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【小説】 無職遊戯 【ショートショート】

 私は、無職である。
 失業給付金を元出に暮らしてはいるが、働く気持ちは今の所、持ち合わせてはいない。
 給付金の為に落とされることを前提で月に二度の面接を受けるのが今の仕事らしい仕事であり、その他に至っては何もしていない。

 先日はホストクラブのアルバイトの面接を受けた。
 私は御年五十二歳、腹には脂肪がたっぷりとついており、潰れた一重瞼に鼻は上を向いていて、おまけにハゲと来ている。さらに言うならば童貞であり、独身である。

 ホストクラブへ面接と行くと、サングラスを外そうとしないチャラついたオーナーが私の顔を見るなり、手を叩いて噴き出した。

「うっわぁ、マジで面接来たよ! 年齢聞いてビビったけど、あんた想像以上にジジイだね!」
「はい。一応、ラルクアンシエルより歳下ではあります、塚本卓と申します。特技は、日に三度の自慰行為です」
「あー……そう、悲惨だなぁ。うわぁ、うちの親父より年上だもんなぁ……悲惨だなぁ……」
「自分でもつくづく、そう思います」
「だよねぇ……そりゃ、思うよねぇ。なんていうか、今まで良くぞご無事でって感じっすけど……うわぁ……」
「うわぁ、ですよね」
「まぁ、立ち話しもなんですから……もう、帰ってもらって結構です」
「はい。わかりました」

 面接は無事に落ちたものの、チャラオーナーは帰りしな「何も出来なくてごめんだけど」と、何故か一万円札を私に握らせてくれた。
 オンナにモテる男というのは男にもモテるとは聞いたことはあったが、正にその通りなのだろうと実感した。

 私は無職ではあるが、無職が家に引きこもってばかりだと思ったら大間違いである。
 中年無職の癖の悪い所は、働いた経験があるからこそ実に偉そうに「社会参加」したくなる欲求に駆られる点にある。
 金は支給されるのだから、フラフラせずに家に居て釣り案件だらけの派遣求人サイトでも眺めていればよいものの、どうしたってウズウズして来てしまうのである。

 なので、近頃の私は近所のスーパー「ふぁみーマート」へ朝から出向き、自主的に万引きGメン活動を行うのが日課になっているのである。

 スウェット姿の私の来店に、パート従業員達がうんざりしたような怪訝な顔を浮かべているのは知っている。しかし、これは正義の活動なのだ。

 それに、怪訝な顔をされると私は性的な興奮を覚えるのでその顔を鮮明に脳内録画し、帰宅後に直ぐにセンズリをコく、というラッキースケベ的な要素さえ含んでいることは秘密である。

 本日も開店早々からふぁみーマートをうろつき始めて一時間。ついに、動きのおかしな老人を見つけてしまった。
 黒いジャンパー、よれよれの野球帽と風貌からして既に怪しげではあるが、私と同様、買い物カゴさえ持たずによぼよぼとした足取りで店内をウロウロしているのである。

 これは、どうやら山が動きそうだ。
 老人に気付かれないよう棚の死角から覗き続けていると、ヤッコさんがついにやりやがったのである。

 鯖の缶詰を手にしたと思ったら、それをそっとジャンパーのポケットへしまったのだ。
 相当に慣れた手つきで、プロの犯行だと見えた。私は常々夕方の万引きGメン特集を拝見していたので、素人か玄人かは判別する自信があった。

 そのまま店を出ようとする老人の背後をついて行く。
 声を掛けて殴られたらどうしようと思ったが、私は自分が力で勝てるであろう弱そうな老人ばかりに張り付くので、恐らく問題はないはずだ。

 力の強そうな主婦や、ヤンキーがそのまま大人になったような悪人相の人物には、私は目すら合わせない。何故なら、殴られたら確実に勝てないからだ。

 ヨボヨボした足取りの老人の背後から、私は思い切って声を掛けた。

「おじいさん、ポケットの中のモノを出して!」

 決まった! まるで本物の万引きGメンのように、スラスラ言えた! 
 そう思ったのだが、老人は聞こえていないのか止まることはなかった。
 それどころか、若干歩くスピードが上がったため、私は追い掛けてその肩を掴んでやった。

