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【小説】 手紙 【ショートショート】

初めておまえを見た時さ、正直あまり好きな奴じゃないと思っていたんだ。それを後に言った時、おまえは「俺も」と言って、それでも少し残念そうな顔をして笑い合ったっけな。
格好つけるのが誰よりも下手くそだった。斜に構えて見る夕暮。深夜、座り込んで手元で転がす空缶。
毎日生まれる新しい会話。手に取った楽器でダベった朝方。排水溝にねじ捨てた煙草の山。
遊ぶ場所もないクソ田舎じゃ暇潰しは夢を語るくらいしかなかったな。その夢も言葉にするたびに遠くなって行くようで、おまえは「飾りみたいだ」って笑ってたっけ。

誰と誰が喧嘩したとか、誰と誰が付き合ったとかマジで下らないって俺にはぶち撒けてた割にそんな話にばかりおまえは巻き込まれてたな。
待ち合わせた無人の駅前。汚い犬と一緒に歩いて来たおまえに俺は聞いたんだ。

「その犬どうしたん?」
「いや、歩いてたら懐かれてさ。だから連れて来た」

あの犬は途中でどっかに行っちまったけど、なんだかおまえに懐いた犬の気持ちが何となく分かった気がした。

よくある17の光景。夏の日に買った単車を転がして、おまえは何処までも遠くへ行けそうな顔をしていた。
だけど、遠くに行っちまったのは俺だった。
人に慣れないフリを続けたおまえはいつの間にか皆の中から外れ、孤独になっていた。
俺は誰かに「助けてやれよ」って言われるたび、「そんなんじゃねーよ」って、じゃあどんなんだよって自分に腹が立っていた。
それでも環境が切っちまった糸口を繋ぐ方法は見つからなくて、おまえはとうとう一人ぼっちになっちまった。

昼過ぎ。高校前の坂道。登る俺と下るおまえ。
ハイタッチして「おつかれさん」って、それが一年で交わしたたった一つの言葉だった。
その日はなんだか嬉しいという気持ちよりも、むしゃくしゃした気持ちになっていたんだ。
散った桜を掻き集めて、屋上からばら蒔いた。
花弁は一瞬だけ黄昏を隠して、風に乗ってまた元の場所へと戻って行った。
離れ離れの桜は散り散りになったまま、次の春を迎えた。

許してくれなんて言わないし、許してやるなんてことも言われなかった。
けど、本当は毎日不安に苛まれていたことをずっと後になってからおまえは話した。台風の夜だった。
なんで言ってくれなかったんだよって言う前に、なんで聞いてやれなかったんだよって自分を責めた。

当たり前みたいに目の前にいるおまえが抱えていた当たり前じゃないものから、俺は目を背け続けていた。
生まれて初めて掛けた「親友だよ」なんて青臭い言葉におまえは泣いて、俺も少しだけ泣いた。

大人になるにつれ不器用になる俺達に行くアテなんて無かった。
何処にいても、何をしていても、ここじゃない、これじゃないんだって腹が立って仕方なかった。 

「普通の大人になんかなりたくないね。まっぴらごめんだよ」

そんな言葉ばかり吐いていたよな。時給900円のクソみたいな生活の中に肩までどっぷり浸かって、深夜のファミレスでそんな生活から生まれたクソを眺めながらおまえと鬱憤をぶち撒けていた。

「俺たちは何処に行くんだろうね。
俺はいつかさ、頭が空っぽな何も考えない人間になりたいんだ。あぁいう奴らが羨ましいよ」

ツバの折れていないヤンキース帽を脱いだおまえは髪を掻き上げながら、照れ臭そうにそう言った。 

それからおまえは空っぽになろうとして、余計なものを沢山捨てて行ったよな。
後ろ向きな自分、希望を奪う言葉、曇りがちな休日、自分で巻いた鎖、目に見えない小さな軋轢。
次々と捨てて行って、おまえは何かに喜ぶ姿を人に見せるようになった。

その頃のおまえは前を向き始めていたっけな。それまでの鬱憤を投げ捨てて、ようやく将来について考えることが出来るようになったって言っていたな。
全然似合わないのに、突然バーべキューの道具をうちに借りに来たこともあった。
どうしたのかと思って聞いてみたら「声を掛けたら人が集まったんだ」って、嬉しそうに言っていたよな。
参加するのは何だか野暮なような気がして、用事があるからって俺は嘘をついた。野暮だったのは俺の方だった。

それからすぐの事だった。あの夏の蒸した夜に交わした「またな」って言葉が最期になった。

医者から脳が死んでると言われてからおまえが本当にこの世界からいなくなるまで、俺達はおまえに必死に声を掛け続けていたんだ。
びっくりして起きるんじゃないかと思って、俺はおまえの恥ずかしい話まで皆の前で聞かせてやった。
笑い声が響くICUの真ん中で、おまえだけが寝顔のままだった。
なんで真顔なんだよって無理矢理笑おうとして、悲しくなった。

雨の日に旅立ったおまえに掛けられる言葉は何も無かった。焼香の列。泣き崩れる女。先の削れたピックと、最期に投げる花束。持ち上げた棺の軽さ。焼き場に並ぶ写真の中でおまえだけが若かった。

何の関係もないはずの焼き場のオッサンがさ、点火のボタンを押す時に泣いてたんだ。
とても辛そうに泣いていて、俺はその時間だけ泣くのを堪えたよ。
あの日から季節は止まることなく流れ続けて、おまえのことを話す奴も今ではすっかり減っちまった。

声を聞かせてくれよ。返事をしてくれよ。
そっちはどうだい?うまくやってるか?

そんな言葉を吐き続けてどれくらい経っただろう。
いまだにおまえの声は聞こえて来ない。いまだに何の返事も返って来ない。けど、そんなことくらい初めっから分かっていたよ。

きっと間違ってないって思って生きているよ。
だからおまえは何も言わないんだろう?

おまえには悪いけど、あの頃罵っていた普通の生き方にさ、俺は少しずつ近付いているよ。
それがさ、案外心地よかったりもするんだ。
そんな俺を見て呆れてるかい?それとも「まぁ、いいんじゃない」って笑ってるか?

俺はこのまま歩いて行こうと思うよ。
あと何度出会えるか分からない桜も、散って行くのを静かに眺めていようと思ってる。

いつかそっちで会えたらさ、また一緒に並んで夕日を眺めようぜ。
その時は斜に構えず、真正面から眺めてやろう。  

まぁ、それまでは元気でやるよ。
寂しい時があってもまだ呼んでくれるなよ。
おまえの事をもう少しだけ想いながら生きていたいからさ。

じゃあ、またな。


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