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【小説】 笑顔の来訪者 【ショートショート】

 日曜。午後二時四十分。
 そろそろ確実に、僕の部屋のインターホンが鳴らされる。
 テレビを消してモニターの前に立ち、きっかり時間を数える。
 三十九分、五十七秒、五十八秒、五十九秒……。

 ピンポーン。

 電子音と共にモニターに映るには、やはりあの三人組だった。
 左は背の高いニキビ面の若者、真ん中は背の低い老婆、右は細身の出っ歯のオヤジ。三人とも葬式帰りみたいに黒づくめで、笑顔を絶やすことなく立ち尽くしている。
 僕は応答することなく、モニターがプツリと切れるまで三人が浮かべる気味の悪い笑顔を眺めていた。

 あの三人組がやって来てから彼これ、一か月になる。
 初めの日は遊びに出掛けていたから、ドアホンに残されていた画像であの三人組がやって来ていたことを知った。
 どうせ宗教の勧誘だろうと思っていたのだけれど、よくあるパンフレットの類は残していなかった。

 二週目、三週目もやはり僕の家へやって来て、時間はきっかり二時四十分であることに気が付いた。インターホンを鳴らすのは一回きりで、彼らは何者なのか名乗ることもなく、ドアをノックすることもなかった。

 毎週寸分違わぬ時間にやって来るあの三人組。それに、あの葬式帰りにしか見えない真っ黒い恰好が何だか不気味で仕方なかった。
 目的が見えないからとにかく不気味で、会社の同僚に相談してみると、奴は笑いながらこんな不吉なことを僕に言った。

「そいつら本当に生きてる? 実は死神だったりして」
「おい、やめてくれよ……」
「おまえの顔に死相が見える。あれ、影が薄くなって来てね?」
「え、嘘だろ?」
「ごめん、影が薄いのは元からだったわ」
「この野郎……」

 奴がそんなことを言うもんだから、僕は気になってしまいそれからというものの、インターネットで「死神」を調べるのが日課となってしまった。

 死神は待っている時には来ないとか、ふと背筋に悪寒を感じて振り返ると傍に立っているとか、いつの間にか家族と並んでご飯を食べているとか、とにかく色んな情報が書いてあったけれど、わざわざインターホンを押してやって来る死神というのは何処にも載っていなかった。

 もしかしたらあの三人組は、現代版にアップグレードされた死神なのかもしれない……。
 あぁ、そしたら僕は永遠に彼らに追い掛けられ続け、この命を奪われてしまう日が確実に来るんだろうか……なんて考えているうちに、今週もインターホンが鳴らされたのだ。

 やはり、三人は不気味な笑顔を絶やすことなく立ち続けている。
 僕は溜息をついた。まさか、死神だとは心の底では信じてはいないものの、宗教だったら面倒だし変なことに巻き込まれるのはご免だった。

 けれどこれで応じないとまた来週も日曜にあの三人組はうちへやって来るだろうし、また何のきっかけも残さずに帰って行ってしまうだろう。

 散々思い悩んだけれど、僕は意を決して応答することにした。
 不気味な笑顔を絶やさない三人組をモニターで眺めながら、ついに「通話」のボタンを押して声を掛けた。

「……はい」

 三人は僕の声に特に反応することなく、相変わらずの笑顔のままだった。
 真ん中の老婆が小さく頭を下げると、僕の声に応えた。

「タケナカハヤト様のお宅でお間違いないでしょうか?」
「あぁ、はい。タケナカです」
「お渡ししたい物があり、訪問させて頂きました。玄関、よろしいでしょうか?」

 お渡ししたいもの? それにこいつら、僕の名前を知っている……。
 表札は出していないから、知らないうちに郵便ポストを漁られていたのだろうか。
 だとしたら、中々に厄介な連中かもしれない。
 僕は警戒心を剥き出しにして、条件をつけることにした。

「あの、なんだか怖いんでドアチェーンはしたままでも良いですか?」
「ええ。隙間だけあればお渡しできますので、構いませんよ」

 うん。やっぱり、こいつら宗教に違いない。パンフレットならドアの隙間からでも渡せるし、きっと「直接渡す」ことで徳が上がるとか加護があるとか洗脳され切っているのだろう。

 神や仏がどうのこうの話される前にパンフレットだけ受け取って、宗教に興味がないことをハッキリと伝えてさっさと帰ってもらおう。

 僕はドアチェーンを外さない状態で玄関をそっと開くと、老婆がその隙間から顔を覗かせて来た。
 歳はとっくに八十は越えていそうで、インターホンのモニターで見るよりもずっと皺が深く、不気味な笑みが山姥を連想させた。

「あの……一体どんなご用件でしょう?」
「これを渡しに参りました」
「え……? ええ!」

 老婆が玄関ドアの隙間から僕に手渡したもの。
 それは遥か数十年も昔に僕の手元から消えてなくなった、ファミコンのカセットだった。
 カセットの裏にはまだ幼かった僕のクソ汚い字でデカデカと

『タケナカハヤト』

 と書かれていて、間違いなく僕の物であることを確信した。
 こんなに字が下手な子供は僕の周りにはいなかったから、間違いない。
 気が付くと僕は興奮気味にドアチェーンを外していて、深々と頭を下げていた。

「すいません! こんな大昔のカセットを届けて頂き、本当にありがとうございます!」

 老婆は全てを理解しているかのように、微笑を絶やすことなくゆっくりと頷いた。

「私共、友人などに借りられたまま行方不明になり、店舗などに勝手に売られてしまったファミコンカセットを元の持ち主に返却する活動をしております、ファミカセ救済委員会と申します」
「いやぁ……そうだったんですか……すっかり宗教の方だと……」
「よく間違えられます。今回の「熱血くにおくん」ですが、字の解読に時間を要してしまいまして……お渡しが遅れてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ、数十年ぶりに返って来たことに驚いてます」
「ええ。それは良かったです。それでは、次がありますので。これにて失礼します」
「ありがとうございました!」

 三人に礼を伝えると、彼らは颯爽と去って行った。その後ろ姿を見送っていると、こんな会話が薄っすら聞こえて来た。

「タケナカさんの喜び値、いくつだった?」
「五十三です」
「まぁまぁね。しっかり回収したんでしょうね?」
「はい、問題ありません」
「次は……えーっと、向陽町のヤマダさん、スーパーマリオね」
「はい」

 あれから一年が経とうとしている。

 生活に特に変化はなかったけれど、ここ半年ほど何を見ても何をしても、感動や喜びが薄くなった気がしている。
 きっと仕事疲れのせいだろうけど、あの委員会が何か関係あるんだろうか?
 ふと思って、僕は同僚にこんな相談をしてみた。

「なぁ、ファミカセ救済委員会って知ってる?」
「それ、おまえの所に来た変な三人組のことだろ?」
「あぁ、そうなんだけどさぁ。俺……あいつらにカセットの代わりに大事な何を渡しちまったような……そんな気がするんだよなぁ……」
「あはは。でも、死神じゃなかったんだろ?」
「まぁなぁ……。でも、命があるだけまぁいっか……」
「そうだよ! 生きてりゃいいことあるって」
「おまえ、最近やたら元気だなぁ。なんで?」
「いやいや、俺は何も変ってないぜ?」
「そうだよなぁ……」

 こいつの言ったことを真に受けて死神を必死に調べたりしたけれど結局違ったし、まぁ気のせいだよな。
 僕は特に気にしないようにして、その日も何となく過ぎていつの間にか終わってしまう一日を過ごすのであった。

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