「おい、ジジイ! しらばっくれても無駄だ! ポケットの中の鯖缶を出せ!」
「う、うぉ? これ、これは、買ったんだよぉ」
「嘘つけ! あんたねぇ、買ったならレシートを見せてみなさいよ!」
「レシィトはぁ……捨てたんだよぉ」
「あんたね、ご家族を泣かせたいの?」
「家族は、いないの。ボク、独身おじいちゃんなの」
「そうか! 俺もだ! よし、通報する!」
「やめてよぉ」
「やめない。やめる理由がない!」

 私は正々堂々、ジジイの首根っこを掴みながら店内へ引き返した。
 近くにいたパート従業員に店長を呼ぶように伝えると、やって来たガリボソ糞メガネ君がどうやら店長のようであった。

 店長は私の姿を見るなり血相を変え、神経質患者が掃除したての部屋を知人のガキに汚されまくった後のような顔つきになり、突然吠えた。

「あんた毎日毎日朝からやって来てねぇ、何も買わないで出て行くでしょう? パートさん達みんな怖がってんだよ! この際だから言わせてもらうけど、マジであんた出禁にするよ」

 なんだ、この糞メガネ! 他人様がせっかく万引きGメンしてやったというのに、なんでこんな扱いを私が受けなければならないのだ!? 心内で私は激しく憤怒した。だが、糞メガネはメガネの癖に背が高く、百八十はありそうであった。こんな巨人用のメガネもあるものなのかとせせら笑いながら、私はジジイを突き出した。

「あっ、あのっ。このおじいちゃんが、鯖缶」
「このおじいさんが何? あんたの友達?」
「いやっ、そっ、そうではなくて」
「そうではなくて、何!?」

 なんて高圧的な糞メガネなんだ。これでは怖くて、真実が伝えられないではないか。
 突発的に私は苛々して来てしまい、足で強く床を蹴り上げて叫んでしまった。

「違うっつってんだろう!?」
「は?」
「お前が話し聞かないからじゃないか! 違うのぉ!」
「もういい、出禁ね。おい、ハゲデブ。もう二度と来んなよ」
「捕まえた!」
「何が?」
「このおじいさんが、万引きしたの! 私、捕まえたの!」

 私が必死に懇切丁寧にそうやって伝えると、ジジイは観念したようにポケットの中の鯖缶を糞メガネに差し出した。

「僕、おじいちゃんだから。許してくれるよね。ね?」
「ダメだろ。あんた何してくれてるんですか。裏、いいですか?」
「ヤダなぁ」
「ヤじゃねぇんだよ。来いよコラ」
「ヤぁ!」

 糞メガネは私にアイ・コンタクトを送って来たので仕方なしに大悪人のジジイを二人で羽交い絞めにし、聖域ともいえるバックヤードへ連行した。
 私の目が至らなかったのが原因であるが、ジジイは鯖缶の他にもホタテの貝柱も万引きしていた。

 ジジイは警察に引き渡され、私は糞メガネから「ふぁみーマート」で使用できる三千円のクーポン券を受け取った。

「いやぁ、御無礼をお許し下さい。これからも当店のご利用、お待ちしております」
「お、おうっ」

 これは労働の対価としてハローワークには申請すべきなのだろうか?
 ぼんやりと考えながら店を出ようとすると、レジに立っていたパート従業員達がいつもの顔ではなく、私を見るなり深々と頭を下げて感謝の言葉まで述べるのであった。

「このたびは本当にありがとうございました!」
「助かりました! スーパー万引きGメンとして雇ってくれたらいいのに」
「お客様のおかげです!」

 私はなんと答えていいか分からず、かと言って顔を直視すると恥ずかしさもあったので、俯きながら「おっ、おう」とか返して遣り過ごした。

 そのついでに、糞メガネ店長の初動をふと思い出し、腹が立ったのでジャムパンを拝借してそっと店を出た。

 帰り道。今日も明日も、やることは特になし。
 雲ひとつない完璧な青空の下、のびのびと歩きながら食った万引きジャムパンの味は、格別に美味いものがあった。
 住宅街の真ん中でふと立ち止まってみて、私はそっと深く息を吸い込んだ。
 ジャムの嘘臭いイチゴの奥に、ほんのりと春の匂いが薫っていた。

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