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【小説】 ヒーロー、交代

 あまりに突然のクビ宣告に、俺は声を出すことさえ忘れてしまった。
 今朝、司令官からの電話で俺はヒーローをクビになった。

「廣瀬くんは才能の問題じゃなくてね、ヒーローとしての自覚がなさすぎる。だから、クビ」

 そんなことを司令にぶっきらぼうに言われた俺はキレにキレた。ブルーとして何度もこの地球を救って来たはずなのに、そんなにあっさり首を切るなんて有り得ないと思った。
 戦闘力だけで言えば訓練所の頃からレッドよりも成績は良かったし、レッドのいない時に俺が戦隊のアホ共を引っ張って敵に勝ったことだってある。

「ブルーとして俺以上に戦えるヤツ、いないっすよ。戦隊だって絶対戦力落ちますよ。司令、マジで言ってんすか?」
「はぁ……言いたくないけどね、君の度重なる異性との不純交際! ワイルド・ブルライガーの飲酒運転、飲酒変形! それに呑み屋での喧嘩、揉め事、二日酔いでの勤務、これまで何度警告して来たと思ってるんだ!」
「なんなんすか、こっちゃ地球を救ってんすよ? それくらい大した問題じゃないっすよ」
「それを問題かどうかを決めるのは私だ! 第一、モラルを伴った行動をしろとヒーロー規範にもあるだろう!」
「そんなんストレスで死んじゃいますよ! モラルで地球が救えます? 大体、俺らだっていつも暴力で物事解決してるじゃないっすか!」
「君とこれ以上話すことはない! 以上!」

 おいおい、マジかよ。そんなのありかよ……。そう思っていると、頭上を俺のワイルド・ブルライガーが飛んで行った。どうやら新しいブルーの元へ運ばれているようだった。
 クソの役にも立たない戦隊仲間と連絡を取る通信機は開いてみるとキレイさっぱり、遠隔でデータ消去されていた。

 まず一番に頭に思い浮かんだのは本命の未空のことだ。六本木のクラブ嬢で、落とすのに散々投資しまくった。あの女は俺自身ではなく、誰もが知っている「ブルー」という俺のステータスに惚れている。
 次の敵の襲来があれば間違いなく報道はされるし、それより先にブルーが俺じゃないことも近いうちに報道されるだろう。畜生、他の女達はどうでもいいけれど、あの女だけは失いたくない。
 心が焦り出したと同時に、未空からメッセージが届いた。

『ニュース見た。ばいばい』

 そんな簡単なメッセージと一緒に、『ブルー交代へ』というスクショが貼り付けられていた。報道の奴ら、いくらなんでも仕事が早すぎる。
 俺はそんな簡単に未空が俺を捨てるとは信じられなくて、長文でこんなメッセージを送った。

『ごめん、俺もさっきクビとか言われてパニックになってる。だけどワイルドンジャーって本当に世界を救えるのか?って考えてたところ。実は裏で動いてる新しいレンジャー組織があって、そこにスカウトされてるんだよね。極秘だから今まで未空に言えなかった。ブルーじゃなくてレッドでスカウト受けてて、今以上に俺が活躍できる姿を未空に届けられると思うんだ。喜んでくれるよね?だって、俺らの愛ってマジっしょ!毎日頑張っている未空の期待に、俺はもっとこたえたい。もっと大きな夢を追いかけたいし、違う次元ってやつを未空に見せてやりたい。だから応援してほしい。ていうか最近俺らエッチしてなくない?マジで効くっていう精力剤極秘入手したから、今から試しちゃう!?ナンテネ』

 よし、これで完璧だ。最後にちょっとお茶目な本音も言えたし。そう思っていると、すぐに返信があった。ほら、俺を捨てるはずがないんだ。

『うるせぇ浮気野郎 一生青ざめてろ』

 青ざめてろって、俺がブルーだからってか!? 未空ちゃん、そりゃギャグ線高過ぎるって! と思ったがまたまた貼り付けられていたネットニュースのスクショを見てマジで青ざめた。

