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【小説】 早川のアプリ 【ショートショート】

 今日も一日、眠いだけで退屈な授業が終わった。
 部活をやっていない僕はさっさと家に帰ってアプリで漫画でも読もうと思っていると、同じクラスの早川に声を掛けられてしまった。
 ズレた眼鏡を何度も掛け直しながら、早川は名前負けしない早口で楽しそうに言った。

「よう関根。どこにも公開されてない極秘アプリをゲットしたんだけど興味あるっしょ? ちょっと付き合えよ凄いもん見せてやるから」
「なんだよ、面倒臭いな」
「そう言っていられるのも今のうち。ふふふっ、付き合え」
「……わかったよ」

 性格がねちっこくて粘着質で陰気でおまけに悪趣味な早川は誰からも嫌われていた。僕も始めはこんな奴……と思っていたけれど、かなりマイナーなB級ホラーに詳しかったりするので、オカルト好きの僕としては貴重な友人の、一人……と呼ばざるを得なかった。

 学校脇の公園のベンチに腰掛けると、早川はこんなアプリを僕に見せてきた。

『Killer Style』

「キラースタイル? なにこれ」
「ふふ、おまえマジビビる。超絶怒涛にビビる。これ、マジ」
「だから、どんなアプリなんだよ?」
「仕方ない……ふふっ、ヌシには特別に見せてやろう」
「誘って来たのおまえだろ」

 早川は散々もったいぶってからアプリをスタートさせた。
 のだけれど、アプリ画面に表示されていたのは何の変哲もない地図の画面だった。こんなの、期待外れもいいところだ。

「なんだよ、ただの地図アプリかよ」
「ふふふ、ふぐっ。関根、甘いな。この技術の流用元を聞いたら、おまえビビこいて今夜眠れんぜ」
「流用元? どこだよ」
「KGBだよ。あの、KGB。それも、スターゲイトプロジェクトから追われた連中が残した技術がふんだんに盛り込まれており、それはな」
「はいはい、すごいすごい。で? もう帰っていい?」
「否否否! これを見よ!」
「何これ?」

 表示された地図の左側には、上から炎、クラッシュした車、家が崩れた様子……など、ずいぶん物騒なアイコンが五個も並んでいた。早川はクスクス笑いながら画面をタップし、炎のアイコンの上に指を置いた。

「これをだな……地図上で指定した家に合わせてタップすると……」
「タップすると?」

 タップをすると、スマホから合成音声の「ぎゃあああ」という悲鳴と、サイレンの音が「ウーッ」と鳴った。うん、だから何だと言うのだろう。

「ふふふ……ふふっ、楽しいぜぇ。燃えたぜぇ。死んだぜぇ!」
「タチ悪いよ、おまえ……それに、ただ画面の中で起こっただけだろ?」
「確かにそうだけど、嫌いな奴の家の上でこれを押したりすると……気分が多少晴れる……!」
「あっそ。じゃあ、帰るわ」

 あー、くっだらないことで時間をとられてしまった。なにがKGBだ。いくら僕が暇とは言え、どうせネクラの悪趣味が作ったバカアプリに使う暇なんか僕にはないのだ。

 さっさと帰って漫画読まないと。まさか、僕の家もあいつのタップで燃やされたり壊されたりしているんだろうか。どうせ早川のことだから、操作のテストついでにゲラゲラ笑いながら僕の家を狙い撃ちにしたんだろうなぁと思っていると、肩を叩かれた。

「ま、待て関口。話はここからなんだ」
「え、まだなんかあるの?」
「実はな……大課金をしたのだ」
「大課金? 何それ」
「実践モードに課金した……五千ドルもしたから、黙って親のクレジットで購入した」
「五千ドル? って、いくら?」
「ななじゅう……ご、万」
「ななじゅうごまん!? おまえ馬鹿なんじゃないの!?」
「いい、いい! 本日そういうお説教は無用! いいか? 話はここからなのだ。このアプリの実践モードはな、文字通り実践なのだ。燃やすアイコンをタップしたら、本当に燃えるのだ。月に三回までしか使えないという制限はあるが……ふふぐふっ」
「なんだよ、いつも以上におまえ……気持ち悪いな」
「自分でもさすがに怖くて……いいか? 試すぞ?」
「試すって……どうすんだよ?」
「陽キャ王子、谷口の家をこの手で燃やす!」

 谷口とはクラスイチの陽キャで、モテて、誰に対してもやさしくて、頭もよくて、運動もできて、つまり、僕らみたいな陰キャ人間にとっては実害はなくとも害のある存在であることは間違いはなかった。
 けど、いくらなんでも七十五万も払って……実践モードなんてそんな詐欺みたいなものに引っ掛かって、僕はちょっと早川の頭が可哀想になってしまった。

