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【小説】 組員、全員老人 【ショートショート】

 かつて三百人を誇る組員を有しており、その街を仕切っていた「大隈組」は暴対法の時代と共に規模を縮小して行き、今やかつての勢いは見る影もなく、衰退と共に組は年寄所帯へと成り下がってしまった。 

 会長は今年九十歳になる大隈源次郎。胃ろうの身体をベッドに横たえてはいるが、いつかやって来るその日を待つ眼差しには光の鋭さがわずかに残る。 

 組長山岡は今年八十三歳になるが、身体は草臥れていてもハキハキと受け応えをする力はまだ残されていた。 
 続く若頭の山寺は七十八歳、若衆達は平均年齢七十歳の老人が五人ばかし。これが時代の果ての岸まで流れ着いた大隈組の現実であった。

 シノギは尽く違法になるか他の組に奪われ、今はダンス教室や手芸倶楽部などの地元コミュニティからギリギリ訴えられないほどの「シャバ代」を徴収する他、働ける組員達がシルバー人材などのアルバイトをすることで何とか「組」の体裁を保っている。 

 かつて構えていた自社ビルも、見栄を切って購入した装飾品の数々もとっくの昔に手放していた。
 今は知人に頼み込んで使われていない雑居ビルの一室に長机とパイプ椅子を構えた質素な小部屋が「組事務所」となっていた。 

 百円ショップで購入した猫型のクッションが敷かれたパイプ椅子に座ったまま、組長の山岡が溜息を漏らし、頭を抱えている。

「おい、アレは何て言ったっけな。ほら、あの……板のような、便利な、機械のあれは」

 その場にいた全員が不思議そうに顔を見合わせると、若頭の山寺が何か思い付いたような顔を浮かべ、ドヤ顔で答えを当てに行く。

「アニキ、そいつぁ「タブレット」じゃねぇんですか?」
「タブ、レット……って言ったっけなぁ? あれだぞ、ほら、パソコンみたいな機械だぞ?」
「ええ。ですから、アニキ。そいつぁ、多分タブレットですぜ」
「あれは、タブータブレットっていうのか?」
「違います。多分、って言ったんです」
「おい! ハッキリ分からねぇなら口出すんじゃねぇ、このタコ助野郎!」
「アニキ、適当言ってすいやせん」

 老体とは言え、山岡の気迫は衰えを知らない。 組一番の若衆・今年六十五歳になる多島が恐る恐る鞄の中から金属製の一枚板を取り出し、山岡の前に差し出した。

「あの、オヤジ……これですかい?」
「あぁ? なんだこりゃ。おい、多島。これは何に使うんだ?」
「インターネットやったり、写真撮影したり、色々出来ますぜ。指で操作するんでさぁ」
「馬鹿野郎、俺が言ってんのはこんなに薄くねぇんだ。大体、テメェが持ってたって小指も薬指もねぇじゃねぇか」
「ええ。印刷工場のバイトで飛ばして組に保険金入れた時の、アレですわ」
「全く、ありがてぇ野郎だよ。でもな、俺が言ってんのは……もっと厚みがあるんだ……うーん、ありゃあ、何だったかなぁ……」
「もっと厚い……するってぇと、カーナビですか? 持ち運び出来るタイプの」
「馬鹿言っちゃなんねぇ。それくらいは分からぁ……あ! あー! あれだ、あれ! そう! アイパッド! アイーパッドだ!」
「アイパッドでしたか」
「おう! 俺もまだまだ衰えちゃねぇなぁ。よく思い出せたもんだ。かっはっはっ!」

 高笑いしながらご満悦と言った表情の山岡を気まずそうに多島が見やると、声を抑えてアイパッドを指差した。

「あの、オヤジ」
「おう。なんだ?」
「これが、そのアイパッドですぜ」
「えっ? おいおい、ずいぶん薄くなっちまってんじゃねぇか。これが今のアイーパッドってのか?」
「ええ。間違いないですぜ」
「ふぅん、こんな薄くなっちまってねぇ……アイーパッドの会社も不景気なのかねぇ? 経費削減ってヤツか」
「いえ、オヤジ。時代の進化で薄くなったんでさぁ」
「さっきから黙って聞いてりゃテメェこの野郎! 何でもかんでも俺の言うこと否定しやがって! この三下野郎がブチ殺すぞコラァ!」
「す、すいやせん! オヤジ、すいやせん!」
「時代の進化だってくらいな、知ってるよ。わざと言ったんだ。ジョーク、ジョークだよ!」
「はい」
「なんだよ、笑えよ」
「はい」
「ちっとも笑わねぇじゃねぇか。おまえ、俺のジョークがつまんねぇのか?」
「はい。いや! 面白いです」
「ったく、親が死んだようなツラしやがって……おい、山寺! 今日は何月の、何日だ?」
「アニキ、今日は一月の十五日ですぜ」
「おう、ダンス教室の回収日だな。よし、多島。つまんねぇ顔してねぇで井上と一緒に回収して来い」
「うっす。行かせて頂きやす」

 それからわずか三十分後の出来事であった。
 事務所のドアがゆっくり開かれると、腰に手を当てた多島が井上に肩を借りながら姿を現した。 
 薄い額に脂汗を浮かべ、さらには苦悶の表情まで浮かべている。

「オヤジ、すいやせん……やられました」

 息を切らす多島に、思わず山岡の血が騒ぐ。

「おう、誰にやられたんだ!?」
「はい……駅の入口の、段差でさぁ。よろけた拍子に手を着いたら骨折すると思ったんで、横から倒れたら……腰をやっちまったみてぇです……」
「おう、多島! よくやったな! 今日はよく休め。おまえら、行くぞこらぁ!」
「うっす!!」

 大隈組のしのぎには、もう一つ大きな収入源があった。 
 それは老体を武器にした「ユスり」「タカり」である。
 今日は駅入口の段差に難癖をつけて鉄道会社を相手にタカる気満々で、山岡は掌に唾をぶっ掛けて気合いを入れて立ち上がった。

 彼らはヨレヨレのベレー帽や「あんしんニ本杖」を装備し、カーナビを搭載した手押し車を押しながら一同は「弱々しい老人」を装い、事務所を出る。

「おい、山寺。今日は元共産党員の革命戦士の設定で行くぞ」
「へい、アニキ。俺ぁ根っからの左利きなんで任せて下さい。奴ら、組合があるから左の言うことには弱いですからね」
「うまく行ったら今夜は刺身買って帰るぞ。会長の胃ろうにもマグロ入れたら、食えんのか?」
「へい、アニキ。細かく刻めば多分、大丈夫だと思います」
「多分も文太もあるか馬鹿野郎! ハッキリ分からねぇなら口出すんじゃねぇ、このタコ助野郎!」
「アニキ。適当こいてすいやせん」
「おめぇら! 足元良く見て歩けよ! 石ころ一つで命取りになるからな!」
「うっす!」 

 時代の果てに追いやられ、しのぎの数々を奪われようとも、それでも絆で結ばれた家族は辞められない。 
 駅へ向かうか細いオヤジの背を眺めながら、老体の子供達は今日もユスりタカりの一列行進を続けるのであった。


【あとがき】

幾分前に書いたものを加筆修正しました。これから先、こんな感じの事務所も出て来るんじゃないかしらと思いながら書いてみました。楽しんで頂けたなら、幸いでごんす。

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