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【小説】 だるま男 【ショートショート】

 時期が来れば「必ず」行われる解散総選挙。それに合わせてマスコミも行政も予定通りに動いているのが分かるほど、今となってはプロレスじみた恒例行事になりつつある。

 私が議員をやっていた頃、世間にも議員にも「この世の中を変えなければならない!」という気合があった。それが今はどうだ。消去法のような下らない選挙だから、投票率も下がる一方なのだ。
 齢七十五にして何故こんなことを今さらグダグダ語っているのかといえば、今の私は「だるま」になってしまったからだ。

 いや、これから話すことは決して嘘ではない。だからこそ、心して聞いて欲しい。

 今朝、目が覚めたら私はとある弱小政党の選挙事務所に置かれた「だるま」になっていたのだ。これには心底驚いた。妙に身体が動かないと思っていたが、搬入された鏡に一瞬映った自身の姿を見た時に、私は自身がだるまになっていた事実を知ったのだ。

 始めのうちはショックのあまり、私は死にたくなった。しかし、だるまだから腹も減らなければ自殺することもままならない。
 どうしたものかと途方に暮れていると、何と先輩だるまが先客として居て下さり、様々なご指導を頂けた。

「初めてだと驚くのも無理はないと思うんですけど、大丈夫ですよ」
「あの……私はこの後どうなるんでしょうか?」
「ここの事務所の候補者が選挙に勝てば、元の姿に戻れます」
「それは本当ですか!?」
「はい、本当です。現にだるまから抜け出せた方を私は何人も見ていますから。望めば叶います」
「あの……ならば、あなたは何故だるま姿のままで?」
「ははは、私は好きで「だるま道」を歩んでいますので。どうも、だるまの方が気が楽なもんでね」
「は……はぁ、なるほど……」

 だるまの先生はやや変わった人物、いや、だるま物のようであったが、彼の言葉に私は大変勇気付けられたのは確かだった。
 
 問題は、この事務所を拠点とする候補者だった。

 ライバルは与党第一党の「自明党」所属の若手議員「池田免太郎」というやり手の男であり、父は元首相の池田免一郎という国民の記憶にもしっかり刻まれている歴史的な政治家だった。

 片や、この事務所を構えるのは「ドレミの党」という訳の分からぬ新興政党で、フリーエネルギー政策を訴えるフェミニズムがレインボーカラーで公共放送を民営化するだの何だのと抜かしている、軸のブレまくった政党だ。
 候補者は元商店街会長、現・金物屋の主人「禿田鶴男」なる人物だ。
 彼はその名に恥じぬハゲっぷりで、眉毛まで抜けてしまっている為、若干コワモテ顔なのだ。

 どちらが勝つかは火を見るより明らかで、禿田は事務所入りするなり「神輿に担がれてる気分も悪くないよねぇ」などと呆けたことを抜かし始めた。
 本人も分かっているのか分かっていないのか、演説の日程説明をまるで他人事のように「大変なんだねぇ」と言いながら聞いている。

 選挙活動を始めて三日目。私はだるまでありながら、吐きそうな思いを強いられている。禿田が私(だるま)を気に入ったらしく、選挙カーに乗せて縁起を担ぐと言い出した為だ。終始揺られ続け、私と年もさほど変わらない老人に抱かれ続けている内に具合はどんどん悪くなっていった。しかし、だるまなので吐く訳にもいかなかった。

 おまけにこの禿田という男は演説が実に下手くそなのであった。
 マイク片手に街頭に出た初日のことだ。朝からやる気に満ちた顔で禿田は駅前に立ってた。そして、意気揚々と何を語るのかと思えば開口一番

「あれは私がタイにゲイボーイを買いに行った時の話です! あの頃のゲイボーイは一晩あたり日本円で……」

 などと、タイにゲイを買春しに行った思い出話しを語り始めようとして、秘書に止められていた。私はこの選挙に勝ち目はないな、と感じた。
 
 ライバルの池田だが演説内容はともかく、流石政治家一家! と言った所か。甘いマスクをフルに利用し、有権者達の意識を盛り上げる事に成功していた。

「皆さん、僕と一緒に明日を作りましょうよ! いいですか? 明日というのは、今日の次の日のことです! そういった意味も込めて、皆さん! 僕にどうか大切な一票を投じてみませんか? 投じるというのは投げるという意味とほとんど同じことなんですよ!」

 彼の言っていることは滅茶苦茶だったが、それでも票は確実に池田に流れていた。彼がイイとか悪いとかそういう問題じゃなく、他にまともな候補者がいないと思われているからだろうと、だるまの私は感じていた。

 ところが、奇跡が起きた。

 選挙活動中に偶然出会った池田と禿田が互いに挨拶し合い、握手を交わそうとしたその瞬間だった。
 禿田が老人特有の大くしゃみをかまし、「へっくし!」という音と共に頭が前へ激しく振れた。その刹那である! 
 