「やりたいならやれば? 見てるから」
「うぅ~……陰キャ積年の恨み、思い知るが良い! えいっ!」

 早川が谷口の家の上にマークを合わせ、炎のボタンをタップした。
 当然だけど、合成音声の悲鳴とサイレンの音がスマホから鳴るだけで、何も変化は起こらなかった。

「もう帰っていい? 漫画読みたいし」
「いや……そんなはずは……英語のレビューではこれは完璧な復讐アプリだって評判もあったし、ダークウェブでも……」
「はいはい、ダークダーク。じゃあな」
「うん?」
「あれ……」

 遠くから、サイレンの音が聞こえて来る。あれはパトカーじゃなくて、消防車の音だ。でも、まさか。そんなこと、あるはずがない。
 ただの偶然であることを伝えようとしたけれど、早川は万歳をしながら狂喜乱舞していた。

「やった! やったやった! 本当だった!」
「おい、まだ分からないだろ?」
「これは現実! 俺様の、完全勝利! 次の標的決定! 明日から、あの忌々しいスクールライフともお別れ! 燃えろ燃えろ燃えろぉ!」
「おい! 何してんだよ!」
「ふふふぐっ! 学校を、燃やしてやったまでさ」
「嘘だろ……」

 ふと学校の方を振り返ってみると、さっきまで何もなかったはずなのに黒煙がもうもうと昇り始めていた。
 逃げ惑っていると思われる無数の悲鳴は早川のアプリからではなく、学校の方向から確実に聞こえて来る。
 一体どんな仕組みなのかは分からないけれど、こんな悪趣味な友人を僕は持った覚えはない。

 いくらオカルトやホラーが好きだからと言っても、それを人への恨みを晴らすために使うのは大間違いだ。
 嫌な奴がいるから、そういう趣味を否定されるからこそ、正々堂々とそんな趣味を見せつけるのが真の陰キャ道のはずだ。
 僕は頭に血が昇り、早川の胸倉を掴んだ。

「おまえ! 自分で何をしてるかわかってるのか!?」
「ぐふっ、わ、わかってるよ」
「学校燃えてんだぞ! おまえのせいなんだぞ!?」
「だ、だって、本当にこんなことになるなんて……お、俺、どうしたら……」
「取り消しボタンはないのか? キャンセルコマンドみたいな、どっかにあるんじゃないか?」
「わ、わからない」
「ちゃんと探せよ! 人の命かかってんだぞ!」
「う……う、わかった」

 早川と一緒にアプリの中を探しまくった。けれど、キャンセルや取り消しのボタンやアイコンは何処にも見当たらなかった。その間にも学校から昇る黒煙は激しくなり、隣接するこの公園にいるだけでも煙の匂いがだいぶ苦しくなり始めた。
 ネットでの情報はほとんど出回ってなくて、本当にダークウェブじゃないと情報は出回っていないらしい。早川は焦りながらも、ダークウェブに書き込まれていた英語の情報を必死に翻訳し始める。

「あ、わ、わわわかったぞ!」
「どうしたらいいんだ?」
「消す! アプリごと、消すしかない!」
「そうか、そうすれば無かったことに出来るんだな?」
「う、うん。で、でも……お金は返って来ないらしい……参った」
「そんなものどうだっていいだろ!? おまえが親に謝って、働いて返せば済む話だろ!?」
「そ、そうだけど……怒られるだろうなぁ……」
「そんなもの課金した時点でわかってただろ! 早く消せよ!」

 学校の方向を見ると、黒煙の間から激しく炎が噴き上がるのが見えた。消防車も続々と集まり始めていて、辺り一帯は消防車と救急車のサイレン音に包まれている。
 早川は頭を抱えながら、それでも納得してくれたようでアプリそのものを消すことに同意した。

「うむ、怒られるのも仕方なし……消すよ。このままじゃ、俺はシリアルキラーになってしまうしな……」
「もうなってるよ。だからこそ、消すんだよ」
「う、うん……じゃあな、キラースタイル……」

 アプリを操作し、早川がスマホからアプリを消去した瞬間、辺り一帯に鳴り響いていたサイレン音がしん、と静まり返った。
 学校の方向を見るとあれだけもうもうと上がっていた黒煙は昇ってなくて、その代わりに運動部の掛け声と金属バットで球を打つキンッという音が聞こえた。平和が、帰って来たんだ。

「おい、早川! やったな!」

 僕は振り返って早川に学校の無事を伝えてみた。
 しかし、さっきまで隣にいたはずの早川の姿はどこにも無かった。

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