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【小説】 夢の続き 【ショートショート】

妙にリアルな夢を見た。
ジャングルの拓けた場所で僕はずぶ濡れになった服や道具を乾かしていると、突然すぐ側に流れる川から巨大ワニが現れたのだ。

やばい! と思って裸のまま立ち上がると、ワニの異変に気が付いた。川から上がって来たはずなのに、尻尾の先に火が点いているのだ。
陸に上がったワニはみるみる内に火に包まれて行き、すぐにワニは火だるまになって目の前でのたうち回り始める。

僕は肉が焦げる匂いでたまらず咽せていると、上空からバラバラと空気を裂く音が聞こえ始める。すぐに突風が辺りを吹き荒ぶと、ワニを包んでいた炎が激しく風の下手へとなびき出した。
太陽の眩しさに目が眩みながら頭上を見上げると、真っ白なヘリコプターが僕の真上で止まった。

という所で目が覚めた。

僕はジャングルなんて一度も行ったことがないし、そもそもジャングルや南米に興味を持ったこともない。
日々の生活と何の関係もなさそうな、けれど妙にリアルな夢を見たせいで起き抜けなのに身体はどっと疲れていた。時計は6時35分。いつもの起床時間の10分前だ。なんて嫌な時間に目を覚ましてしまったのだろう。
少し眠ろうなんて気分にもなれず、僕はいつも通り朝の準備を終えて会社へ向かった。

デスクへ着くと隣席の田島さんがオフィスへやって来て、ずいぶんと青ざめた顔で席に着いた。美人は青ざめても美人なんだなぁとぼんやり眺めていると、怪訝な目を向けられてしまった。

「伊野、私に文句でもあるの?」
「いや、具合悪そうだなぁと思いまして……」
「そうね、最悪よ。変な夢見たの、全然意味わからない夢」
「夢……あの、僕も変な夢見たんですよねぇ。行ったこともないジャングルで」
「まさか、尻尾に火の点いたワニなんか出て来なかったでしょうね?」

尻尾に火の点いたワニ。田島さんは自嘲気味に笑いながら言っていたけど、僕は言葉を失ってしまった。まさか、そんな偶然があるだろうか?

「……ヘリコプター、飛んで来ませんでした?」
「ちょっと、え? 待って待って待って、あんたの夢にもワニ、出て来たの?」
「ええ……、僕、何故か裸でして。ワニが川から上がって来たんですけど、尻尾に火が点いてるんですよ」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないですよ、ヘリコプターが飛んで来たんです。真っ白の」
「そうなのよ! 真っ白いヘリコプター! 頭の上で止まったわよね?」
「止まりました。火だるまになったワニの匂いに咽せちゃってたんですけど……」
「すっげぇ旨そうな匂いじゃなかった?」
「いや……全然……」
「そこは違うのね……」

そんな話をしていたら、係長の布施さんが僕らの所へ吹っ飛んで来た。この人はいつも息が荒いけれど、今日は特に、変態的に息が荒かった。

「こ、こ、興奮しちゃってつい! はぁはぁ、ちょ、はぁはぁ、ちょっといいかな!?」
「きゃあ! 何する気よ!?」
「は、話しをしたいだけなんだ!」

布施さんは伊野さんの隣に立ったまま何故か胸を揉みしだくジェスチャーをしながら、前のめりになって了承も頼んでもいないのに、勝手に話し始める。

「はぁはぁ、じ、実はそのヘリコプターに乗っていたんだ! はぁはぁ、ほ、本当の話しだよ?」
「まさか……布施さんもジャングルの夢を見たんですか?」
「はぁはぁ、そ、そうなんだ! この偶然はおっぱい、いや、一体どういうことなんだろう?」

伊野さんは眉間に皺を寄せて腕組みしながら、布施さんに敵意丸出しの眼差しを向ける。
 
「まさか、セクハラ目当てでこっちに話し合わせてるんじゃないですよね?」
「そっ、そんなことは断じてないよ!」
「ったく。セクハラと冗談はそのツラだけにして下さいよ?」
「し、ショック……はぁはぁ……」