『ブルー衝撃の私生活~もてあそばれた女タチの証言~』

「おい! なんだこれ、名誉棄損だろ!」

 思わず路上で叫んでしまった。
 それからは堰を切ったようにテレビやネットではマスコミ連中による俺への虚実入り乱れた報道がされるようになった。

 結果、貯金を頼りに引きこもることにした。
 ネットもテレビも俺を貶める記事やコメントで溢れ返っていたから完全に切った。俺が救ったはずの世界に、俺は追い詰められてしまった。

 引きこもってから二か月。外は相変わらず平和が保たれているようで朝も夜も静かなもんだった。
 息巻いて「俺がいなきゃ戦力が落ちる」とかぬかしてた自分が俺はバカバカしく思えた。そりゃそうだ。俺だってヒーロー候補生の段階で自衛隊レンジャー部隊からの引き抜きだった訳だし、世界を救うために集められた才能っていうのがハンパじゃないことは分かってる。何も俺じゃなくても、訓練すればそりゃそれなりに戦えてしまうのは当然だ。

 元ヒーロー。その名声の代償はやはり大きくて、あれから二ヶ月経った今でもコンビニへ行けば通りすがりの愚民共にクスクス笑われながら写真を撮られたり、誹謗中傷の声を掛けられたりする。

 それで知ったけれど、俺はどうやら子供を盾にして敵から自分の身を守った極悪レンジャーということになっているらしかった。
 クソが。俺がそんなことをするはずがない。

 レンジャーになろうと心に決めた頃、俺には小さくて幸せな家庭があった。
 若く「お盛ん」だった俺は二十歳で結婚した。理由は単純、子供が出来たからだ。相手は地元の二つ上の女だった。
 そこまで魅力的な女だとも思っていなかったけれど、一緒に暮らしてみると自然と情が湧いた。
 俺が知らないことを沢山知っている女だった。

「ねぇ城司。プランターに二十日大根植えたからさ、朝の水やりお願いしていい?」 
「いいけど、二十日大根って家で作れんの? 畑じゃないと無理じゃね?」
「実はおうちで育てられるんだよ。しかも、超カンタンなの。おうちで作ったお野菜で料理したらさ、ちょっと楽しくない?」
「そうだったんだ……知らなかった。うん、確かに楽しそうだわ」

 ベランダで育てた二十日大根は成長したけれど食ってみたら全然うまくなくて、それでも俺らは「マズイ」って、一緒に笑っていたっけ。
 子供も生まれて、俺は自衛隊の中で上を目指して必死になった。
 たまに家へ帰って、目を離した隙にどんどん大きくなって行く息子の姿が何よりも生きる楽しみだった。
 プランターは一軒家を買ってからは小さな庭に変わって、トマトやピーマンが夏の光で輝いていた。
 誰の目に見えるように大きくなんかなくても、誰の目に映らないほど小さくても、俺は毎日が幸せだった。

 そんな日常は敵の襲来で激変した。俺が自衛隊のレンジャー部隊として沿岸部の人民救助に向かっている間に、嫁と子供の待つ家は瓦礫と化していた。
 家も、小さな夏の庭も、嫁も子供も、そして些細な幸せも、瓦礫と一緒にこの世界から消えてしまった。

 俺はヒーロースカウトに声を掛けられ、訓練所に通い始めた。この世界を激変させた敵にこれ以上好きにさせてたまるかと、誰よりも必死だった。
 訓練が終わってみると、成績じゃなくてヒーローとしての理想像を叶えることの出来る同期の野本がレッドに選ばれた。だけど、不服なんてなかった。とにかく、表立って敵を排除さえ出来ればそれでよかった。 
 そのはずなのに。

 戦いに参加するようになると、俺は狂ったように酒と女に逃げ場所を求めるようになった。自分でも意外だった。
 敵を殺すたび、敵がやられて行くたびに、嫁と子供の最後の姿が目に浮かぶようになったのだ。
 憎い相手をやっつけているはずなのに、気分はちっとも晴れなかった。

