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【小説】 スワロウテイル 【ショートショート】

 都市部から離れたとある小さな駅。平日は静かなものの、休日は駅からいくらか離れた大きな自然公園を訪れる乗客で賑やかになる。
 冬を抜け切ったうららかな陽気の朝、駅の構内に一羽のツバメがぴゅんと姿を現した。
 今年もその姿を確認すると、駅長はほっとした表情を浮かべつつ、嬉しそうに微笑んだ。
 ツバメは駅の守り神のような存在だった。地元の乗客達も、毎年駅に巣を作るツバメを愛でていた。
 
 若手の男性駅員、園田がプリントアウトしたポスターにラミネートを施す。

『今年もツバメさんが帰ってきました。みんなで暖かく見守りましょう』

 可愛らしいツバメのイラストと文字のバランスを何度も確かめながら、これは良いデキになったと満足しながらポスターを貼る。
 駅のあちこちにポスターを貼り終えた園田が窓口に戻ると、肩をいからせた老人が園田を睨み付けた。

「おい! 貴様!」
「はい、どうされましたか?」
「どうもこうもあるか! さっさとあのツバメを駆除しろ! 殺せ!」
「いえ、ツバメはこの駅の守り神ですから。みなさんも楽しみにしててくれてましたし」
「みなさんとは誰だ!? あぁ!? 言ってみろよ!」
「我々乗務員もそうですし、乗客のみなさん、近隣住民のみなさんも楽しみにしてくれていますよ。そういったお声も多く頂いております」
「ふんっ! 知るか! このあたりに住んでいるヤツなんてのはな、大体ろくなもんじゃないんだ! 分かったならさっさと駆除しろ! 俺は鳥が大っ嫌いなんだ! 今朝も鳩を殺してやったんだ!」

 園田は口の端から溜息を漏らした。これ以上掛け合っても仕方がないと思い、適当に老人の相手をして窓口を閉めた。次の電車もそろそろやって来る。
 老人は券売機の前で喚き続けていた。保健所に電話してやるだの、一匹残らず駆除してやるだの言い続けていた。

 電車にも乗らない癖に、ずいぶん迷惑なヤツが来たものだ。そもそも電車に乗らないのだから、あれは客でも何でもない。次また来たら警察に電話してやろうか。
 園田は無駄な疲れを感じながらその日の業務を終えた。

 翌朝。

 元気に構内を飛び回るツバメを掴もうと、子供達が無邪気に手を伸ばしている。
 なんと微笑ましい光景だろう。そう思っていると、園田は自然と笑みを零している事に気が付いた。
 こうやって人々を幸せな気分にさせるツバメは、小さな身体なのに凄いものだな。平穏な朝にそう感じていると、駅の奥の方から突然女性の叫び声が上がった。
 
 とっさに走り出した園田は、その光景を目にして唖然とした。
 駅の看板の下にツバメ達が巣を作っているのだが、脚立に上った老人がその巣を小ぶりのハンマーで打ち壊そうとしていたのだ。

「何をしてるんですか! やめて下さい!」

 園田が老人の腰を掴むと、老人は躊躇する事なく園田の手を目掛けてハンマーを振り下ろした。

「うるさい! 黙れ! 静かにしていろ!」

 指に激痛が走ったが、それでも園田は老人の腰から手を離さなかった。
 揉み合いをしていると脚立がゆっくりと倒れ、転んだ園田の上に老人が降って来た。

「この野郎! 何しやがる! この人殺し駅員めが!」

 老人はハンマーで園田の胸元を殴打した。あまりの痛みに息がつまり、呼吸が出来なくなった。
 胸を押さえている間に老人は脚立を立て直し、足を掛け始めた。

 必死に痛みを堪えながら、園田は自身の生まれ育った故郷を思い描いていた。
 田んぼに囲まれた長閑な駅で、小銭を握り締めながら初めて電車に乗った日。
 野球部最後の試合。惨敗して泣きながら帰って来たあの日。
 初めて出来た彼女とキスをして、そして別れを告げられたあの日。
 母に見送られながら、地元を離れたあの日。

 それら全てが、あの小さくて長閑な駅の中にあった。
 駅は長年同じ一人の駅員が勤めていた。人々の通勤や通学、生活、成長を見守りながらも、決して詮索などしなかった姿に安心や憧れを抱いた。
 そして今、ようやく駅員として働く夢が叶ったのだ。

 誰かを幸せにするのではなく、誰かの幸せを見守るのが自分の役目だ。

 そう感じ、園田は足に全身の力を込めて必死に立ち上がった。

「くそジジイ! いい加減にしやがれ!」

 園田は力に任せて脚立をひっくり返した。ハンマーがツバメの巣に触れる寸前だった。
 脚立の上から落ちた老人が、ゆっくりと園田に恨みの篭った目を向ける。
 拾い上げたハンマーが再び園田に向いた瞬間、園田は老人の頬を殴りつけた。

 最悪、これは解雇になるかもしれない。傷害事件になるかもしれない。
 あぁ、やっちまった。

 そうやって後悔した途端、大勢の男達がバタバタと足音を響かせ、老人と園田を取り囲んだ。
 背中を掴まれ、その場から引き剥がされる園田。

 刑事か? いやいや、いくら何でも逮捕まで早過ぎる。
 それとも運が悪かったのか? 元々、俺は運が悪いんだよな。

「八時五十二分! 確保、確保ー!」

 大柄の刑事らしき男がそう叫ぶと、園田ではなく老人の腕に手錠を嵌めた。

「え?」
「ご協力、感謝します!」
「あの、どういう事でしょうか……?」
「先日、あの男は公園で小学生をハンマーで殴打して逃げたんです。幸い大きな怪我にはならなかったんですがね。目撃者からの情報でここへ来てみたのですが、あなたのおかげで被害が広がらずに済みましたよ」

 老人は「俺は悪くない! この国家の犬共が!」と叫びながらパトカーに乗せられ、消えていった。

 後日、園田は警察から感謝状を与えられ、新聞に写真まで掲載された。
 駅員という事から、マスコミによるインタビューが駅の構内で行われた。

 園田は固い表情で紙面に写る自分自身の顔を正直、あまりカッコイイものだと思えなかった。
 ただ唯一の救いは、彼の上を偶然横切ったツバメも一緒に写ってくれていた事だった。
 迷う事なく未来へ飛べるように、ツバメの尻尾は美しく伸びていた。

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