニィとオバサンが「まぁまぁ」と宥めていた光景が印象的だった。
 それから数週間が経った頃、まるで改心したかのようにアニィが「仕事をするから」という理由で我が家にあったダンプを一台貸して欲しいと父親に頼んで来たのだ。社会復帰(デビュー?)をして、とにかく一日でも早く金を返したいとの事で、それを喜んだ父親は死神アニィとたまにはこうして肩を並べてwo woと言わんばかりに酒を酌み交わし、どんちゃん騒ぎをして夜を明かした、という所までは良かった。
 アニィの門出を祝いながらダンプを貸してすぐ、我が家にH市にある大型車専門店から電話が入った。電話口の母は話しを聞いた途端、あらまー!と口を開いて固まったそうだ。

「チンピラがダンプ売りに来てるんだけんども、おたくのダンプ、今どこにある?」

 そう、アニィはまるで懲りていなかったのだ。

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