項垂れる布施さんをフォローしてやろうと声を掛ける寸前で、数人の同僚達が僕らの所へやって来た。

「その話し、ちょっといいですか?」
「私達もワニの夢、見たんです!」
「ヘリコプターが飛んで来て……夢が覚めて……そこから先が気になるんです!」

布施さんがやはり胸を揉みしだくジェスチャーで話し出す。

「あっ、はぁはぁ、あっ、あっ!」
「何感じてるんですか。さっさと話してくださいよ」
「違うっ! 僕はヘリコプターに乗って、君達を管理していたんだ!」
「かんり……?」
「う、うん! それが僕の仕事で。実は、この会社がもう危ないっていうことで、社長が新規事業に乗り出して……」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

そこまで話していると、社長がオフィスの扉を勢いよく開いて現れた。

「みんなー! 聞いてくれー! 実はな、この会社はもう」
「持たないんですよね?」
「へっ……」

社長の声を止めたのは部長の吉住さんだった。いつも物静かで、とても思慮深い大人の男。という雰囲気たっぷりの人だけど、実際は「考えるフリが得意」なだけであると皆にバレているポンコツ部長だ。

「社長。今朝からみんな、同じ夢を見たという話をしてます。実際、私も見てます。新規事業である資源を発掘する為にこの会社は大逆転を狙いジャングルへ向かった。しかし、その資源が何かは私は夢の中で分からなかったんです。社長、一体何をする気なんですか?」

吉住さんがそこまで問い詰めると、他の社員達が一斉に社長に駆け寄った。

「社長! この会社はもうダメなんですか!?」
「私達にワニを捕まえさせる気なんですか!」
「僕はまだ日本でやりたいことがたくさんあるんです!」
「家族はどうなるんですか!?」
「はぁはぁ、ぶ、ブラジルはジャングルですか!? そ、それともジャングルがブラジルですか!? はぁはぁ、も、もしかしてブラジリアンがジャングルになったんですか!?」

社員達から一斉に喚かれた社長は驚く様子もなく、かといって不満げな顔をする訳でもなく、頷きながら「納得がいった」みたいな顔で突っ立っている。
 
「よーし、ありがとありがと。なるほどねぇ、みんなでジャングルの夢を見た訳だなぁ」
「だから、私達に何をさせる気なんですか!?」
「いや、実はもうしたんだ。黙っていて悪かったけど、やっぱり大成功ってやつだな」
「はい?」
「うん。さっきの続きだけど、この会社はもうすぐ新規事業を始める!」

オフィス内が一斉にどよめいた。あちこちから「ワニ」「ジャングル」「ヘリコプター」といった言葉が飛び出し始める。

「新規事業のために、みんなには同じ夢を見てもらった!」
「同じ夢、ですか?」
「ああ! 実はこのオフィスに設置したある機械を通すと、みんなが同じ夢を見れるようになるんだ。どうだ、面白いだろう!?」

吉住さんが首を傾げ、顎に手を置く。

「で、私達は何の新規事業のためにジャングルへ行っていたんですか?」
「いや、それはわからない」
「わからない……何故です? あの夢の全貌を見れるのは、社長! あなたしかいないんです!」

周りからは「そうです!」と言う声、「早く教えてください!」という声が鳴り止まない。
夢の正体が係長、部長と徐々に明かされるとなれば、夢の真相を知るのは社長であることは間違いなさそうだ。
しかし、社長は困った顔になってこう言った。


「えー……だってオレ、昨日寝てないもん」  

「えー!」という声と共に、始業時間になってしまった。オフィス内に電話が鳴り響き、皆が大慌てで仕事に取り掛かる。
そうして僕も十分も経たないうちに夢のことをすっかり忘れ、いつも通りの仕事をこなし始めてしまう。

「早瀬。悪いけどイントラでA社の資料送って」
「はい、今すぐ」

伊野さんの「イントラ」という言葉を聞いた途端、頭の中に強烈な火花がパチン! と散った。
あ、そうだ! あのワニ、あの尻尾に火のついたワニはあの資源のせいで、あっ、そうか! そうそうそう!

「あー、スイッチ切り忘れてたわ」

社長がそう言いながら横切ってから5秒後。
頭の中に散った火花は一瞬にして真っ暗になり、そうして僕はもう何も思い出せなくなってしまった。


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