「池田、死ねぇ!」と、池田を目掛けて投石をした馬鹿者が投げた石が、たまたま頭が前へ出た禿田の側頭部に見事クリーンヒットしたのである。
 禿田はその場で倒れ、池田はライバル候補者が身を持って自分を守ってくれたのだと勘違いした。

 犯人はすぐに取り押さえられ、禿田もハゲ頭の割りに頑丈なのか怪我はコブが出来たのみで身体には何の支障もきたさなかった。
 予想外だったのはこの出来事が全国放送され、禿田は「ライバル候補を身体を張って守った候補者」として取り上げられることとなったことだ。
 
 これによって巻き起こったのは、社会現象ともいえる禿田フィーバーだった。
 連日連夜SNSでは若者を中心に「禿田推し」という現象が起こり、地元商店街では「ハゲちゃんまんじゅう」という何ともふざけ倒したネーミングのまんじゅうまで売られる始末。
 事前調査では日に日に池田との差が縮まり、投票前日になってついに禿田が池田に勝つという調査結果がもたらされた。

「俺、政治家になったら何するんだろうな?」

 禿田は相変わらず自身の状況が飲み込めてないようだったが、私にしてみたら勝ってさえくれたら分かっていまいがハゲだろうがフサフサだろうが、もう何でも良かった。
 
 投票前日の真夜中。私は先客のだるまの先生に仮の別れの挨拶をすることにした。

「まさかの展開でしたが、明日には人間に戻れそうです。本当に、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。こんな選挙展開は滅多にないので、楽しい時間を過ごさせてもらいました。良い選挙になりました」
「やはり、良い選挙、悪い選挙ってのはあるんですか?」
「ええ、ありますねぇ。特にね、当落の後の方が大事だったりしますから。受かれば終わり、ってもんじゃない。けど、禿田さんなら何とかなるでしょう」
「悪運の強い男ですし、周りが何とかしようとしてくれますからね。いやー、いよいよだるま生活も終わりです」
「私はまだまだ続けますよ。またどこかでお会い出来たら、楽しみです」
「いやー、流石に二回目はもう……ははは」
「ははは、そうですよね。明日は人間として、良い夢を見て眠って下さいね」

 その二十時間後。禿田は若手イケメン現職議員の池田免太郎を打ち破り、見事当選してしまったのだ。ラッキーだけでのし上がった禿田の当選に、街は湧き上がっていた。
 私の視界の先で、だるまの目に墨色が入る。湧きあがる民意のど真ん中に、私は立っていた。そうやって気が付けば元の老人の姿に戻っていた私は、家に帰るなり妻に散々「どこへ行ってたの!?」と叱られながら、ふいに嬉しさが込み上げて思わず目にうっすらしたものを感じられずにはいられなかった。

 それから平穏無事な日常に戻り、やや不安定ながらも新しい政権が運営され始めた。
 
 月が変わり、話題の議員として連日取り上げられていた禿田ブームもひとしきり落ち着いた頃のことだった。

「現職の禿田鶴男議員が過去、知人男性やネットで知り合った女性に金銭を渡し、わいせつや暴行をはたらいていた容疑で警察は昨夜、禿田議員を逮捕しました。繰り返します、現職の禿田鶴男議員が……」

 私はテレビを観ながら、ガックリきてしまった。いくらラッキーで当選したからと言っても、議員は議員。だるまとして選挙事務所に居座り続けた時間を思えば、彼に活躍して欲しいという気持ちは強くあったのだ。
 これで彼は議員失格、という訳だ。そうなると、池田免太郎が繰り上げ当選となるのか。まるで仕組まれていたような展開に、思わずお茶が苦くなる。

 過去はいつの時代も呪いとなるか。

 そう思いながらだるまの日々を反芻しつつ、眠りに就いた翌朝の事だった。

 私は真っ暗闇の空間で目を覚ました。なんだ、ここは?
 しかも、いつかのように身体が動かないではないか!
 しかも、小刻みに揺れている。ここは、どこなのだ?
 そう思っていると、だいぶ聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「あ、起きましたか? 家宅捜査中なので、今は段ボールの中ですよ。思っていたより、ずいぶんと早い「久しぶり」になってしまいましたね。今回は当選したものの、候補者が捕まったのでだるまに逆戻りのようです。いやー、実に運が悪かったですねぇ。どうです? もういっそ、私と一緒に「だるま道」を歩みませんか? 一度人間を諦めてしまえば、楽ですよー。あ、ちなみに燃やされても次のだるまとして目が覚めるので、基本的に寿命もありませんしね。次の選挙は一体、いつになりますかねぇ。それまでの間、ゆっくりのんびり、よろしくお願いしますよ」

 驚愕の事実はショックを通り越して絶望すら突き破り、私はついに無心になった。
 そして私は、だるまとして生きることを決意した。

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