【ピリカ文庫】 北風 【ショートショート】
まるで昔から知っているような顔をしながら、その日初めて会った僕らは同じ夜を過ごしていた。
出会い系で知り合って一ヶ月後に初めて会った君は、お椀とサイコロを片手に待ち合わせ場所に現れた。
「本気の「桃鉄」だからね? 容赦しないけど、いいよね?」
「やってみようって言ってたんだから、やろうよ」
駅構内の鐘の下で僕らは地面に路線図を広げ、行き先をサイコロに任せた。
ルールは単純明快。出た目に合わせて電車に乗る。偶数なら上り。奇数なら下り。出た目の数の駅に降り立ち、何か名物を撮ったら次の駅へ進める。
一投目を真剣な顔で投げ出した君の短い髪は赤色掛かっていて、その間近な横顔をいつも眺めている彼がいる事は知っていた。
まるで図書館で借りた本のように触れていた指先だったけれど、時間が過ぎると返却期限を過ぎてあたかも自分の物のように感じるみたいに、強く握り締めていた。
冬の陽射しは知らない街の輪郭をくっきりと浮かび上がらせて、遠くに並ぶ山には白い冠が掛けられていた。サイコロは僕らを北へ北へと運んで、畑ばかりの寂れた景色の中へ連れて行かれる事に僕らはアホみたいに笑い合った。
鉄塔が立ち並ぶ街のホームで、僕らは田舎名物の立ち食いうどんを食べて写真を撮った。昼間なのに肌を刺すような冷たい風が強く吹き始めて、調べてみるとその日は北風のようだった。
ホームで次の電車を待つ間、風に吹かれながら僕らは整列するように並ぶ鉄塔を黙ったまま眺め続けていた。手前から三本目に引っ掛かったカイトが、冬の白い光をゆらゆらと弾いていた。
夕方になり、すっかり暗くなった夕方六時の国道沿いを歩いた。
コートのポケットの中へ君の手を入れて、僕らはあまりに強い北風の寒さに声を揃えて笑い合っていた。
サイコロが導いた街には小さな民宿しか無くて、僕らは畳張りの古臭い部屋で石油ストーブを点けながら夜を越していた。
眠気の混じった声で自分の小さな頃の話を聞かせる君が子供のように思えて、粉雪混じりの風が窓を揺らす音が耳を触る中、僕は君に約束違反のような愛しさを抱いていた。
翌日の昼に帰るはずだった。民宿に泊まる夜、僕の横で彼にそう電話をしていた。
けれど、僕らはその次の日も待ち合わせた駅の近くのホテルで夜を越した。
帰りたくない。
そんな当たり前のような感情を隠しもせずに伝え合って、冬の夜が街灯りを窓辺に描くのを並んで眺めていた。
次の日の朝、僕らはチェーンの珈琲ショップへ入った。
窓際のテーブルに並んで煙草を吸っていると、君は
「トイレ行って来るね」
と言って、少し微笑みながら立ち上がった。
窓の外の街を、冷たい冬の白い光が照らしていた。風の音が時折強く響いて、電線が上下に揺れていた。
僕が珈琲を飲み終えても、ボックスの中の煙草が切れてしまっても、それから君が戻って来る事はなかった。
突然、連絡も取れなくなった。
君の本当の名前は何だったのだろう。
君の温もりは本物だったのだろうか。
今ではもう、分からない。それでも、冬の北風の冷たさに笑い合った事は覚えている。
まるで昔から知っているような顔をしながら、あの日初めて会った僕らは同じ夜を過ごしていた。
ただ、それだけの話。
たった、二人きりの話。
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