 子供を盾に自分を守るようなやつがそもそもヒーローになんかなれるはずがない。そんなことするくらいなら、俺が子供の盾になってやる。
 そうしたかった。そうしたかったのに出来なかった後悔が、俺をヒーローにさせたんだ。畜生。

 家に帰る間にプランターと土と、二十日大根の種を買った。
 嫁に育て方を聞こうって考えがふと頭に過る瞬間が悲しくて、誰もいないリビングで泣きそうになった。だけど、そんな瞬間を敵にぶつけて虚しくなることも、もうこれからの生活にはやって来ない。
 なら悲しくてもいいから、泣いてもいいから、俺は二十日大根を育ててみることにした。

 ネットを遮断していたから、種のパッケージの裏に書かれている通りに種を植えて水をやってみた。
 こんなので本当に芽が出るのだろうかと、少し不安になった。
 それでも、土の上に新しい命が顔を覗かせた。
 プランターに小さな芽が吹いた朝。俺はたまらなく嬉しい気持ちになった。

「やりゃあ出来んだろ! なぁ?」

 そう言って嫁と子供の写真に声を掛けて、写真を撮ろうとレンズを芽に向けてみた。バックがボヤけてた方が、なんかオシャレだよなぁ。そう思ってピントを合わせてみると、全体に影が出来た。
 鳥が飛んで来たのかと思って空を見上げてみると、真っ黒い巨大な敵の戦艦が街に襲来していた。
 戦艦からは小さな戦闘機が吐き出され、次々に街を襲い始めた。
 ここも危ないと思っていると、手にしていたスマホが震えた。相手は俺をクビにしたクソ司令官だった。

「廣瀬くん! 敵の襲来を見たブルーが、実は逃げてしまったんだ! あのブルーには勇気が足りなかった……申し訳ないが、今回だけ戻って来てくれないか?」
「…………」

 街のあちこちから爆音と爆炎が上がり始める。人の悲鳴も叫び声も、あちこちから上がり始めた。

「廣瀬くん、聞いているのか? 通信障害か……くそ」
「聞こえてるよ」
「なら、至急戻って来てくれ! 頼む! これ以上市民を不安にさせられないし、五人揃わないで出るのはヒーロー像として非常に都合が悪いんだ。新しいブルーはこちらから説得するから、せめてその間だけでも」
「あんたさ、どこから電話掛けてんの?」
「どこって、司令室に決まっているだろ」

 シェルターもろくに整備されていない街のあちこちから、煙が立ち上がる。逃げ場を探す市民が、渋滞を巻き起こしている。司令のいる場所は決まって安心安全な地下百メートルの、司令室。
 俺は電話を耳につけながら、部屋の中にある物を確認した。軍手、スコップ、ロープもある。懐中電灯もあった。バールはどこにあるだろう。探せばあるはずだ。いや、絶対に探し出せ。とにかく、時間がない。

「廣瀬くん! 聞いているのか!」
「聞こえてるよくっだらねぇ! こっちゃ忙しいんだよ」

 電話を切った俺は搔き集めた道具をリュックに詰めた。爆撃音がすぐ近くまで迫っている。この建物が崩れないうちに、早く外に出なければ。
 俺は二度目のヒーローのお誘いを断った。
 もう、誰もが知っているヒーローでいることは止めにした。
 あんなもんは誰かを救うこと以外にやらなきゃいけないことが多すぎるし、そもそも俺が救いたいのは知らないみんなじゃなくて、救えなかった目の前の誰かだったんだ。

 そのために爆炎の街へ出て、俺は走り出す。
 名前なんかなくたっていい。伝えなくたっていい。誰かを救うのに、そんな暇はない。
 頭上を敵の戦闘機が飛び交っている。だけど、あいつらの相手は俺じゃない。
 俺は今度こそたった一人の誰かを救うヒーローになるために、黒煙の中へと突っ込んで行く。


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